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ゾディアック  作者: 亜耶
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4 邂逅


「レ……レオ……っ!?」


 跳ね上がる鼓動は優姫の声を上ずらせたが、目の前の青年は意に介した様子もなく、剣に付着した獣の血を払い鞘に納める。そのひとつひとつの動作が流麗で、思わず見惚れそうになっていたのに気付き、優姫は慌てて立ち上がった。


「ああありがとう! また助けて貰っちゃって!」


 思ったより大きな声で盛大にどもり、顔から火が出そうになりながらも、ありったけの笑顔を向ける。青年ははにこりともせず背を向けた。

 しかしそれにもめげずに優姫は再び口を開く。


「私、びっくりしちゃって! だってさっきのライオンみたいなやつ? いきなり襲ってくるから! 大体、ここがどこなのかも分かんないし、誰も返事してくれないし、意味分かんないし!」


 自分の鼓動のスピードに負けないくらいの早口を披露するも、青年は振り返りもしない。いよいよいたたまれなくなるも収拾がつかず、優姫は目の前の救世主に声を投げかけ続けた。


「帰り道に金色の蛇が出てくるし、でもあなたが助けてくれて、そしたらいきなり真っ暗になって……。あ! 私、夢であなたのこと見たことがあるの」


 自分でも何を喋っているのか分からなかったが、喋らずにはいられなかった。沈黙が訪れれば、背を向けたこの救世主は目の前から去ってしまうかもしれない――そう思ったからだった。しかし、いつまでも言葉が続く筈もなく。


「……大丈夫なら、いい」


 ぷつりと言葉が途切れ訪れた沈黙に降る声。そこには何の抑揚も色もない。優姫はその声に応えることが出来なかった。

 同時に動き出す足。翻った黒マントが、草を踏み締める音が遠ざかっていく。

 いなくなる――その事実が優姫の体を動かした。


「――っ!」


「――あっ!? ご、ごめんなさい!!」


 ぐっ、と喉が詰まるような声を発したのは青年だ。優姫の手がマントの裾を掴み、その拍子に青年の首が絞まったからだ。

 遠ざかる背を目掛け、優姫は思わず駆け出し、その手で青年を引き止めたのだ。

 

「でも、あの、お願い。行かないで……下さい。私、怖くて……」


 気付けばマントを掴む手は震えていた。それが青年に伝わっていたかどうかは優姫には分からない。しかし、それまで背ばかりを向けていた青年は、くるりと向き直り深緑の瞳を優姫に向けた。


「……がさつな女だな、お前は」


 首を摩りながら、大きく嘆息する。端正な顔はそれすらも美しく、優姫は頬が熱くなるのを感じた。


「……町が見えるまでは、つきあおう」


 短くひとこと。

 しかしそれは優姫にとって、どんな言葉より喜ばしいものだった。


「ありがとうっ」


 そう言葉にした途端、へなへなと座り込む。どうやら自分で思った以上に、不安と安堵を感じていたようだった。体は正直だ。


「あ、あれっ? おかしいな、あはは。ごめん、ちょっとだけ待って」


 今度は中々復活しそうにない足腰を叱咤激励しつつ、青年に詫びる。顔を上げた瞬間、優姫の目はそこにある青年の顔に釘付けになった。

 目を細め、自分を見下ろすその顔は、確かに微笑んでいる。それは優姫が恋い焦がれる夢の中の彼そのもの。


「……レオ」


 不意に名前を声に出すと、その表情はなぜか曇った。そして微笑んでいたことを隠すように、再び何の色もない顔に戻る。

 そのことを残念に思いながらも、ようやく優姫は立ち上がった。


「待たせてごめんね。じゃあ、お願いします」


 姿勢を正し、ぺこりと青年に礼をする。今時の若者は、と言われるのが大嫌いな優姫は、常日頃から礼節については気をつけているつもりだった。

 顔を上げた時、どことなく青年が驚いたような顔をしていたような気がしたけれど、すぐに彼は目を逸らしてしまったので優姫は気のせいだと思うことにした。


「あ。私、相模優姫。優姫って呼んでね。あなたは――レオ、よね。レオって呼んでもいい?」


 もう何度も呼びかけている名前を、今更ながら確認する。これでもし違いでもしたら穴に入りたくなるほど恥ずかしいことだったが、優姫には彼と夢の中の青年は同一人物であると確信があった。

 青年はそんな優姫を無表情で見下ろし、嘆息した。


「……好きにすればいい」


 そう言い放った青年の横顔を眺めていると、次第に頬が熱くなっていく。優姫がぱたぱたと両手を顔の前ではためかせると、それに気付いた青年――レオは怪訝そうに視線を下ろした。


「暑いのか?」


「え! ううん、全然暑くなんかないよ! ……って、はっくしゅん。うん、むしろちょっと寒いくらいで!」


 ずびびと鼻をすする。言っていることとやっていることがちぐはぐになっていることは分かってはいたが、顔が暑いのは事実だし、この場所が今の恰好では肌寒いのもまた事実なのだ。

 二度目のくしゃみをしたその時、ふわりと暖かいものが肩にかけられて、優姫は顔を上げた。


「寒いならそれを羽織れ」


 かけられたのは、レオが纏っていた黒いマント。思ったよりもずしりと重さを感じるそれにはまだ青年の温もりが残っている。そのことに気付いた瞬間、また優姫の頬は熱さを増した。


「あ……ありがとう」


 礼の言葉を笑顔で受けることなく、再びふいと目を逸らす。マントを脱いだ青年は、夢で見ていた通りのすらりとした細い体躯を濃紺の衣服に包み、首から下げられた十字架のネックレスの中央には赤い宝石が輝いていた。あえて言うならば、夢の中で着ていた金糸の装飾が施された純白の服のほうが、より騎士然としているように見えたが、それでもその様が美しいことに変わりはない。

 優姫は穴が空くほどに、青年のそんな姿を見つめ堪能する。それと同時に再び早まっていた鼓動を落ち着かせるために、大きく深呼吸した。

 それを知ってか知らないでか、踵を返しレオが歩き出したので、慌てて優姫はそれを追った。



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