5 束の間
風にそよぐ黒髪。
ぴんと伸びた背筋にすらりとした長い脚。
時折確かめるように振り返るその眼差しはどこか優しい。
「やっぱりカッコイイ……!」
頭ひとつ分は違う背丈の違いと、脚の長さによって生まれるコンパスの差を埋めるべく早足で草原を歩く優姫は、思い切り心の声を口に出していた。
理想の青年であるレオと歩いていることは、まさに夢のような出来事だった。しかし時折聞こえてくる獣の遠吠えのような声や、遠く見える生き物の影が、優姫に全ては現実であることを忘れさせないでくれていた。
「……無駄口を叩いていないで、黙ってついて来い。夜になればますますこの辺りは危険になる」
それはちょうど聞こえてきた獣の泣き声に、びくりと肩を震わせたその時に投げ掛けられたレオの言葉。ぶっきらぼうで、ややきつくもとれる物言いだったが、優姫にはそれさえも男らしいカッコイイ言い方だと肯定的にとることが出来た。
「危険って、はあ……はあ……、どういうこと?」
若干息を切らしながら、尋ねる。いまだ果ての見えない草原を見回し、優姫は多少うんざりしたが、それでもレオと一緒ならまあいいかと思う。
「……ここは完全にオフィウクスに支配されている。先々代ゾディアックの加護も届いていない」
「おふぃ……?」
聞き慣れない言葉ばかりが並ぶレオの返事を、優姫は理解することが出来なかった。そしてそんな彼女を咎める様子もなく、青年は歩を進めていく。
どれほど時間歩いていたのか、優姫には分からない。しかしパンパンにむくんだふくらはぎが悲鳴を上げて、ついに助けを求めた。
「あのー、そろそろ休憩にしよ……しませんか? もう私、へとへとで……」
大分前を行くレオに声をかける。と言ってもすっかり疲れきっていた優姫は、レオの返事を待たずに座り込んでしまった。
こんな時、運動部に入っていれば良かったな、と優姫は不甲斐なく思う。そうしたら、これくらいで音を上げることなんてなかっただろう。
思わず大きく息を吐き俯いてしまう。同時に今まで必死にレオの後をついていくことで頭の隅に追いやっていた不安が、優姫の胸中でむくむくと膨らんでいった。
これから一体どうなるんだろう。
怖いな。お母さん、お父さん、香苗――。
「疲れたか」
「ひゃああっ!?」
予想外に間近で聞こえた声に驚き顔を上げると、そこにはこれまた予想外に間近にレオの顔があった。青年は屈んでへたりこんだ優姫と目線を同じにしている。
「悪い。いくら早く町へ着きたいと言っても、考えなしだった」
「えっ? えっ! そんな謝らないで! もともと運動不足な私が悪いんだから」
吐息がかかるほどの距離に優姫は目眩を覚えた。
本当に整った顔立ち。目は吸い込まれそうなほど綺麗で――あっ、睫毛もすっごく長い!
今度は声に出さずにじっと目の前の顔を凝視する。これでにっこり笑ってくれたら完璧なのに――そう思いながら足を摩った。
「痛むか?」
「大丈夫だよ、ほんと。少し休めば」
本当は、座り込んだ途端にどっと疲れが押し寄せた足はじんじんと痛んだが、心配そうに尋ねてくるその顔を見ると、正直に言えなかった。
しかしレオはそれを見透かしたのか、眉をひそめる。
「いや、休むのは町に着いてからのほうがいい。……掴まれ」
刹那、優姫の体が宙に浮く。優姫はひゃあと情けない声を出したが、自分の置かれた状況を理解すると、今度は顔が火が出るほど熱くなった。
レオの腕が優姫の体を抱き上げたのだった。
「ここ、これって、おおお姫さま抱っこ……!」
そのまま優姫は、幸せな気分に浸りつつ卒倒した。