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ゾディアック  作者: 亜耶
29/44

28 金牛ノユメ


   †††


「どうしたの、ヴァルゴ。すっごい膨れっ面」


 私の前で見事なくらいに頬を膨らませているヴァルゴ。

 それ自体は、この旅の習慣になってしまっていて、理由を聞かなくたってその原因は分かっていた。それは勿論、私だけじゃなく皆そう。私は皆の中でも古株だから仕方ないとは言え、最近見つけた最後のゾディアックであるアリエスにもなんだから可笑しくて笑ってしまう。

 つまりは、バレバレなのだ。

 彼らは、二人共に。


「またレオと喧嘩したの?」


「喧嘩じゃないわ! 一方的な嫌がらせよ」


 この返答だって毎度毎度の繰り返し。

 そして私が返す言葉も、いつも同じ。


「……本当にヴァルゴは鈍いわね」


 女の私から見ても、ヴァルゴは綺麗。流れる金糸の髪、宝石のような青く透き通った瞳、きめ細かな肌。舞を踊る長い手足は細く、その微笑みは誰をも魅了する。


「鈍いって何よ、私は傷ついてるのよ。ねえタウロス、どうしてアイツは私にだけ冷たいの……?」


「ヴァルゴにだけ、ねえ」


 私に縋り付いて、しまいには泣き出したヴァルゴを宥めながら、頭を撫でる。

 正直、私は容姿端麗なヴァルゴが羨ましい。ただ、彼女は孤児で旅暮らしが長かったせいか、普通の女としての一般常識に疎いらしい。世の男性が自分にだけ冷たいというのは、好意の裏返しだということを知らないのだから。

 どうして分からないんだろう、と思う。同時に、悔しい、とも。

 だから私は、ヴァルゴにそのことを言わない。どうせいつかは気が付くだろうし、私から言ってしまうのは、それこそ彼に対して規則違反だ。

 それに、そこまでいい人には私はなれない。私だって、彼のこと――。


 私はごく平凡な農村の長女として生まれ、ごく普通に過ごしてきた。けれどそれはある日突然終わりを告げた。

 村に広がった伝染病。病はあっという間に両親、そして兄弟の命を奪っていったのだ。

 毎日毎日、泣いて過ごした。死んでしまった家族の死を嘆き、生き残ってしまった寂しさを嘆き、きっとあの頃の私は生きる屍と化していたと思う。

 そんな私を変えたのは、村にやってきたゾディアックの二人――美しいヴァルゴと、気高い騎士レオ。

 彼らは、私もまたゾディアックの一員なのだと告げ、共に行こうと私に促した。そんなにすぐに気持ち切り替えられなかったけれど、国王陛下の勅命を無下にすることも出来ず、私は歩き始めた。

 それが結局、自分の足でもう一度立ち上がるきっかけとなったんだ。


 旅を続けながら、仲間も増えて、星降る丘までへの道程で、いつしか気付いたこと。

 私の視線の先には、いつもレオがいた。

 誇り高い王都シャングリラの騎士レオ。彼の姿を追ってしまう自分がいることに気付いた時、私は思わず自嘲した。なぜなら、もうひとつ気付いたことがあったからだ。レオの姿を追えば、いつも傍らにあったのはヴァルゴの姿。そして彼女の視線の先にも、いつも彼はいた。そして彼もまた、彼女を見ていた。

 よりによって、同じ人を。それに望みが全くない人を。

 でも、私にとってはヴァルゴも、私を暗い絶望の淵から引き揚げてくれた恩人だ。だから、彼らが共に想い合っているというのなら、そこにしゃしゃり出ようとは思わない。

 それなのに、彼らときたらどうだ。

 勘違い、擦れ違い、その上素直になれないの三拍子。二人共がそうだから手に負えない。


「またあなたが余計なこと言ったんでしょう? レオだって売り言葉に買い言葉なだけよ」


「……違うわ、レオが酷いこと言うから……」


「嘘ばっかり。顔に嘘だって書いてるわ」


 話を聞けば、街で見かけたごろつきをヴァルゴが締め上げたとのこと。持ち前の気の強さと勢いで、刃物を持った男をひっぱたいたらしい。


「あなたねえ……それはヴァルゴが悪いわ。危ないじゃない、刃物を持った男に一人で向かっていくなんて。危なっかしいことばっかりしてるからレオに怒られるのよ」


「でも! 目の前に引ったくりがいたのよ、足が勝手に動いちゃったの! ……それにレオだってタウロスみたいに言ってくれるならいいの。何て言ったと思う? 『馬鹿は死んでも直らないが、死なれたら迷惑だから余計なことはするな!』ですって」


 本人は傷ついているようだが、私からしてみたら、多少言い過ぎな感はあるが、心配だから危ないことをしないでくれ、と言っているようにしか聞こえない。

 敢えて黙っているけれど。


「タウロスはアイツの味方なのね」


「もう! どうしてそう卑屈に考えるの。危ないことはしないで欲しいって、私は常日頃から思っているのよ、ヴァルゴ。それはレオだって同じだわ」


 ヴァルゴは拗ねたように口を尖らせると、伏し目がちに嘆息する。


「違うわ。レオにとって私はただの導石の持ち主に過ぎないのよ。ゾディアックを導く〈導星〉としてしか、私を見ていない」


 どうにもレオが絡むとヴァルゴは否定的になる。


「悔しい、悔しいわ、タウロス。私って、〈導星〉という肩書きを失ってしまったらどうなるの? ただのがさつな女? ううん、人とも思われていないのかも」


「言い過ぎよ、そんなことあるわけないじゃない。あなたのこと、ちゃんと大切な仲間だって思ってるわよ」


 そう言って、心の中で舌を出す。

 大切な仲間――それは間違っていない。ただそれ以上だということを黙っているだけだ。レオは本当にあなたのことを想ってるのよ、と。

 それくらい、許されるって思ってた。

 別に危害を加えるわけでもない、陥れようとしているわけでもなかったから。

 ただ純粋に、私の口からはどうしても言えなかっただけ。


 でも言えば良かった。

 私の気持ちなんかより、もっとヴァルゴのこと考えて、言えるよう努力すれば良かった。

 そうすれば、きっと彼女は深い傷を負わなくてすんだのに――。




 あのことがあった日を境に、彼らは変わった。

 ヴァルゴはあまり笑わなくなった。あれほど感情豊かだった彼女から、ありとあらゆる感情が消え、良く泣くようになった。

 レオはそんなヴァルゴを見て傷ついていた。そして、傍目から見ても分かるくらい、彼は自分を責めていた。ヴァルゴがあんな目にあったのは自分のせいだと、自分で自分を傷付けていた。

 私はそんな二人を見るのが辛かった。そうなってしまった原因の一端を間接的に担ってしまったも同然だったから――。


 深い、後悔。

 だから私は、決めた。

 もう生涯、この気持ちを表に出すことはしない、と。忘れてしまおうと、心の中に蓋をしたんだ。





   †††



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