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ゾディアック  作者: 亜耶
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42 熱砂の大地



「――キ、ユウキ! ちょっとあんた、どこで寝てるのよ」


 頭上から降ってきた声に、優姫は目を見開いた。何が起きたか分からない優姫は、今の状況を理解するべく寝起きの頭をフル回転させる。


「……あれ、私どうしてこんな所で寝てるんだろう」


 段々と頭が冴えてくる中、手の平から伝わる冷たさに視線を落とす。かろうじて屋内ではあるが、寝台の上ではもちろんなく、部屋の中ですらなく、何故か各部屋の扉がある通路の、扉の脇に優姫はいたのだ。足を伸ばし通路を阻むその横で、エルレインは仁王立ちで立ち尽くしている。


「それって私の台詞だし。ていうか邪魔よ、邪魔! 起きたのならさっさとよけなさいよ」


「あ、ごめん」


 当然の要求に謝りながら従う。朝からぷりぷりと肩を怒らせて歩くエルレインを見送ってから扉に背を寄せると、優姫は目を閉じ、昨晩のことを思い出していた。

 悪い夢から覚めて、見かけた白い影。そこから現れたのは白く小さい蛇だった。それを追いかけて辿り着いたのは、教会らしき建物。そして遭遇したのは――妖艶な雰囲気を持つ真っ白な男。優姫はそんな男の前から逃げるように去ったのだ。その笑みに、赤い瞳に、狂気がはらまれているような気がして。

 脇目も振らず走って、優姫達の部屋の前で結局、力尽きた。

 思い返してみれば、そうだったなと優姫は納得して頷く。

 しかし、それにしても。


「あと少しなんだから、もう少し踏ん張りなさいよ、私」


 まるで電池が切れてしまったかのように押し寄せた疲れに、その場で眠りこんでしまうなんて、危機感がなさすぎる。仮にもここは異教徒の街だというのに。

 優姫は、自己嫌悪に頭を抱えた。

 

 それから程なくして、階下から自分の名前を呼ぶ声が届いて、優姫は自らの頬をぴしゃりと打ってから返事をしたのだった。




「……とりあえず、私の用は済んだ。さあ、サンディーアに向かうぞ」


 優姫は支度を整えて三人と合流すると、すでに次の町へ向けての準備は整っているようだった。砂漠越えということで用意され手渡された水筒には、たっぷりと水が入っている。それと一緒に渡された毛布を荷物の中にぎゅうぎゅうと押し込むと、それを待っていたかのようにアリエスが口を開いた。


「各自、配分をよく考えて口にすることだ。街までは順調にいけば二日、補給場所は無いに等しいからな」


 何年ぶりかで手にした水筒にわずかに懐かしい気持ちに浸っていた優姫は、その言葉に急に現実に引き戻される。二日分の水――まさに命の水と呼ぶに相応しいそれをもう一度まじまじと眺めてから、しっかりと荷物の中に押し込んだ。


「あーあ、砂漠越えなんて憂鬱だわ」


「とりあえず出発しないっスか。急がないと、ちょっと俺、困ることになるんスけど」


「あ! カイ、それって」


 さりげなく開かれたカイの手の上には、財布と思わしい布袋がある。呆れた三人にカイは口元に指を当てて見せた。すった財布のことは口にするなと言うことなのだろう。


「あんた、懲りないわね。そういうのなんて言うか知ってる? 馬鹿よ、馬鹿」


「……カイ、私の前でいい度胸だな」


 それは当然の答えではあったが、カイはいつもの癖なのか、それともそこに考えが至っていなかったのか、アリエスの低い声にびくりと肩を震わせた。


「まあまあ、そう言わず! これが最後だから! スリ納めってやつ」


「うまいこと言ったつもりかもしれんが……次はないぞ」


「いてててっ! はいはい、これで最後にします! だから離して離して!」


 凄みのある声で忠告されると同時に耳を捻り上げられたカイは、悲鳴を上げながら許しを懇願する。優姫はそんな様子を見て苦笑するが、アリエスが離す様子もないことに気付いて、とりあえず間に入った。


「まあまあ、カイもこう言ってることだし、離してあげようよ」


 優姫の頼みを渋々受け入れる形で、ようやくアリエスはカイの耳から手を離した。


「さあ、ぐずぐずしている時間も惜しい、出発だ」


 だったら俺に構わないでくれよ、と小さく文句をこぼしていたカイのことはさておき、三人は南へ向かって足を踏み出したのだった。




    

 異世界の住人である他の三人はどうかは分からないが、優姫はひとつ確信していたことがあった。

 地球の――しかも日本の中の砂漠のさの字もない町に住んでいた彼女は、それを甘く見ていた。目で見る機会は何度もあった。それは例えば砂地で生きる動植物のドキュメンタリー番組であったり、砂漠の王国を舞台にした映画であったり。

 しかし、当然だがそれは体感は出来ない。

 砂漠に降り注ぐ太陽の日の強さや、靴底から伝わってくる踏み締めた砂の熱さ、そしてそれに伴う体の渇きも、そこにはないのだ。

 砂漠に足を踏み入れて数時間、優姫は砂漠に対しての認識の甘さを痛感していた。


「ちょっと……、まだへばるのは早いわよ。まだまだまだまだ、先は長いんだから」


 茹だるような熱さにへばりかけている優姫に、エルレインが声をかけた。


「うん……そう、だよね。いやー、私ちょっと、砂漠を甘く見てたかなぁ、みたいな……」


 なけなしの元気を振り絞って答えるが、それが余計な体力を奪っていることに、優姫は気付いていない。それを指摘したのはカイだった。


「あー、ちょっとちょっと。お喋りもほどほどにしないと、マジで持たないっスよ」


 言葉の調子はいつもと同じながらも、浮かべる表情は真摯なもので、優姫は不安になる。さらにそれを煽るように、アリエスが口を開いた。


「砂漠の夜は逆に極寒の地になる。今のうちにもう少し進まなければ、後がきつくなるぞ」


「そうなんだ……、うん、大丈夫、行こう」


 伸ばされた手に礼を言い、優姫は額の汗を拭い重い足を踏み出す。心配そうな視線を向けられていたことは気付いていたが、ラトハルクでの一件もあり迷惑をかけたくない一心で笑顔を作った。


 どれ程の距離を歩き、どれくらいの時間が過ぎたのか。見渡せる景色から、それを判断することは出来ない。とりあえず太陽の位置がわずかに傾いていることから、間違いなく時間は進んでいるだろうことは確認出来た。

 ここまで来ると、ゾディアック一行は誰一人口を開いてはいなかった。開きたくても開けないと言ったほうが正しいだろう。

 降り注ぐ太陽光といつまでも変わらない景色に、奪われていく体力と気力。

 先頭を進むアリエスの足跡を辿るも、砂に足をとられ歩くことにすら苦戦していた優姫は、水筒に口をつけた後に大きく息を吐いて、空を見上げた。


「はぁ、はぁ……」


 雲ひとつ無い空。

 雨でも降ってくれればいいのに、と叶わない夢を思い浮かべてしまうほど、空は青く澄み渡っていた。


「ユウキ、あと少しだ」


 そんな優姫に気付いて足を止め、アリエスが声をかける。

 騎士としての訓練の賜物なのかどうかは分からないが、彼の表情はあまり崩れてはいない。この暑さを感じていないのではないかと、疑いたくなるような涼しい顔をしているようにも見えた。

 優姫はそんなことを考えながらも、ゆっくりと頷いて、再び歩を進めるのだった。



 すぶり、と。

 踏み出した一歩が大きく沈んだことに気付いた優姫は、いつの間にか一行の最後尾に位置していた。

 それでもアリエスは随分と速度を緩めて進んでいたはずだった。それは優姫達に対しての配慮というのもあったが、それ以上に少し前から辺りに吹きすさんでいた強風のせいでもあった。砂を舞い上がらせる風は、瞬く間に視界を奪い進むべき道を示す足跡を消してしまうからだ。

 最後尾につく優姫はすでに皆の足跡を追えてはいなかった。それでもアリエスが後ろを確認しながら歩をゆっくりと進めていてくれた為、優姫はその姿を見失わずにすんでいた。

 しかし、その瞬間。

 ざわりと、嫌な予感がした。経験から予期できたことではない。人間の本能からくる、直感だった。

 そしてそれは、すぐに当たることになる。


「えっ!?」


 砂に埋もれた足が、急激に浮力をなくし沈み込む。引き抜こうとするも、蹴る大地がそこには存在しない。

 ずぶずぶと優姫の足が砂に飲まれていく。同時に円錐状の大きな窪みが、そこを中心に形成される。


「や、やだっ! 何これ!?」


 アリエス達はすぐに優姫の異変に気付くことが出来た。しかしそれ以上為す術はなかった。全てを飲み込む砂の窪み――流砂は瞬く間にその直径を伸ばし、優姫までの距離もまた広がったからだ。


「流砂だと!? 馬鹿な!」


「ユウキ!」


 それでも身を乗り出し手を懸命に伸ばすエルレインをカイが制止する。


「死にたいんスか! 無謀っスよ!」


 優姫はそれまで感じていた暑さも忘れて、必死に砂の中でもがいた。

 すでに砂は腰までも覆い隠し、さらに優姫の全てを飲み込もうとしている。懸命に掻き逃れようとするも、砂はまるで意志を持ったように優姫の体に纏わり付く。

 ――私、死ぬの?

 それは簡単に答に行き着く疑問。

 やがて胸まで圧迫され、呼吸が苦しくなる。途切れそうになる意識を必死に保ち、優姫は今や彼方にさえ見える三人を見やる。

 絶望に満ちた顔。

 その表情は、優姫に質問の答を受け入れないことを許さないものだった。



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