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マッドピエロは踊り続ける  作者: うわの空
第二章 加持涼子
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 神崎咲弥は、クラスどころか学年でもトップの成績を誇っていた。

 その知能は、どこにでもある公立中学の生徒としては相応しくなく、学校の中で明らかに浮いていた。どうしてこんな田舎の公立中学に通っているのかと、皆が首を傾げていた。

 それについて彼女は、「私立に行ったり留学したりするとお金がかかるし、友達とも離れ離れになるから。だから私は公立でいいです」と話していたらしい。教師は「あの子はどこの学校に行っても、もう学ぶものがないと思う」と誇らしげに語っていた。「将来が楽しみね」とも。

 加持涼子は、それが気に入らなかった。




「どうすればいい……?」


 先ほどからほとんど無言だった風花が声を出した。それに驚いたのか、咲弥から目を逸らしたかったのか、皆が風花の方を向いた。風花は皆に目配せして頷き、咲弥へと目をやった。


「きっと、普通に謝ったくらいじゃ赦してくれないんでしょう? 赦してもらえるとも思わない」

『……さすがは、私の親友【だった】瀬野さんですね』


 咲弥は笑い、風花は俯いた。


『その通りです。ごめんなさい、の一言で終わりでは面白くありません。私の心にも響きません』


 咲弥の言葉に、涼子が舌打ちした。


「じゃあ、どうしろってんだよ!」

『きちんと謝ってもらうために、いくつかの部屋を用意しました。その部屋に、扉が四つ付いていますよね?』


 咲弥の言葉とともに、皆が壁をぐるりと見まわした。1から4の番号が書かれた、鉄製の扉。


『一人ずつ、その扉を通って部屋に来てもらいます。そこで、私とゲームをしましょう。そのゲームであなた達の誠意が伝われば、抗ウイルス薬をお渡しします。……ああ、安心してください。連帯責任なんてありません。あくまで個人のゲームですので、誰かが【失敗】しても、他のメンバーには関係ありません。ただし誰かがゲームに勝っても、報酬の抗ウイルス薬を貰えるのはその人一人分だけ、ですがね』

「ふざけんなよ! 何がゲームだ!」

『私は決してふざけていませんよ、加持さん。むしろ、ふざけていたのはどちらですか? 私のことをピエロだと罵っていた、あれは本気だったんですか。ゲーム感覚ではなかった、と?』


 咲弥の澄んだ声に、涼子は言葉を失った。

 そう、ゲームだった。気に食わない奴で遊ぶ、ただそれだけの。


『――ゲームによって、制限時間や終了時間が違います。が、最低でも一人二十分はかかると思ってください。最高で、一時間ほどでしょうか。ゲームは一人ずつ行うので、五番目の人は早くても今から約一時間半後にゲーム開始、遅ければ四時間後にゲーム開始となります』

「…………」

『お気づきのようですね、その通りです。四時間後と言えば、高確率で発症しています。先ほども言いましたが、免疫には個体差があるので、四時間というのも単なる目安です。早ければ二時間ほどで発症します。つまり四番、五番の人はかなり不利です』


 淡々とした説明に恐怖した愛華が、大きく頭を振った。


「イヤ、イヤだ、お願いアイカを助けてよおお」

『雛菊さん、落ち着いてください。いいことを教えてあげましょう。今この中で、最も早く発症する可能性が高いのは、……岸野さんの血液を間近で浴びた加持さんです』


 咲弥の発言に、全員が涼子の顔を見た。涼子の顔から、さっと血の気が引く。


『先に述べた通り、このウイルスは空中浮遊できるタイプではありません。空気感染する確率も低い。そのために、発症者の血液を霧状に噴出させ、感染力を高めています。ですがもちろん、目や鼻から噴出した血液よりも、口から大量に吐いた血液の方が感染力は高い』


 涼子は、自分の両手を確認した。優美が吐いた血液で赤黒く染まった手。パリパリに乾いた血液を、涼子は必死になって落そうとした。それに意味がないことを、頭の片隅では理解していた。


『……加持さんが、岸野さんの血液を浴びてから二十分近く経っています。つまり、加持さんが発症しないと保証できるのは、せいぜい一時間程度です。まあ、他の方々も大差ありませんがね』

「ふざっ……ふざけんなよ!」

『それでは、ゲームを始めましょうか。ゲーム参加者の順番は、そちらにお任せします。一番の方は、岸野さんが通ってきた1の扉の中に入ってください。もしも全員で扉の中に入ろうとしたなら、……残念ですがその時は、ウイルス発症の前にお別れです。くれぐれもご注意ください。それでは、お待ちしております』

「待て!」


 涼子の吠える声には応じず、咲弥を映していたモニターは真黒になる。それに続くように、プツリと小さな音を立ててスピーカーの電源が落ちた。




 咲弥とのやり取りが終わってから、誰も喋ろうとしなかった。ひいなと愛華の泣き声以外、何も聞こえない空間。

 皆が一斉に、1の扉に向かうと言いだすのではないかと風花は思っていたが、それすらもない。ある者は恐怖に苛まれ、ある者は呆け、ある者は怒りを湛えてモニターを凝視している。

 その空気を破ったのは、壁に拳をぶつける音だった。ゴン、と鈍い音のした方を見ると、涼子が血に染まった右手を壁に打ち付けていた。


「……あたしが一番に行く。文句ないな?」

「涼子、でも」

「うるせえ真由! あたしが一番先に死ぬかもしれないって言われたんだぞ! それとも何だ、お前はあたしを見殺しにする気かよ、ああ!?」


 涼子は激昂し、壁を激しく叩いた。判を押すように、コンクリートの壁に赤黒い染みが広がっていく。


「あたしが行って、あいつ殺してきてやる! あの注射器も奪ってくる! それでいいだろ!?」

「……加持さん、やめて」


 風花の呟きは、涼子に届かない。涼子は監視カメラを睨むと、指をさして叫んだ。


「一番はあたしだ! 覚悟しろよこの殺人鬼!」

「待って、涼子!」


 真由や風花の制止を振り切り、涼子は1の扉から、暗い廊下へと入った。それと同時に1の扉は自動的に閉まり、中が見えなくなる。


「加持さん……」

「でも、もしかしたら、……涼子ちゃんやったら」


 風花が扉を見つめて呆然としていると、ひいなが不意に声を出した。


「涼子ちゃん、中学の時から腕っ節強かったし……。もしかしたら、ほんまに……」


 助けてくれるかも。

 ひいなの言葉に、風花はそっと目を閉じた。




 1の扉をくぐりぬけ、暗い廊下に出た瞬間、背後から鈍い音がした。振り返ると、退路がない。扉を閉められた、と思うのと同時に、廊下の天井に取り付けられていた質素な電球がいくつか点灯した。


「くそっ、ふざけやがって」


 幅一メートル、高さは二メートルほどしかない廊下は、先ほどまでいた部屋と同じく、周囲がむき出しのコンクリートで息が詰まりそうだった。涼子は前を向くと、再び前進し始める。電球の光は弱く、廊下の先まで照らしてくれているわけではない。ただ、廊下は真っ直ぐな一本道で、迷う心配はなさそうだった。

 涼子はできる限り早足で、廊下を進んだ。自分もだが、他の四人にも時間がない。一刻も早く抗ウイルス薬を奪わなければ、優美のように……。


「優美……」


 そういえば、神崎にピエロという渾名をつけたのは優美だった。

「それいいじゃん」と、最初に同調したのは自分だったかもしれない。見世物、笑われ者、役立たずのピエロ。神崎にはぴったりだと思った。いや、ぴったりにしてやりたかった。

 神崎という存在が、ただただ鬱陶しかった。


 初めにいた部屋から三十メートルほど進んだところに、やはり鉄製の扉が設置されていた。黒いペンキで『1の部屋』と書かれている。扉の上には監視カメラとスピーカーが設置されており、スピーカーからは笑い声が漏れていた。


『最初は、切羽詰まってる加持さんですか。先ほど私があんなことを言ったから、お友達は順番を譲ってくれたんでしょうか?』

「うるせえ!」


 苛ついた涼子は扉を叩くと、監視カメラに向かって叫んだ。


「早くここを開けろ!」

『言われなくても開いています。引き戸ですよ。……心して入ってくださいね。入室したらもう、出れませんから』

「うるせえって言ってんだろ、ピエロ!」


 涼子は勢いよく扉を開けると、1の部屋に入室した。




 扉が自動的に閉まった後、風花達はまず、部屋に置いてあった新聞紙で優美の身体を覆った。それからは話しあう他なかった。涼子が抗ウイルス薬を持って帰ってくればいいが、そうでなかった場合を考える必要がある。愛華はその想像を頑なに拒否したが、真由と風花は比較的冷静に話を進めた。


「ゲームする順番を、決めておくべきだと思う」


 真由がそう提案し、風花は頷いた。愛華は首を振る。


「絶対リョーコは帰ってくるよ! 二人とも、リョーコが死ぬと思ってんの!?」

「そうじゃない。そりゃ、涼子が全員分の薬を持って帰ってきたら嬉しいよ。でも、そうじゃない可能性だってある。涼子がゲームに成功しても、自分の分しか薬を貰えませんでしたっていう可能性もあるの。涼子はきっと全員分の薬をくれって反論するだろうけど、そんなの、神崎が許すと思えない」


 風花は頷き、愛華の方を見た。


「ここで順番を決めておかないと、加持さんのゲームが終わった後でまた揉めることになったら時間が勿体ないよ。ただでさえ、私達には時間がないから……」


 風花が言うと、愛華はパッと手を挙げた。


「じゃあ、次はアイカが行く!」


 ……どう考えても、自分が真っ先に助かりたいだけだろう。そう思ったが、誰も口に出さなかった。


「じゃあ、次は愛華でいいよ。その次は? いなかったら私が行くけど」


 リーダーシップを取りたがり、風花にとってやりにくい相手である真由だが、こういう時は頼りになると思う。風花は頷き、ひいなの方を見た。


「それじゃ、雛菊さんの次は徳田さん。その次は羽村さん、行って」


 風花の言葉に、体育座りをして両膝に顔をうずめていたひいながぱっと頭をあげた。


「でもそれじゃ、風花ちゃんが」

「いいの。私は最後で」

「……風花。あんたもしかして本当に、自分は助かると思ってる?」


 試すような目で、真由は言った。風花は首を振る。


「ううん。咲弥ちゃんの……神崎さんの怒りは正当だと思っただけ」


 風花が力なく笑うと、プツリ、と音を立ててテレビの電源が入った。全員、ぎょっとしてモニターを見る。そこには、ぼんやりとした映像が映し出されていた。

 焦点の合っていない画像は徐々に鮮明になっていく。とはいっても、コンビニの監視カメラ並みに雑な画像ではあったが。


「いやああああああああ!!」


 悲鳴をあげたのは愛華。他の三人は目を見開き、画面を注視することしかできなかった。


『一人目のゲームが終了しました』


 スピーカーから聞こえる機械的な声。それは間違いなく咲弥の声だった。

 モニターに映っているのは咲弥ではなく、ここではない部屋だった。天井の隅から撮影されているのであろうアングルで、部屋の内部が映し出されている。

 画面の左端には、倒れている涼子の姿があった。いや、涼子かどうか分からないくらいに血にまみれた死体が、あった。手足はあらぬ方向に曲がり、踏み潰された虫のように身体を平らにしている死体が。


『一人目、加持涼子さんのゲームが終了しました。二人目は雛菊さんでしたよね? 2の扉から、中へ入ってください』


 どこまでも無機質な咲弥の声が、部屋に響いた。



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