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ゾディアック  作者: 亜耶
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34 苦悩と決断


「夢は……ずっと前から見てる。小さい時から、何度も。俺は大人で、夢の中ではジェミニって呼ばれてた」


 重い口を開いたカイに視線が集まる。

 苦々しい表情をしながら語り始めるそれは、彼が幼い頃から見続けた夢の話だった。


「ゾディアックとして、星降る丘へ祈りを捧げる旅。世界中を回って、沢山の人に出会って、別れて……でも、それは夢で、現実の俺はまだ子供だった。今なら分かるけど、奇妙な子供だったと思うよ。知らないはずの出来事を、楽しそうに話すんだから」


「……実際、僕は、楽しかったよ。カイの話は、今はもうこの世界にはない、場所や、色や、希望に溢れてた……」


 話を聞きながら、優姫はアリエスもまた暗い表情をしていることに気付いた。しかし口を開くことはなく、ただ静かに耳を傾けている。エルレインもまた、めずらしく物憂げな表情を浮かべていた。


「でも、母さんはそう思っていなかった。そりゃあ、自分の子供が行ったことも見たこともないことを嬉しそうに話してたら、気味が悪いよな。はは……今なら、考えれば分かることなんだけどさ、あの頃は、ただ楽しくて、それが母さんを苦しめてるなんて思いもしなかった」


 目を臥せ、俯く。体側に置かれた両手のこぶしはわずかに震えていた。


「気付いたら、母さんはおかしくなってた。俺達のこと、分かんなくなってたんだ。かと思えば、いきなり正気に戻ったり、ヒステリックにわけの分からないことを叫び出したり……。とりあえず、悪いのは全部俺なんだ、夢の話なんてしなければ――」


「違うよ……カイ。先生だって、言ってたじゃない……母さんは、心の病だったって」


「そうだ、カイ。お前達の母親は病気だった。誰しもが、いつでもなりうる病だ」


 うなだれたカイにサイと医者が声をかける。しかしそれも空しく、カイは首を激しく横に振った。


「違くなんてない! 全部俺のせいだ! 俺のせいで母さんは死んだ! あの朝、手首を切って冷たくなっていた母さんを最初に見つけたのは俺だ! そばにあった紙には何て書かれていたと思う? 『疲れた』だって」


 一息に叫ぶように言い放ちながら、カイは手に持った宝石を一旦握り締め、そして床に放った。地面に叩きつけられた石は回転しながら優姫の足元に滑っていった。


「それは、母さんの形見だ。でも、違う。最初はそんなんじゃなかった。もとは、こんな宝石なんかじゃなかった。サイは知ってるよな。これは母さんが父さんから貰ったブローチの石だ――そう、石だった。でも石はある日突然、姿を変えたんだ……俺の手の中で」


 部屋にいる全員の視線が、床に転がった宝石に集まる。優姫は足元の緑色に輝く石を拾い上げ手の平に載せた。

 エルレインも石はいきなり宝石へと姿を変えたと言っていた。そしてそれは、ゾディアックたる証だとも。そうなれば、目の前の彼もまた、その一員であることは間違いないのだろう。

 優姫はもう一方の手の中にある導石を握り締めた。それは、この世界にやって来た時にレオから渡されたものだ。そしてヴァルゴと呼ばれる自分は、本当に自分はそうなのだと確信を持てるほどの夢は見ていない。そう考えると、優姫はにわかに不安になった。


「……ひとつ聞くが、彼も同じ石を持っているようだが」


 アリエスが口を開く。その視線は寝台に横たわるサイに向けられている。


「サイの石と俺の石は元はひとつだった。……割ったんだ、二人で生きていくって決めた日に」


 その返答に納得したのか、アリエスは静かに頷く。エルレインもその様子を静かに眺めていた。

 医者はまるで信じられないった表情で立ち尽くしている。


「まさか……そんなことが、有り得るのか……?」


 沈黙が落ちる。

 それを打破したのは、やはりアリエスだった。


「カイ、交渉をしよう」


 交渉。

 その場に似つかわしくない言葉に、皆がアリエスに向き直った。寝台の脇に歩み寄り、足を止めた彼はサイを一瞥した後、カイに視線を向けた。


「お前は、私達と共にに行かねばならないお前の苦悩も分からないでもないが、しかしゾディアックとして進むことは、我等の使命。一刻も早く、星降る丘で祈りを捧げなければ、この世界は滅んでしまう。お前はそれを望むのか?」


「俺は――でも……」


 アリエスの言葉は、幼い頃から先代ゾディアックの夢を見続け、そのことが自分の母親を死に追い込んだという過去を持つカイにとっては酷なことだと言えた。それは世界の救命と苦悩とを天秤にかけたものだったのだから。

 しかしアリエスは躊躇うことはない。


「お前がゾディアックとしての使命を放棄すれば、世界とそこに生きている人々は、今度こそ全てが災厄に飲み込まれるだろう。私達も、そして彼等も――」


「……サイも、先生も……」


 アリエスの青い瞳がカイを射抜く。

 ゾディアックとして使命を全うしなければ、人は皆死ぬ。カイの兄弟であるサイも、医者もまたその運命は同じこと――その言葉にカイの心は揺れた。また、そうなるようにアリエスは言葉を選んでいた。


「……彼の怪我が癒えないまま、出立を決めるのは心配だろう。だが、お前がゾディアックとして決意すれば、私が彼の身柄を保証しよう。王都の診療施設で、怪我が完全に癒えるまで預かることを約束する。もちろん、それからの生活の保証も。盗人のような生活を送るより、ずっといいだろう」


「……アリエス」


 次々と提案を述べるアリエスの言葉を遮ってエルレインが名前を呼ぶ。しかし、アリエスはそれを制止するよう手を出すと、カイに向き直る。


「カイ」


「……この石をあげるだけじゃ駄目なのか? だって、そういう交換条件だったじゃないか」


 その問に、アリエスは首を縦には振らなかった。しかし言葉を発することはなく、カイの口から出る違う返事を待っている。


「カイ……、俺は、大丈夫だから……、カイが俺の為に、無理する必要はないよ」


「サイ……」


 サイは大きく息を吐き、カイに笑みを向ける。誰の目から見ても

その姿は痛々しく、優姫は思わず目を逸らした。少しだけ、アリエスはずるいと思う。そんな風に話を持って行けば、誰だって断るのは難しいだろうから。


「……俺」


 カイはぐるりと周囲を見回した後、不安げな視線を寄せ横たわるサイの傍らに跪くとその手を握った。


「行ってくるよ、サイ」


「カイ……っ!」


 腕に力を入れ体を起こそうとするも、痛みに顔を歪め再び寝台に体を沈めるサイ。カイは握った手に額を付け、誓いを立てるように目を閉じた。


「俺は……サイには生きてほしいんだ。これからもずっと、俺が奪ってしまった母さんの分も。だから、行くよ」


「カイ、僕は……母さんのことカイのせいだなんて、思ってないよ。それでも、それでも行くの?」


「うん。平気さ! このお兄サンの強いんだぜ! さっきだって銃持った奴を簡単に倒しちまったし。この人達についていけば大丈夫! だから、サイはゆっくり怪我治しててくれよ。この際だから、王都の奴らに沢山たかってやろうぜ」


 打って変わって人懐こい笑みを浮かべる。冗談混じりに耳打ちし、反応を楽しむようなカイに、サイと医者は悲しげな顔をした。


「じゃ、そういうことでお兄サンよろしくー! あ、そっちのお姉サン達もよろしくー!」


 じゃ俺準備して来るから、と別室に移動していくカイを見送り、アリエスは医者に話かける。


「そういうことで、後ほどここに騎士団から使者をよこします。それまで彼のことを看ていていただけますか? それなりの報酬はお渡ししましょう」


「ア、アリエス様……」


「心配せずとも、二人とも悪いようにはしません。それとも孤児である二人に、このままここで盗人まがいのことをさせていいとお思いですか?」


「ち、ちょっと、アリエス!」


 それは確かに正論だ。しかしその言葉に棘があるような気がして、優姫は思わずアリエスの名を呼んだ。

 しかし当の本人は優姫を一瞥すると、何もなかったかのように医者に一礼をする。


「それでは、お願いします」


 そう言ってアリエスは踵を返すと、そのまま出口へと向かっていく。優姫とエルレインはサイと医者とを残し、不穏な空気の部屋を後にした。


 瓦礫は少ないながらも、まだわずかに悪臭が漂う外で、アリエスは瞳を臥せどこか遠くを見ながら立ち尽くしていた。そんな後ろ姿に優姫は、小さく声をかける。


「……アリエス、さっきの言い方、良くないと思う」


「あたしもそう思うわ。あのガキ……もとい双子が盗みを働いてたのは、あの医者のせいじゃないでしょ。それに交渉って……怪我人を人質にとって脅してるようにしか見えなかったんだけど」


 さすがのエルレインも最後は言葉を濁すように小声になる。アリエスは聞こえているのか聞こえていないのか、応えない。

 無言に耐え兼ねた優姫は、ポケットから導石を取り出すと、強く念じた。

 瞬間、手の平から伸びる青紫色の光。

 光は高く昇ったかと思うと、向きを変えまっすぐ彼方を指した。


「……ここよりさらに南だな。カイが来次第、すぐに出発する。準備しておけ」


 振り返ることなくそう言い放ったアリエスに、エルレインは呆れ顔ではいはいと頷きながら、捨て台詞を吐いた。


「でもよく言い切ったわね。あの片割れの子、きっともう歩けない。多分銃弾は脊髄を傷つけてる……分かってて言ったんでしょ」


「え……」


 その言葉に優姫のほうが思わず反応する。エルレインは、サイは二度と歩くことが叶わないと、そう言ったのだ。

 大丈夫だよと、無理をしながらも微笑んでいた赤髪の青年の顔が脳裏に浮かんだ。カイも、まさかサイが二度と歩けない体になったなど、思いもよらないことだろう。

 優姫は今だ振り返ろうとしないアリエスの後ろ姿に視線を向けた。


「……それでカイ――ジェミニが旅に同行することを了承するのであれば、安い話だ。ゾディアック集結、そして星降る丘で祈りを捧げることが私の使命だからな」


「アリエス……」


 先代ゾディアックの旅の失敗。そして世界に影を落とす数々の災厄。

 世界を救う為に、王都の騎士であるアリエスが使命を全うすることに躍起になるのは分かるが、それを差し引いても今のアリエスの言葉にはもっと別の決意が込められているような気がして、優姫は続く言葉を失ったのだった。





「……カイ」


 起きることも叶わず、サイは寝台に横たわりながら着々と旅立ちの仕度を整える兄弟に声をかけた。


「本当に、行くの? 僕のことは……気にしなくたって、いいんだよ」


 大きなバッグに荷物を詰め込む手を休め、カイは笑う。手を大仰に振り、声を上げる姿はどこか空虚にも見える。


「違うって! 俺は、夢のこと確かめたいんだよ。俺が同じ夢を見続けた理由と意味を。それに、もしあのお兄サンの言う通り世界を救えたら、俺って英雄じゃね? それってカッコイイだろ」


 にっと歯を見せて、決めポーズを取る。そんなカイの姿を見て、サイは思わず目を逸らした。


「サイ、俺、行ってくるよ。心配すんなって、必ず帰ってくるから。だからサイも怪我治して、また一緒に暮らそうぜ! 俺達、たった二人の兄弟だもんな!」


「……うん、カイ……行ってらっしゃい。必ず、必ず帰ってきてよ」


 声高らかに言い放ち、勢いよく部屋を飛び出していくカイと、その後ろ姿に声をかけるサイ。

 長い間共に過ごしてきた騒がしい兄弟がいなくなり、部屋は想像以上の静けさに包まれる。いきなり現れたゾディアックの三人に同行するという決断をしたカイを、サイは止めることが出来なかった。彼の身柄の保証を約束されてしまっては、カイの決断はきっと揺るがなかっただろうから。

 彼は、幼い頃から夢を見続けていたカイが、泣いていたことを知っている。笑っていたことを知っている。怒りをあらわにしていたことを知っている。

 だから、分かっていた。


「……ばればれだよ、カイ。ごめん、無理させて――」


 サイは痛みに顔を歪めながら、呟いた。



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