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ゾディアック  作者: 亜耶
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37 騎士団長の決心



「……それならば、私は――ラトハルクへ向かおうと思う」


 アリエスはしばらく逡巡する様子を見せた後、言い放った。

 その決断にエルレインは頷き、カイは複雑そうな表情を浮かべる。そんな二人を交互に見てから、普段ほとんど表情を変えない騎士団長は、口角を上げ微笑んで見せた。


「今回は偵察だけだ。すぐにオフィウクス教徒をどうこうするわけではない……お前が心配するようなことはないから、安心しろ」


「うわ! にっこり顔のアリエス! すごい久しぶり!」


 アリエスがこんな風に自然な笑みを浮かべているのを見るのはいつぶりだろう。そんなことを考えて、優姫はなぜか赤面した。そんなことには気付くこともなく、アリエスは打って変わって真剣な眼差しを三人に向ける。


「私達はゾディアックだ。ラトハルクに向かうことには危険が伴うかもしれない。お前達は先にサンディーアに向かっていても、私は構わな――」


「あー、もう! なによ、天下の騎士団長のくせに、そんなこと言っててどうするのよ! それより、こんなか弱い女子供だけ先に行かせるほうが、よっぽど危険だと思わない?」


「か弱いって誰が――むぐぐ」


 全てを言い切る前に、エルレインが仁王立ちでアリエスの前に立ちはだかる。カイが彼女の言葉の揚げ足を取ろうとするが、すんででそれは優姫が阻止した。


「エルレイン……しかし」


「私達三人くらい守るって言ってみなさいよ! それくらい言ったって、罰は当たらないと思うけど」


 とどまることを知らない勢いでまくし立てるエルレインに、ついにアリエスも観念したのか、再び笑みを浮かべた。


「……これは、騎士としての勤めであって、ゾディアックとしてはただの寄り道に過ぎないが……来てくれるか? エルレイン、ユウキ、カイ。お前達の身は、私が守ろう」


 その答えに満足したのか、エルレインもまた仁王立ちではあったが笑みを浮かべる。


「そうよ。それでいいのよ。……急がなくたって、この旅は無事成功させることに意味があるんだから」


「私は、全然大丈夫。ていうか、アリエスがいないと先に行けない自信あるし!」


「偵察くらいだっていうなら、全然オッケーっスよー。なんなら案内してもいいっスけど」


 優姫にはもちろんアリエスの提案に反対する理由はない。導石を持つのは彼女自身だが、旅の指針を決めるのはアリエスだからだ。彼抜きで旅を続けることは考えられなかった。

 共に行くことを決意して間もないカイもまた同様だろう。


「じゃあそういうことで、今日はもう休むわよ。出発は明日! 見張りよろしくね!」


 言うやいなや踵を返すと、エルレインは就寝の体制に入るべく、寝心地の良さそうな場所を探しに歩き出す。そんな様子に呆気に取られる三人だったが、いつの間にか険悪な雰囲気から一転していることに気付き、優姫は苦笑した。そのことにカイも気付いたらしく、ほうと小さく嘆息する。


「なんか怖いだけと思ってたけど、意外にあの人って周りに気を遣うタイプなのかも」


「そうそう、意外にね。結構心配性だと思うんだよね……なかなかそうは見えないけど」


 本人のいないところで、散々な言われようだが、それにエルレインが気付くはずもなく。そうしているうちにも、当の本人は丁度良い場所を見つけたらしく、その場にうすくまり毛布にくるまってしまった。


「見張りは私がしよう。お前達はもう休むといい」


「本当っスか! じゃお言葉に甘えて!」


 エルレインが寝に入る様子を羨ましげに眺めていたカイは、アリエスのひとことに跳ね上がり喜んだ。

 過去の記憶があるとはいえ、それでも彼は十分四歳。慣れない旅路に疲れてしまっても無理はないのだ。しかし、そんなカイはまだ優姫とアリエスの残るその場に、爆弾発言を残していった。


「レオと同じ騎士団長だけあって、やっぱりアリエスも頼りになるじゃん」


 レオ――その名前はアリエスの前では禁句だ。その名の持ち主の手にかけられて命を落としたという彼は、レオのことをひどく憎んでいる。かつては命をかけて旅を共にした仲間であっても、躊躇なく手にした刃を振り下ろせるほどに。

 優姫は恐る恐るアリエスの表情を窺ったたが、すぐにそのことを後悔した。


「カイ」


 そこにあるのは、同じ笑顔。

 しかしそこから感じる温度は、凍りつきそうなほどに低い。


「二度は言わない。その名を口にするな、虫酸が走る」


 表面的には笑顔だが、その口から発された言葉があまりに不穏で、カイは思わず固まってしまった。

 優姫は慌ててフォローに向かう。


「カイ! 後はアリエスに任せてもう休もっか!? ねっ、行こう! じゃ、アリエス、後はよろしくね!」


 レオの名前を出した時のアリエスの威圧感は凄まじい。優姫はそんな騎士団長の気に当てられて、すっかり萎縮してしまった気の毒な青年の腕を引いて、引きずるようにしてその場を後にしたのだった。




「あー、マジでびっくりした! 何なんスか。いきなりの態度豹変だし」


 焚火から離れた場所で腰を下ろし周囲を見張るアリエスを、焚火越しに見ながらカイは恨めしそうに呟いた。


「……そうなんだよね。アリエスはレオのこと、良く思ってないみたい。私も初めてレオの話題を出しちゃった時はびっくりしたし、あはは」


 カイの隣で、揺らめく焚火の炎を眺めながら優姫はカイの呟きに答える。


「へえ……。まあ、今やレオはお尋ね者だもんなあ。俺はあのレオがお尋ね者なんて、あんまり信じられないほうなんだけど、騎士団長サマは違うんだなあ。昔はいい師弟関係っていうか兄弟みたいな感じだったのに」


「師弟関係や兄弟……? アリエスとレオが?」


 思いがけない言葉に優姫が食いつく。

 そんな様子に、カイはびっくりしたように目を見開いた。


「あれ? 覚えてない? きっかけはお姉サン……ていうかヴァルゴじゃん。アリエスはレオをライバル視して何回も勝負挑んでさあ、負ける度に何故かレオに稽古つけられてんだよ。もう俺からしたら何だか微笑ましい兄弟みたいでさ」


 覚えてない? と、昔を懐かしむように笑いながら尋ねるカイに、優姫は再び決心する。


「ねえ! お願いがあるんだけど!」


 全てを思い出すのは怖い。

 怖いけれど、知りたかった。


「カイの石、ちょっと貸して!」



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