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ゾディアック  作者: 亜耶
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7 予感

 美しい町並みに舗装された道、行き交う人々の喧騒を眺めながら、優姫は馬の背に揺られていた。


「あの、私どこに連れていかれるんですか……?」


 優姫は申し訳程度に掴まっている大きな背中の持ち主におそるおそる尋ねた。しかし返事はなく、二人が跨がる黒馬の蹄と、列を成した他の馬が刻む一定のリズムだけが虚しく響く。

 重い空気が広がる中、優姫はもう何度見回したか分からない町並みに、もう一度視線を巡らした。

 建ち並ぶ石造りの家々は、カラフルで欧風の雰囲気を醸し出している。そこを行き交う人々も、その容貌は日本人とは何か違う。もちろん、優姫以外のこの一団もそうだと言えた。

 しかし、優姫にはそんな彼等はどこか陰欝に見えた。目が窪み疲れきっている、そんな表現がぴったりだと感じるような。


「何だか、皆さん元気ないみたいですけど」


 率直に、ぽつりと呟く。

 特に誰に言ったわけでもない言葉だったが、それに今まで口を閉ざしていた男が反応した。


「災厄は継続しているからな。先代ゾディアックが失敗したせいで……」


 忌ま忌ましげに返された言葉に、今度は優姫が応えることが出来なかった。そもそも言っていることの意味が分からなかったし、それを尋ねられる雰囲気でもなかったように思えたからだ。

 しかし、その中のゾディアックという言葉を優姫の耳は聞き逃さなかった。ゾディアック――それはレオの口からも発されていたはずだった。


「あ、あの、ゾディアックって何ですか?」


 意を決して尋ねるが、やはり返事はなく優姫は肩を落とした。一瞬日本語が通じていないのではないかと疑ったが、先程返ってきた言葉は優姫の呟きに正確に応えていたものだったので、その可能性は頭の中で振り払う。

 その時、唐突にそれまで二人の体を揺らしていた馬の足が止まり、優姫は男の背に鼻をぶった。甲冑にぶつけた鼻はひどく痛んだが、顔を上げた瞬間眼前に広がった風景に思わず痛む鼻を押さえるのも忘れ、感嘆の声を漏らした。


「わああ……!」


 目の前に聳える建物。それは、物語や映画、もしくは歴史の教科書の挿絵でしか見たことのない、美しい城。

 跳ね橋がおり再び黒馬が進み始めると、優姫は眼前に構えられた城門の大きさにも圧倒される。同時に、ここはやはり自分のいた世界とは違うのだと痛感した。




 金髪の男に連れられ門をくぐった優姫は、城内の一室に通されていた。

 ぐるりと見渡すと、壁には絵画や花器に生けられた花が、そして足元には靴越しでもその柔らかさを感じどの毛足の長いワインレッドの絨毯が敷かれている。部屋の中央に置かれたソファに座ってみると、驚くほど体が沈みこんだ。


「すごい。私の部屋いくつ分だろう……」


 優姫は目測で計り始めたが、虚しくなって途中で断念したその時、大きな窓に映った自分の姿に気付いた。


「うわ! 何この格好。私、こんな姿でレオに会ってたの」


 そのまま眠ってしまった為によれよれの制服、寝起きに櫛さえ入れていない髪はぼさぼさだ。こんな姿でレオの部屋を訪れたのかと思うと今にして後悔するが、今さら意味のないことだと気付く。優姫は自嘲気味に笑いながら、スカートのポケットに手を入れ、城に連れられてくる前に慌ててしまい込んだ石を取り出した。


「レオ……」


 〈導星〉の石と称して渡された石。

 どこからどう見てもただの石に見えたが、それを握ると昨夜感じたレオの手の温もりを感じるような気がして、優姫は胸元で石を抱きしめた。

 その時、扉をノックする音と低い声が部屋に響いた。


「入るぞ」


 有無を言わせず開かれた扉にいたのは、優姫をここまで連れてきた男その人だ。

 男は無言で優姫に近付くと、ぐいとその顎を掴んだ。予期しない男の行動に、優姫は思わずその手を強く振り払う。

 その様子に、男は一瞬怯み目を丸くしながらも、すぐに口角を上げ、くっくっと笑い出した。


「また随分と、気が強いな。それだけの気負いがあれば大丈夫か」


「な、何するのよ!」


 馬鹿にされているような気配に、優姫は声を荒げる。男はそれをいなすように咳ばらいをした。


「……さあ、来てもらおうか。陛下がお待ちだ」


 男の手が優姫の腕を掴む。しかし今度はどんなに振り払おうとしてもその手は剥がれず、優姫は半ば引きずられるようにしてついていくこととなったのだった。





「よくぞ来てくれた、〈処女宮〉の星宿を持つ者よ」


 煌びやかなシャンデリアによって眩しいほどに光に満たされた広間で、壇上の玉座に構える壮年の男が、威厳に満ちた声で言い放った。

 そんな中で、優姫は固まっていた。

 今だかつて経験したことのないほどの緊張を強いられた結果だった。


「まあ、そう固くならなくても良い。アリエス騎士団長、彼等を下げてくれぬか。怯えておるわ」


 優姫の後ろに控える騎士達を指し、隣に立つ金髪の男――アリエスに指示を出す。アリエスは「御意」と切れのよい声を返すと振り返り、壮年の男の指示通りに騎士達を広間から退出させた。


「これで少しは楽になったか。さあ、面を上げよ」


 広間に反響する声を聞きながら、優姫は頭をフル回転させる。

 ――今私が通されてたこの広間。豪華なシャンデリア。壇上の後方にはめ込められている色鮮やかなステンドグラスや、広間の入口から壇上までの足下に敷かれた深紅の絨毯、そして今は去った列を成し私を迎え入れた沢山の騎士。

 この状況で、あの壇上にいる人が、ただの中年である筈はないのだ。

 頭の中に、慣れない単語が思い浮かぶ。もしかして、あの人は――。


「顔を上げないか、ウィルヘルム陛下の御前だぞ」


 陛下――つまりは王様。壇上にあるのは玉座で、あの壮年の男の人は王様なのだ。


 優姫は慌ててペコペコと頭を下げた。


「すすすみません! ごめんなさいっ!」


「良い良い。はは、それにしても今代のヴァルゴもまた、威勢がいいな」


 威厳がありながら柔和な表情を浮かべ、優姫に向かって手招きをするウィルヘルム。

 優姫はどうするべきか迷ったが、ここは大人しく従うべきだと判断し、緊張で震える足で一段一段昇っていった。

 玉座の前に辿り着くと、そこに腰掛けていたウィルヘルムは優姫の瞳をまっすぐ見据えたが、その威圧感に耐え兼ねなくなり目を逸らしたのは優姫だ。


「そなた、名は?」


「私は……優姫、です。相模優姫といいます」


「ユウキ? 変わった名だな」


 立派な顎髭を触りながらウィルヘルムは小さく息を吐いた。そのまま何かを考え込むように俯くこと数分、再び顔を上げたウィルヘルムは次の問いを優姫に投げかける。


「そなたは異世界から参ったのか?」


 異世界――その言葉に優姫は、なるべくえなくて済むようにと頭の隅に追いやっていたその事実にぶちあたった。

 そんなの否定してしまいたかった。レオとの出会いがなくなることだけは悲しいけれど、今までのおなしなことは全て夢で、目が覚めたら退屈な英語の授業真っ只中だったり、温かい布団の中でお母さんの、ご飯よーという声に耳を塞いであと何分と言ってみたり。

 もしそうならばどんなにいいか、と優姫は思う。けれど、そこまで考えてレオの言葉を思い出した。


 ――ありのままを正直に話せ。偽る必要など何もない――


 彼はこのことを言っていたのではないか。そう思い直して、優姫は口を開いた。


「……はい、そうです。私はここじゃない場所から来ました――理由はわからないけど」


 その答に満足したのかウィルヘルムは頷いている。


「やはり、託宣は正しかったか。アリエス騎士団長」


「はっ、既に〈導星〉の石については確認しております。この娘で間違いないかと」


 自分を挟んでされたやりとりにわけも分からず優姫は萎縮したが、玉座に座っていたウィルヘルムが立ち上がる気配がして慌てて向き直った。


「待ち侘びたぞ、〈導星〉の石の主にして〈処女宮〉ヴァルゴの星宿を持つ娘よ」


「……え?」


 意味の分からない単語の羅列に、優姫は眉間に紫波を寄せる。しかし目の前のウィルヘルムはそんな様子の優姫などおかまいなしに、段下のアリエスに指示をした。


「さあ、皆に知らせよ。ゾディアック集結の兆しが現れた、と。我等は救われるのだ、と!」


 はっ、と白いマントを翻し広間を出ていくアリエスの背を目で追いながら、優姫はまた知恵熱でも出そうな頭を押さえた。

 何かが、自分の知らない何か大きなことが起こりつつある――そんな予感を、優姫は胸に抱かざるを得なかった。




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