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ゾディアック  作者: 亜耶
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16 その名はタウロス


 厳かな聖堂の中、優姫は若い修道女と向かい合っていた。

 応接間で対応してくれた修道女と同じ修道服を着た少女は、いかにもまずいといった表情で固まっている。栗色の髪を高くひとつに結い上げた彼女は、すぐに気を取り直して、気が強そうな同色の瞳できっと優姫を睨みつけた。


「あんた、誰」


 ぶっきらぼうな声に面食らう優姫は、声を出すことが出来ない。


「もしかして新人? ご愁傷様! こんな堅苦しい所へようこそ。じゃあ、私はこれで」


 怒ったように、全く心のこもっていない言葉を言い放ち、優姫が呆気に取られている間に扉を出て行こうとする。そんな彼女の首に大振りの宝石がはめ込まれた首飾りが揺れたことに気付いて、優姫は慌てて彼女を呼び止め、走り寄った。


「ちょ、ちょっと! あなたってもしかして家出人!?」


 家出人、という言葉に反応して足を止めた少女の腕を掴む。振り返った彼女の顔が歪んだ。


「はあ!? 家出人って私のこと言ってんの? ふざけないで、私は自分の家に帰るだけだっつーの!」


「怖っ! なにこの人、この世界のヤンキー!?」


 修道女らしからぬどすの利いた声に、優姫は心底震え上がった。しかし掴んだ手は離さない。この手を逃せば、今度はアリエスが烈火のごとく怒り出すだろうことは、目に見えて明らかだったからだ。


「なに掴んでんの」


「だ、だって……」


 きらりと修道女の首飾りが揺れる。優姫の持つ導石の光は、その首飾りにはめられた黄褐色の宝石を指し示していた。

 修道女の神に仕える身らしからぬ眼光で射抜かれ、怯みそうになるのを堪えながら、優姫は意を決して話しかける。


「あなたを探してたの! 私達と一緒に来て!」


「はあ? 何いきなり? 離してくれない、痛いんだけど!」


「離さないっ! だって離したらアリエスが……」


「わけわかんない! あんた誰よ、さっさとこの手離せバーカ」


 罵声を浴びせられながらも、両手でがっしりと掴んで離さない。この修道女がゾディアックであることは間違いないのだ。 しかし修道女は修道女で、ついには言葉だけでなく手を出そうと、優姫に掴まれていないほうの腕を振り上げた。

 優姫は、目を閉じる。

 乾いた音が、聖堂内に響いた。


 しかし覚悟していた痛みは訪れず、優姫は恐る恐る目を開けた。


「あっ!」


 二人の間に割り入り、優姫に振り下ろされた腕を受けたのは、アリエス。


「どこで油を売っているかと思えば……ユウキ、この娘が?」


 涼しい顔で修道女の腕を掴んだままのアリエスに尋ねられ、優姫はこくこくと頷いた。修道女は自分の攻撃を遮った騎士を前に硬直している。

 アリエスは導石からの光を受けた修道女の首飾りに視線を落とし、嘆息した。


「……随分なじゃじゃ馬だな、今生の〈金牛宮〉タウロスは」


 〈金牛宮〉タウロス――その言葉に修道女がぴくりと反応する。振り上げていた腕を下ろし、摩りながら目の前で対峙する二人に栗色の瞳を向けた。


「それ……どうして」


「それ、と言うと?」


 修道女は黙り込み、俯く。それを見てアリエスは口を開いた。


「夢を見るのだろう? 自分がタウロスと呼ばれる夢を」


「……!」


 アリエスが淡々と言葉をを発すると、俯き伏せていた顔を上げ、修道女は目を見開いた。そしてその目が潤んでいく。

 優姫はそんな二人の様子を、ただ眺めていた。


「もしかして……あなたも、なの。あなたも夢を見るの……? じゃあレオは? レオもいるの?」


 涙を浮かべる修道女。

 しかし、優姫は気付いていた。彼の名前を発した瞬間、聖堂内の空気が凍りついたことに。

 今度は優姫が慌てて二人の間に割り入った。


「いやいや! 私達二人だけ! レオがいるわけないでしょ!?」


「そう……」


 首と両手をぶんぶんと横に降る優姫に、修道女は顔をしかめる。何かを言いたげに口を開いたが、結局そこから言葉が発されることはなく、優姫は胸を撫で下ろした。

 この時には、すでに場の空気はそれまでのものに戻っており、それはひとえに優姫の功績だと言えた。


「……ユウキの言う通りだ。この場にレオがいるはずはない。奴が逆賊であることは広く知れ渡っていることだろう」


「そう、そうよね……。じゃあ、あなた達は?」


「あ、私はさが――」


「彼女は〈処女宮〉ヴァルゴだ。そして私は〈白羊宮〉アリエス。君を探しにここまで来た」


 相模優姫、とフルネームで名乗ろうとして逡巡する優姫を遮ってアリエスが名乗った。そのまま手を伸ばし修道女の首飾りに触れ、黄褐色の宝石を掌に載せる。


「これはトパゾス、まさしくゾディアックの証。君は私達と共に星降る丘へ行かねばならない――ゾディアックの一員として」


 修道女は目を見開いたまま動かない。動けないといった方が正しいのかもしれない。何しろ、言葉こそ丁寧であったが、アリエスが彼女に向けた空色の瞳には、否定を許さない色が秘められていたからだ。


「これは王陛下の勅命である。来て……くれるな?」


 落ちる沈黙。

 先に口を開いたのは、修道女だった。


「わ……かりました。行きます、私。そのかわり、ゼクセンへ寄っていただけます? 私の実家がありますの。ここを去って旅立つこと、私から両親に伝えたいから」


 それまで優姫にきいていた罵り口調が嘘であるかのようにしとやかに、尚且つ可愛らしい笑みを浮かべて、たたずまいを直した修道女はアリエスの要請を快諾した。




 その後、修道女の言葉を聞き入れ、ゼクセンに寄る約束をしたアリエスと優姫は、戻って来た修道女達に礼を述べ、若い修道女を加えて再び出発したのだった。





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