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ゾディアック  作者: 亜耶
14/44

13 霧中の森


「うわ、この森……すっごい不気味」


 街から程なくして辿り着いた森の入口で、眼前に鬱蒼と広がるその光景に、優姫は嘆息した。

 優姫が住んでいた場所は都会から少し離れているとは言え、それでも通勤、通学圏内でもあるベッドタウンだった。緑が生い茂る公園や、美しく刈り込みされた緑は道路脇にあっても、森と呼べるような場所は付近にはない。


「この森は亡者の森と呼ばれている」


「は」


 さらりと言ってのけられた爆弾発言に思わず固まる優姫。それに気付いたアリエスが咳ばらいをする。


「と言うのも、昔はろくに道も整備されていなかった為に、道に迷いそのまま……という者が続出してな。今現在は、道なりに進めば半日程で抜けられるようになっているから安心しろ」


「でも、亡者って……お化けでも出るの?」


 恐る恐る尋ねる。

 優姫にとっては、それが問題だ。お化けと虫、それとあえて言うなら数学――それが優姫の唯一とも言える弱点だったのだ。


「いや、それは分からんな。とりあえず私は何度もここを通っているが、一度も遭遇したことはないがな」


 真面目に答えたアリエスの言葉に、優姫はほっと胸を撫で下ろすことが出来た。


「さあ、行くぞ。日が沈む前には抜けたいからな」


 しかしそれも束の間。

 颯爽とマントを翻して森の中へと進もうとするアリエスに、優姫は遅れまいと早足でついていった。



 森の中は、日中であるにもかかわらず随分と暗かった。時折聞こえてくる野鳥の声は不気味さを助長し、時折強く吹く風によって鳴る木々の葉擦れの音は優姫を何度も脅かせた。

 アリエスは慣れているのか、歩くスピードは常に一定で速い。優姫はそれに追いつくのに必死だ。

 どんどんと遠慮なく進んでいたアリエスだったが、そんな彼が足を止めたのは唐突だった。


「ぶっ」


 お約束のように、アリエスの甲冑に顔から追突する優姫。鼻を押さえながら見上げると、そこには険しい顔をしたアリエスの姿があった。


「……どうしたの?」


「おかしいな」


 ぽつりと呟くように言ってから辺りを見回す。アリエスについていくのに無我夢中だった優姫も、アリエスの不穏な発言にびくつきながらそれに倣う。

 周囲にはいつの間にか霧が立ち込めていた。


「三叉路が見えてこない」


 アリエスは右手を顎に当て、考え込む仕草をする。その間にも――といってもさして時間は経っていなかったが、霧は濃く、まるで意思を持っているかのように森を覆い尽くしていく。


「三叉路って……?」


「王都側からはすぐに三叉路が見えてくるはずだが――」


 優姫はアリエスから地図を受け取り広げた。かなり簡略化されてはいたが、そこには確かに三手に分かれた道が記されていた。


「何で、あるはずの道が――もしかして、亡者が……!」


「そんなわけがあるか。……しかし」


 この世の終わりのような顔をしながら地図を握りしめる優姫。非現実的な言葉をアリエスは一蹴したが、今実際にこの身に起きていることの理由は彼には皆目検討がつかない。

 深くなる霧。なくなった道。二人はその場から動けなくなった。

 その時だった。

 微かな、微かな気配をアリエスは察知した。土を踏み締める音と小さな枝が折れる音。


「どうすればいいの……、幸先悪すぎるし……」


 何も気付かない優姫は、絶望感に満ちた声を上げる。

 しかし優姫が気付けないのも仕方がないことだった。近付いてくる気配――それは意図して最小限まで消されていた。それは、騎士として訓練していたアリエスが辛うじて気付ける程の、微かなものだった。

 アリエスは今だに嘆きの声を上げようとする優姫の口元に手を当てた。


「しっ、静かに」


 ぐっと声を押し止め、優姫は何事かと目を見開いた。隣にいるアリエスは、静かに、ゆっくりと周囲を見渡し、頭上にも視線を巡らせている。

 不安が頂点に達したその時、優姫の身にも異変が襲った。

 靴越しに感じる重み。それはつま先から足首へとゆっくり伝っていく。

 感じたことのある感触。それはまだ記憶に新しい。

 ゆっくりと下に目をやる。そこにいたのは――蛇。優姫がこの世界に来る直前に襲われたものと同じ、金の大蛇だった。


「や……っ!」


 悲鳴を上げる。と同時にアリエスが優姫の足に絡み付く大蛇に気付き、腰に下げた剣のつかに手を伸ばした。鞘から鈍く光る刃がわずかに顔を覗かせた、刹那。

 響いたのは、空を切る音。

 前方から飛んできたそれは、正確に蛇の頭を捉え、優姫の足を傷付けることなく飛び続けた後に、後方の樹木に深々と突き刺さった。


「小剣だと!?」


 蛇を貫いたそれは――小剣。

 優姫は腰を抜かしながらも、蛇の行方を目で追った。金の大蛇は頭を貫かれながらもまだ生きており、長い体をうねらせている。


「……貴様か」


 アリエスの低い声が響く。そこに強い怒気が含まれているような気がして、優姫は慌てて振り返った。

 今や数メートル先すらも見えないほどに深い霧の中に、うっすらと見えてくる人影。その影を、目を凝らしじっと見つめる。


「……レオ!?」


「レオ!!」


 その罪人の名を呼んだのは、ほぼ同時だった。

 霧の中から現れたのは――レオ。

 優姫と会った時と同じ黒いマントを羽織り、漆黒の髪を靡かせながら、深緑の瞳の青年は二人に近付いてきた。再開を果たせた喜びに、すぐ目の前まで来たレオに思わず飛びつきそうになる優姫だったが、肝心のレオはそんな彼女を素通りして小剣の元へと歩み寄る。


「レ――」


「貴様、よくもこの私の前に現れられたものだな……レオ!」


 凄まじい怒気を放ち、アリエスがレオに斬り掛かる。優姫が止める間もなく、その刃は振り下ろされた。

 静まり返った森に響き渡る甲高い音。刃と刃がぶつかった残響を聞きながら、優姫は彼等を見ていた。

 アリエスの放った長剣の一撃は、レオが樹木から抜き取った小剣の短い刀身で受け止められていた。怒りの表情を浮かべたアリエスと対称的に、何の表情も浮かべず必要最小限の動きで攻撃を止めたレオ。アリエスはぎりと歯ぎしりをした。


「おのれ、小賢しい! 貴様などに私の剣が……」


 レオは何の言葉を発することなくアリエスの長剣を払うと、流れるような所作で小剣を懐にしまい込んだ。

 優姫は、いきなり刃を向き合わせた二人のただならぬ様子に飲まれそうになりながらも、立ち上がり口を開いた。


「レオ! アリエス!」


 今だに斬りかかってもおかしくない剣幕のアリエスは、優姫を一瞥するも長剣を納める気配はない。それに対して、レオは優姫の声など聞こえていないかのように、見向きもしない。


「逆賊〈獅子宮〉レオ! 私は貴様に、ウィルヘルム陛下の名の下、裁きを下す権利を有している。だが、しかし! 私には〈白羊宮〉アリエスとして貴様を屠る権利がある。意味は分かっているだろう」


 しかしアリエスの怒声に、レオは動かなかった。怒りに震える手に握られた長剣の切っ先が、黒いフードを目深に被るレオの首元に突き付けられるが、それでも青年の姿勢は揺るがない。


「アリエス、止めてっ!」


「ヴァルゴ……いや、ユウキ。私は、知っているのだ。この男の罪を! 私はレオを許さない……っ」


 優姫の何度目かの制止の声に、やっとアリエスは答えた。


「レオ、貴様は話せるのか? ユウキに、お前がしたことを……」


 怒りの声はそのままに、口元を歪める。優姫はぞわりと背筋に寒気を感じた。再び視線をレオに映すと、その深緑の瞳と目が合ったが、すぐにふいと逸らされる。


「話せるものか。貴様は、ヴァルゴに――」


 言いかけた時だった。

 ざあっと吹き抜ける風が三人を襲う。優姫は突然のことに目を閉じ、風がおさまってから目を開け、直後、目の前に広がった光景に大きく見開いた。


「え、霧が――」


 あんなにも深く濃い霧が、跡形もなく消えていた。気が付けば、アリエスと対峙していたレオも消えている。


「くっ……」


 忌ま忌ましげに声を絞り出すアリエスをよそに、優姫はあっという間に終わってしまった邂逅を名残惜しむように嘆息した。


 この時、二人は気づいていなかったが、レオが仕留めた金の大蛇は、跡形もなく消えていたのだった。



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