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ゾディアック  作者: 亜耶
24/44

23 喧騒


     ◆


「ああ……」


 港の喧騒の中、心底落胆しため息を漏らしたのは、エルレインだ。

 ナダ港――そこは港町に相応しい活気に溢れ、人々の表情は生気に満ちていた。塩の香りが漂う中、何隻かの船が停泊している船着き場で、水平線の彼方を途方に暮れた目で見つめる二人と、その後ろで呆れた視線を向ける一人。もちろん、前者は優姫とエルレインで、後者はアリエスだ。

 二人の視線は、優姫の手の平から伸びる光を追っていた。


「もうちょっと期待とか持たせてくれてもいいのに……」


 立ち尽くしたまま優姫は呻いた。それに同調するように、エルレインも頷く。


「本当よ。夢も希望もないじゃない」


 ゼクセンからここまで、導石の光を辿ってやってきた三人。ナダ港に到着し、願わくばこの町にゾディアックの証たる宝石を持つ人物がいますように、優姫とエルレインは祈りを込めたが、それはあっさりと裏切られたのだった。遥か水平線を指す光――町を素通りしたということは、それはつまりヨーク方面を指しているということなのだ。


「乗船の手続きをしてこよう。お前達は市場でも見ているといい」


 そう言い残すと、アリエスはうなだれる二人を置いて颯爽と歩き出した。


「あーあ、まさかヨークに行くはめになるなんて。私まだ死にたくない!」


「仕方ないよ……私、アリエスとはまだ会ってから時間は経ってないけど、彼の性格からしてヨーク行きを止めることはないと思うし。なんたって王陛下の命令が一番だからさ」



 絶望感にうちひしがれた様子で座り込むエルレインに、優姫は励ましらしき言葉をかける。王陛下の勅命――それはゾディアックを集結させ世界を救うこと。そして忠実な騎士団長であるアリエスが、それよりも優姫やエルレインの声を優先させるとは思えなかった。


「……市場にでも行って時間潰そう」


 二人はヨーク行きを断行しようとするアリエスを待つ為に、市場に向かうことにする。

 活気に溢れたそこは、優姫にとってゼクセンと同じく平穏な場所であるように見えた。しかしそんなこの町にも、きっと自分には到底思い浮かぶことのない災厄が訪れているのだろう。そう思うと人々の顔もどこか陰って見えた。

 そんな時、優姫の視界に映り込んだのは大きな人だかり。


「あれ? なんかあそこに人だかりがあるんだけど」


「え、ちょっと待ちなさいよ! ユウキ!」


 目新しさも加わって、深く考えることもなく走り出す優姫をエルレインが追う。通路の真ん中に出来た人だかりは、どうやら二人の男を囲んでいるようだった。


「テメェ、どう落し前つけてくれるんだ!」


「なに言い掛かり吹っかけてんだ、ふざけんじゃねえ!」


 不穏な空気が流れる中、優姫とエルレインは人だかりの最後尾で背伸びをしながら男達の様子を窺い見る。

 一人は白い背広を着崩したこわもての男、そしてもう一人はいかにも海の男といった風体だ。足元には大きめの木箱と沢山の魚が散乱している。

 よくよく聞けば、魚を入れた木箱を持った男に白い背広の男がぶつかったらしく、その拍子に服が汚れてしまったことが事の発端のようだった。


「これはなあ、テメェなんかにゃ何年かかっても買えない代物なんだ、どうしてくれんだ!」


「どうするもこうするも先にぶつかってきたのはテメェじゃねえか! こっちこそ商売あがったりだ! テメェの汚い服に触れた魚なんか売り物になんねえからな!」


 飛び交う怒声と気迫に周囲の人間は口を出せない。そのことが二人の男の口論に拍車をかけていた。

 その時、前方で発された悲鳴。

 優姫とエルレインは最大限につま先を伸ばし、それを確かめようとする。


「テメェ……、調子に乗りやがって」


 背広の男の手で鈍く光るもの――握られていたのはナイフだった。


「はん、そんなもん持ち出して、脅しのつもりか! やれるもんならやってみやがれ!」


 しかし相対する男は、特に怯む様子もなく、挑発を返した。まさか、そこまではしないだろうと思ってのことなのだろうが、周囲は反して緊迫した空気に包まれていく。

 固唾を呑んで見守る中、優姫はふと辺りを見回し、人だかりの最前列、そこに子供がいたことに気付いた。

 それは、ほんの直感――子供は男の息子だと。同時に誰の声よりもはっきりと届いた子供の声。


「お父ちゃんをいじめるなあっ!」


 子供が父親の前にかけていくのと、背広の男がナイフを勢いよく振り上げたのと、優姫の足が動き出したのは、ほぼ同時だった。


「ち、ちょっとユウキ!?」


 エルレインの声は聞こえていなかった。持ち前の瞬発力の良さはこんなところで活かされ、優姫はあれよあれよという間に人だかりをかき分けていく。


「危ないっ……!」


 手を伸ばす。

 子供は目を閉じている。

 男は目を見開き、目の前に駆け寄った息子を庇おうとする。

 そんな二人の前に勢いで立ち塞がった優姫に、鈍い光を放つ刃が振り下ろされる。

 優姫もまた、目を閉じた。




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