11 旅立ち
「それでは、そなたはゾディアックとしての使命を果してくれるのだな」
優姫が一大決心を宣言してから、すぐに謁見の時間が設けられ、準備も早々に済ませた優姫は、再びウィルヘルムの御前にいた。
昨日と同じく、優姫の後ろにはずらりと騎士団が列を成しており、その先頭にはアリエスがいる。
粛々とした空気の中で、壇上の玉座に鎮座するウィルヘルムは、昨日以上ににこやかに優姫に声をかけた。
「はい。出来る限り、力を尽くしたいと思います」
緊張しながら答える優姫。平凡な高校生であった優姫には、一度経験したくらいでこの空気に慣れることは到底出来なかった。
「ああ、これでやっとこの世界は救われることだろう。よく決心してくれた、ヴァルゴよ」
そう言って立ち上がるウィルヘルム。それを合図に背後の騎士団が敬礼し、鞘から抜いた剣を高く掲げる。
「それでは――〈処女宮〉ヴァルゴよ、そなたに命じる。〈白羊宮〉アリエスと共に旅立ち、〈導星〉としてゾディアックを集め、聖地星降る丘で祈りを捧げよ」
ウィルヘルムが高らかに言い放つと、騎士団から咆哮が上がった。
今さらながら優姫は、この人達が望むことを私は出来るのかな――と後悔した。
◆
「それでは行って参ります。必ずや世界に幸福と安寧を届けてみせましょう」
「うむ、心強いな。それでは頼んだぞ、アリエス騎士団長、そしてヴァルゴ」
「開門!」
城門が開き、旅の餞別にと渡された袋を片手に、優姫一歩踏み出す。隣のアリエスは見送るウィルヘルムに敬礼をし、騎士団らには敬礼されている。優姫はそんな彼等に対してぺこりと頭を下げた。
王都シャングリラの城下街。
昨日は陰欝に見えたその街は、打って変わってお祭り騒ぎだった。
道行く優姫とアリエスの周囲には常に人だかりが出来たが、人々は皆陽気で、酒を飲んでいるのか顔を赤くしている者もいる。
「ヴァルゴ様! アリエス様!」
「万歳、ゾディアック集結の兆しに万歳!」
「アリエス様ー!」
そんな様子に若干押され気味の優姫は、アリエスの後ろに隠れるようにして歩いていた。
「うわ、どうしてこんなに大騒ぎしてるの?」
「当然だろう、三百年ぶりのゾディアック集結の兆しだ。……何を隠れている、ヴァルゴ、堂々としていればいい」
人々に笑顔を振り撒きながら手を振るアリエスがもう片方の手で優姫の背を押すと、優姫は慌ててかぶりを振った。
「いやいやいや、私は普通の高校生なので! こんな目立ちたくなんかないですっ」
と言いつつも、一応空気を読んで、時々アリエスの背から引き攣ってはいるが笑顔を覗かせる優姫。
「まあ、いいが……。それより今後のことだが――」
アリエスはそんな様子の優姫を見下ろしながら嘆息し、自分の持つ荷物の中から何かを取り出す。
何だろうと覗き込むと、それはどうやら地図のようだった。
「これって地図ですか?」
「そうだ、この世界――エーアデの地図だ。ヴァルゴは見たことがないのか」
「この地図はないです。日本、というか地球の世界地図はありますけど……って言っても分かんないですよね。あの、それより、ひとついいですか?」
日本はおろか、世界の五大陸すらないその地図には、見たことのない大陸が描かれている。大きく分けて三つに別れた大陸と広大な海、そして小さな島が点在しているそれは、優姫が十七年生きてきた中で一度も見たことがないのは確かだ。
しかし、それよりも何よりも優姫はひとつ提案をする。この世界に来て――王都シャングリラに着いてからずっと気になっていたことだった。
「あの、ヴァルゴって呼ばれるの、何だか慣れなくて……名前で、優姫って呼んでくれませんか」
人々は皆、優姫のことをヴァルゴと呼ぶ。それはこの世界にゾディアックの伝承があり、且つ、その一員を担う自分がそう呼ばれるのは仕方ないと優姫も理解している。それでも、ずっとそう呼ばれていた名を呼ばれなくなるというのは寂しいのだ。
「普通はその名を誇らしいと思うのだがな。だが、お前がそれがいいと言うならば、ユウキ――その何とも変わった名前で呼ぶことに私は異論はない」
「あ、ありがとうございます。それじゃあついでにもうひとつ」
「……さっき、ひとつだけ、と言っていなかったか、ユウキ。まあいい、言ってみろ」
呆れるように嘆息するアリエスに、軽く変わり者扱いされたことに気付かなかった優姫は笑顔で言い放つ。
「敬語、じゃなくてもいいですか? 肩肘張っちゃって」
言いながら両肩をぐるぐる回す。
敬語が肩肘の張りに関係などあるわけもなかったが、アリエスは優姫のあっけらかんとした態度に毒気を抜かれたような気分になった。
「はっ、何を言うかと思えば。ヴァルゴは気が強い……ははっ、好きにしろ。それと私のことも呼び捨てでいい。お前は私の部下ではない、ゾディアックとしての同士なのだから」
呆れを通り越して笑いながらアリエスが答える。優姫はその言葉に「じゃ、お言葉に甘えて」と心底喜んだ。足取りさえ軽くなったような気がするのは気のせいだろうか。
「ねえアリエス、どこに向かうの?」
早速普段の調子で話しかけてきた優姫の、その変わりようの早さにアリエスは驚いたが、すぐに気を取り直し一度咳ばらいをする。
「どこに向かうも、行き先を決めるのは〈導星〉であるお前の役目だろう。石を出してみろ」
アリエスに促され、優姫はポケットから石を取り出した。しかし、それは何の変哲もないただの石のままだ。
「あれ? どうしてだろう? ただの石のままだ」
「当たり前だ、私の時はこちらから呼んだのだからな。今度はお前の方から呼びかけねばならない」
「呼びかける?」
意味が分からず困惑する優姫。するとアリエスは石を持つ優姫の手を両手で包み込んだ。突然のことに心臓が跳ね、血が昇る感覚に襲われる。
「えっ? ええっ!?」
「頭に強く思い描け。『次なる石への道を示せ』と。慣れないのなら声に出してもいい」
言われるままに優姫は集中しようとするが、いかんせんアリエスに握られた手が気になって仕方がない。
優姫はかぶりを振って雑念を追い払いながら、大きな手から伝わった温かさで、熱を持ち始めた自分の手中の石に呼びかけた。
「お願い。次の石までの道を教えて……!」
すると、何度目かの呼びかけに答えるように手の中が熱くなったかと思うと、石は徐々に変化していき、やがて濃紺の宝石へと姿を変えた。
濃紺の宝石――サピロスからはアリエスの時と同じく青紫色の光が射していた。しかし、今度はその光は何を指すわけでもなくまっすぐ彼方へと伸びている。
「これって、一体どこに向かってるんだろ……」
光が射す方向を見ながら呟く。
いつの間にか優姫の隣で同じ方向に視線を向けていたアリエスは、ふむ、と鼻を鳴らし、地図を開いて応える。
「……確信はないが、北にある修道院にいる女が随分と大きな宝石の首飾りをしているらしい。修道女には不似合いものだったと、以前近辺に出た怪物の討伐に向かった部下が言っていたことがある」
「修道院……」
アリエスの持つ地図を覗き込む。しかし現在地がどこであるかも把握出来ていない優姫には、修道院がどこであるか見当もつかなかった。
「……じゃあ、そこに向かおう! ちゃっちゃっと全員見つけて、約束の地に行っちゃおう! ねっ」
腕まくりをして気合いを入れながら、前進する。
こうなってしまったら、やるしかない――そう腹をくくって、優姫とアリエスは王都シャングリラを後にするのだった。