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マッドピエロは踊り続ける  作者: うわの空
第四章 羽村ひいな
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『開』と書かれたボタンを押すと、合掌するかのように密着していた壁が離れ始めた。もはや人間なのかも分からない何かが、壁に大量の染みを残して張り付いている。それはやがてバランスを崩し、1番パネルの上に横たわった。

 思った以上にアウトパネルを踏んだな、と咲弥は笑った。ある程度、人間心理を考慮しパネルを配置したが、五枚も踏むとは思っていなかった。


「どうしてこうも、追い詰められた人間というのは素直になるんでしょうね」


 友人二人が殺されたという極限状態になると、人間の思考回路はほとんど失われる。特に、雛菊愛華のような『物事を深く考えない人間』は愚直になる。彼女ならば、遠回りである壁際を進んでいくルートは避け、最短ルートである対角線上か、その近くを選択するであろう事は読めていた。


「まさか、2番アウトパネルまで踏んでいただけるとは思っていませんでしたが。……まあ、1番パネルから最も近い11、12番パネルにも、硫酸以上に残虐なパネルを仕込んでいましたけどね」


 咲弥は愛華だったモノへ画面越しに微笑むと、映像を切り替えた。




「愛華! 愛華、返事して!」


 何かをへし折るような不気味な音と重低音が聞こえてから、スピーカーは何事もなかったかのように黙りこんでいた。テレビは何も映そうとしない。

 叫んでも無駄だと分かっている。それでも真由は、叫ぶのを止められないようだった。

 風花は優美の死体を一瞥してから、2と書かれた扉へ目をやった。愛華はあの扉の向こうで何をしていたのだろう、と思う。確かに音声だけは聞こえていたが、それだけでは何をしているのかまで分からなかった。何度も数字が出てくるという点ではビンゴのようだったが、アウトやセーフといった言葉からして、それも違うようだった。


「何か言ってよ、愛華!」

『――加持さんに引き続き、雛菊さんの遺体も確認したいですか?』


 真由が叫び続けた名前とは、全く違う人間の声がスピーカーから流れた。真由は唇を噛みしめる。


「神崎……」

『雛菊さんのゲームが終了しました。ゲームの内容は、そこで聞いて頂いた通りです』


 その声を聞いた真由は眉間に皺を寄せ、スピーカーを睨んだ。


「冗談やめてよ、あんな音声だけで分かるわけないでしょ? 愛華、本当はそこにいるんじゃないの? 聞こえてるなら返事してよ」

『遺体を確認しないと気が済まないんですか? ――ではどうぞ』


 咲弥の声が途切れると、テレビの画面が見たこともない部屋の一角を映した。床には数字が書かれており、壁には赤黒い何かが大量に付着している。1と書かれた床に倒れている愛華の死体は、もはや人間の形をしていなかった。血にまみれ、布切れのようになった服だけが唯一、これは愛華だと示している。

 見たこともない程の悲惨な映像は、かえって非現実的に思えた。タチの悪い冗談にだまされたような、そんな空気が一瞬だけ風花達を覆う。


「うっ……」


 小さく呻いたのは、ひいなだった。口元に手を当て、浅い呼吸を繰り返している。貧血を起こしたのか、若干顔が青白い。だが、ひいなの反応が、風花達を現実に呼び戻した。

 そんな空気を読んだのか、唐突にテレビ画面が切り替わった。左顔面が不自然に白い、咲弥の顔が浮かび上がる。その顔は、笑顔で歪んでいた。


『――雛菊さんのゲームは、『進む』こと。それだけでした』

「なんなの、それ……」

『徳田さん、演技が下手ですね。自分が助かりたくて必死ですか?』


 咲弥の指摘に、真由は黙り込んだ。風花とひいなは真由へと視線を移す。


『そんなに頑張って情報収集したところで、雛菊さん達のゲームと、これから徳田さんにやって頂くゲームは全くの別物ですので意味がありませんよ。それともまだ、その部屋から脱出する方法を模索しているんですか?』

「……なに言って」

『先ほどから、私に探りを入れようとしていることが丸分かりなんですよ。やるならもっと上手くやって下さい。駆け引きが苦手なのであれば、いっそのこと素直になって下さい。今のあなたは、ただの胡散臭うさんくさい人間でしかありませんよ』

「……っ」

『私は単刀直入に聞きましょう。あなたが今、一番知りたいことはなんですか? 私のことですか? ゲームのことですか? それとも……正行まさゆき君のことですか?』


 咲弥の言葉に、真由は表情を変えた。見たこともないような剣幕で、テレビ画面へ怒鳴りつける。


「正行をどうしたの!?」

『どうもしてませんよ、安心してください。ただ、あなた達の事は誘拐する前に色々と調べさせて頂きました。徳田さんはシングルマザー。ずいぶん派手な不倫をしたようですね。お子様の正行君は、今年五歳。……ぽっちゃりしているところが、少し徳田さんと似ているように思います』


 先ほどとは打って変わり、真由の表情が蒼白になる。咲弥は笑った。


『もちろん、他のお二方のことも調べていますよ。羽村さんは短大卒業後、お母様が働いていた弁当屋でパートをしているようで。接客は苦手だからとレジには一切出ず、揚げ物ばかり担当しているんですね。お母様とそっくりです』

「神崎さん……。お母さんに、何したん……!」

『徳田さんとのやり取り、聴いてました? 私は何もしていませんよ。ただ、調べただけです。――瀬野さんは今月で大学院を卒業、来月から病院勤務でしたね。修士論文、読ませて頂きましたが素晴らしかったです。社会心理も取り入れているあたり、瀬野さんらしいなと思いましたよ。その調子でお仕事の方も頑張ってください。まあ、ここから無事に脱出できたらの話ですが』


 風花達は顔を見合わせ、黙り込んだ。咲弥の言っていることを、誰も否定しなかった。

 どれだけの時間をかけて、全員の事を調べたのだろうと風花は考えた。それと同時に、ふと思った。


「……神崎さんは?」

『はい?』

「神崎さんは私達の知らない間、どんな生活をしていたの」


 風花の質問に、咲弥はふっと笑った。左顔面に巻かれている包帯を、左手で軽く押さえる。それから唐突に無表情になると、淡々と語り始めた。


『……あるところに、ピエロと呼ばれている女の子がいました。女の子は、小学生の間は人間として扱われていました。しかし中学生になる頃から、同級生にいじめられるようになってしまいます。ピエロになった女の子は、舞台の上で一人、踊り続けなければいけませんでした。途中で舞台から降りることも許されません。舞台の上で滑稽に踊り続け、嗤われるためだけにそこにいました。……独りぼっちのピエロは泣くこともできず、親友すらいなくなった舞台にいるしかありませんでした。毎日、毎日、独りぼっち。それはとてもみじめで、恐ろしいものでした。そんなピエロはやがて、復讐することを決意しました。自分の人生のすべてを捨ててでも、観客全員に復讐してやる。自分を嗤いものにした奴を、今度は自分が嗤ってやる。お山の大将にその子分、腕っぷしだけの人間、単なる暇人、傍観者、――裏切り者。のうのうと舞台を見ている観客みんな、ピエロにしてやる。そう決めたピエロは、狂ったように踊り始めました。頭がおかしくなっても、顔がつぶれても、踊り続ける覚悟で。みんなみんな死んでしまえ。これが自分の、……ピエロの最後の舞台だ』


 それは一字一句間違えずに覚えたセリフを、ただ述べているだけのようだった。

 あえて、感情を込めないよう話しているようにも聞こえる声。

 咲弥はふ、と話すのを止めると、風花に笑いかけた。


『――もっと詳しく聞きたいですか? こんな、つまらないお話』


 風花は俯き、首を振った。咲弥は疲れたように息を吐くと、何かを言おうと口を開いた。それを遮ったのは、俯いたままの風花だった。


「――――――ないよ」

『……え?』

「つまらなくなんか、ないよ……」


 震える声はとても弱々しく、どこかへ吸収され消えた。

 風花の反応が予想外だったのか、咲弥は一瞬動きを止めた。しかし小声で、『やっぱりあなたは馬鹿ね』と言ったのを、風花は聞き逃さなかった。

 その声は決して、蔑みから出るものではなかった。


『……なんだかしらけてしまいましたね。ゲームを再開しましょうか。次は徳田さんでしたね』


 咲弥に指名され、真由は目を泳がせた。咲弥は嘲るように笑う。


『嫌がる雛菊さんは引きずってでも強制参加させたのに、自分となると黙りこむんですね。本当に分かりやすい人です。……どうします? 命がけでゲームをするか、命を捨ててそこにいるか』

「……う、え」


 咲弥の声と混ざるように、低い呻き声がした。風花は振り返る。その声を出したのは、指名されている真由ではなく、ひいなだった。風花はそっと、ひいなに近づく。


「……羽村さん? 大丈夫?」


 土気色の顔をしたひいなが、弱々しく首を振る。その頬に手を当てた風花は絶句した。顔色とは対照的に、酷く熱を持っている。よほど寒いのか、羽織っていたポンチョの肩をギュッと抱き寄せるようにしたまま、ひいなは浅い呼吸を繰り返している。


「羽村、さん?」


 ――まさか。嫌な予感が、風花の背筋を走った。


『……あーあ』


 残念そうな表情と、呆れたような口調だった。風花がテレビへと目をやると、咲弥はやれやれと肩をすくめた。


『羽村さん達が岸野さんの血液を浴びてから、まだ二時間も経ってないんですけど。……その様子だと発症、したみたいですね』


 風花と真由は瞠目どうもくした。

 ひいなは自分自身の異変に気付いていたのだろうか。取り乱すこともなく、そっと目を瞑った。彼女の浅い呼吸音だけが残った部屋に、咲弥の死刑宣告が下される。



『羽村さんが死ぬまで、残り時間は約三分です』



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