ジグロの献身
目が覚めて、味気ない白い天井が目に入る。Jは首を動かし、周りを見た。点滴の管が自身の腕から伸びている。自分がパイプベッドに寝かされていることを確認して、ようやくここが医務室であることに思い至った。
「気が付いたかい?」
点滴のパックがぶら下がっている側の反対から、声を掛けられ、初めてそこにAが居たことに気づく。Jは、まだぼんやりとした頭で横たわったまま、Aの顔を見上げた。彼はどこか苦笑まじりの、優しい笑顔をJに向ける。
「覚えてるかい? 雷に打たれたこと」
「かみなり……?」
Jは、掠れる声で聞き返した。光に包まれた瞬間を覚えているものの、あれが雷に打たれるということなのだろうか?
「そうだよ。あの後、大変だったんだよ」
Aの話では、J、ジグロ、グンリ・デ・ポンの三人が雷に打たれて倒れた後、彼らをミズノに基地まで瞬間移動させ、医務室に運び込んだ一方、借りていたマイクロバスを小学校に返しに行き、県庁の上の方に掛け合って、事情を理解し尚かつヘリコプターの操縦が出来る人材をまわしてもらって、ニャンコを連れて基地まで帰ってきたということだった。
喉の奥にからむ啖を咳払いして、Jはようやくスムーズに出るようになった声を不満げに尖らせる。
「瞬間移動できるんなら、最初からヘリなんか使わずに、ミズノに頼んだら良かったじゃねぇか」
「ドラゴニア・ドラゴンの瞬間移動は、移動先が本人が行ったことのある場所か、正確な座標がわかっているか、マスター——ミズノの場合は僕だね——の、居る場所か、の、いずれかじゃないと移動出来ないんだよ。ジグロに教わらなかったかい?」
ドラゴニア・ドラゴンには、地竜であるジグロは大地に関係する能力、水竜であるミズノは水に関連した能力、というように、それぞれの種族によって異なる能力と、ドラゴニア人なら誰でも持っている基本能力とがあり、瞬間的に空間を超越して移動する能力や、人間の姿になる変身能力などは、皆一様に備わっている。ミズノはその力を使って、Jたち三人を基地内の医務室まで運んだのだ。
しかし、雷に打たれたという割には、Jの身体は火傷一つ負っていない。どうなっているのか。やけに痛む頭を傾け、そう問いかけると、Aは殊更おおげさに溜め息を吐いてみせた。
「全く、君は無謀だよ。ジグロが居たお陰で助かったようなもんだよ?」
「どういう意味だ?」
「ジグロは地竜だよ、大地の力を司る竜。Jに当たる寸前、ジグロは自分が避雷針の役割をしたんだよ。あの頭の角で、雷を吸収したんだ。それで君は雷の直撃を受けずに済んだんだよ」
話の途中から起き上がろうとするJの肩を掴んで強引にベッドへ戻そうとしながら、Aは続けた。
「但し、その時転んで後頭部を強打してるから、しばらく検査入院だからね」
「ジグロは? ジグロはどうした?」
Jは痛む頭を抑えつつ、再び起き上がろうとする。Aはまたも力ずくで彼に横になるよう促した。
「ジグロなら大丈夫。ここに運ばれた時には気を失ってたらしいけど、僕たちが基地に戻った時にはけろっとしておやつを食べてたよ。——そろそろ来るんじゃない?」
Aの言う通り、空気圧の音と共に自動扉が開くと、ジグロがぴょこぴょこと慌ただしく跳ねながら室内に入って来た。
「当たり」
にやりと口の端で笑って、AはJにウィンクしてみせた。東洋系ながら端正な顔立ちのAは、そんな仕草も何故だか様になる。Jはちょっとだけ、悔しい気分になったが、それはAの言う通りになったからなのか、やけにウィンクの似合う美形に対する嫉妬心なのか、自分でもよくわからなかった。
「ウキャー!」
Jが目覚めていたことに気がついて、ジグロはベッドの上の彼に飛びついた。急に中型犬にでも飛びつかれたように、腹に衝撃を受けて、Jの息が詰まる。
「こらこら、ジグロ。これ以上Jに打撲傷を負わせるつもりかい」
「ウッキャ……?」
一瞬、なにを言われたのか分からない様子で、ジグロは小首を傾げたが、どうやら自分がたった今飛びついたことを言われたらしいと悟ると、ウキュゥと、情けなく耳を垂れて、Jのベッドからずるずるとずり落ちた。
「降りることねぇだろ。ここに来いよ」
Jは枕の傍らを、点滴のしていない方の手で叩き、ジグロに促した。嬉しそうに尻尾を振りながらよじ上るジグロは、太い尻尾が揺れているせいでバランスを崩してしまってなかなか上れないという矛盾と、しばし格闘する羽目になる。
単に飛行能力を使えばよかったことにジグロが気づいたのは、三度チャレンジした後だった。
ようやく、傍らに陣取ったジグロの頭の角を、Jはそっと撫でた。
「俺の為に、雷を吸収したんだって? 大丈夫なのか?」
ジグロは、嬉しそうに目を細め、ウキャウキャと何ごとか喋りながら、しきりに何度も頷いた。大地に関係する力を有する地竜は、重力を自在に操ることもできれば、植物の生育に関わる能力を発揮することもある。また、時には自らがアースとなって落雷を誘導することもできるのだ。ドラゴニア人はもともと長命で、成人してからは約千年という寿命を全うするまで、ほとんど歳をとらず、不死の身体を持つと言われている。雷くらいではびくともしないのだ。
Jは、地竜の言葉で何やら一生懸命説明するジグロを優しく撫でてやりながら、何度も頷いて、話を聞いていた。
やっと、ジグロの話が一段落ついた時、Jは、はっとして思い出したように跳ね起きた。
「グンリはどうなった?」
言った途端に激しい痛みに頭を抱えて沈み込むJに呆れながら、Aが言う。
「だからさ、ミスド・クッマ星人は電気が主食だから、雷に当たって充電満タン、元気いっぱいでチカチカしてるよ」
だから、グンリは外に出してもいいと言ったのだ。と、Aは溜め息まじりに言い、こう付け足すのだった。
「一番重傷なの君だからね」
Jは自分の取り越し苦労と不甲斐なさに、ますます頭痛が酷くなったのだった。