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カミナリマニア

 ニャンコ・ニャントロヤンニのビザは更新手続きを保留するとして、他の雑務を片付けて、基地を出たのが数分前のこと。Aの自宅がある山の手へと車を走らせるJに、助手席に置かれたペット用のキャリーバッグの中から、ニャンコは頻りに話しかけた。

「ニャーはニャンコ・ニャントロヤンニなのにゃ」

「知ってるよ」

 前方に視線を集中させたまま、Jが応じる。ジグロは後部座席で丸くなって、既にうとうとと微睡んでいた。

「お前の名前はジャックなのにゃ?」

「本名が知りたいのか?」

 何が言いたいのかちょっとわからないニャンコに問い質す。

「秘密なのにゃ?」

「いや、別に。仕事の時は一応AとかQとか呼び合ってるけどな。こりゃ、マイクロフトってじーさんが遊びで付けたあだ名だ」

「本名じゃないにゃ?」

「俺はまぁ、ジャックはジャックだな。ジャクソン・クレヴァーが本名だが、普通にジャックってニックネームで呼ばれるしな。じーさんはそれをもじって、ジャック・クローヴァーって付けたのさ。つまり、クラブの(ジャック)。知ってるか? トランプってカード」

「知ってるのにゃ。数字とマークを揃えて遊ぶのにゃ」

「——で、Aはハートの(エース)。QはダイヤのQ(クィーン)ってわけだ」

「知ってるにゃー。強いカードなのにゃー」

「お前、なんのゲーム覚えたんだ?」

 Jが訝しげに眉根を寄せた時、カーナビシステムに挿してあるJの携帯端末がAからの連絡が入ったことを告げる。

「まじかよ」

 Jは一つ舌打ちすると、取って返すべくハンドルをきった。


 グンリ・デ・ポンに連絡を取ると、彼は乗り気な様子でトゴ、ナウ。と、相変わらずの片言英語で応じた。トゴはTo goだろうかと予想をつけて、とにかくエントランスに出て来るように伝える。更にJにニャンコを連れて来るよう伝え、Aはヘリコプターの手配をして、皆を待った。

 ものの十数分でメンバーが揃ったことは、なかなか優秀といえよう。尤も、カフェで別れてからまだ二時間ほどしか経っていないのだが。

「もう雷が見つかったって?」

 ニャンコの入ったキャリーバッグを小脇に抱え、眠そうなジグロを肩に背負ったJは、息を切らしながら訊いた。

「雷が発生しそうな雲が見つかったらしいよ」

 答えるAの傍らで、彼の腿の辺りまでしかない背丈のグンリがふわふわと浮きながら、カーミ・ナリダーを連呼している。

「まぁ、ラッキーだったな。じゃ、ニャンコを宜しく」

 キャリーバッグだけ渡して帰ろうとするJを、Aは腕を掴んで引き止める。

「どこ行くんだい、J。君も行くんだよ」

「なんで俺?」

「ヘリコプター飛ばせるの、Jくらいじゃないか」

(キング)は?」

「月の裏側まで出張中だよ。忘れた?」

 スピード・キングの異名を取る、スペードのKがいないことを思い出して、Jは、ああ〜〜。と、情けない声を出して頭を抱えた。驚いた背中のジグロが転げ落ちる。

「ウッキャ!」

「あ。悪い」

 仰向けに落ちたせいで、なかなか起き上がれずにジタバタと手足を動かすジグロを抱え上げ、もう一度Aに向き直る。

「ヘリコプターで行くつもりか? 雨雲の中を?」

 危険だと主張するジャックに、Aは雲の近くまででいいからと言う。

「何も雷雲の中を飛んでくれとは言わないよ」

「当たり前だ」

 怒るというより、嘆くように、Jは声を絞り出した。

 相変わらず、カーミ・ナリダーと楽しそうに発光しているグンリをちらりと見遣って、彼は大きく溜め息を吐いた。

「わかったよ、行くよ」

 腕に抱えたジグロが、Jのお人好しが過ぎることを、地竜の言葉で小さく嘆いたが、Jは聞かなかったことにした。



 Qの情報通りの場所までヘリを飛ばすと、既に雨雲はなかった。薄い雲間に夕暮れ間近のオレンジ色の光が透けている。Qに再度連絡を取ると、更に北東に流れたようだと言う。

「カーミー」

「もうすぐなのにゃ。早く雷見えるといいにゃ」

 キャリーバックから出され、後部シートにグンリ、ジグロと共に座ったニャンコが、機嫌良くグンリの相手をする。ジグロも愛想良く頷くと、グンリは嬉しそうに発光体の結合を益々緩め、ふわふわと大きくなったり小さくなったりし始めた。

 このまま消えてなくならないのか。と、内心いらぬ心配をするJの横では、Aがノートサイズの端末に、Qから送られる位置情報と気象情報を照らし合わせていた。

「東にあと十度、方向転換」

「はいはい」

 Aの指示に従い、雲を追いかけて更に北へ向かう。段々と雲に厚みが増し、埼玉と栃木の県境まで来ると、どんよりと曇った暗い雨雲が日差しを隠し、すっかり日没を迎えたかのような薄闇が辺りを支配している。

 Aは着陸出来そうな公共施設に連絡を取った。U・S・Jの職員であることを告げると、最初訝られるものの、県の首長クラスに繋ぎを取ると、すんなりオーケーが出る。どこの国・自治体の政府も、上層部の一部と銀河連盟安全保障協議会は、密かに協力関係を結んでいるのだ。

 遠くに雷鳴が微かに聞こえる。

 ヘリは連絡の付いた小学校の屋上に着陸すると、Aは学校関係者に適当にでっち上げた事情をまことしやかに説明し、Jはニャンコとジグロをキャリーバックに押し込め、グンリには黄色い不透明のビニール袋を被せて、ヘリの外に連れ出した。

 学校所有だというマイクロバスを借り、更に北西に陸路で向かう。

 雲は益々もって黒々として空を覆い、雷鳴の重低音が徐々に近づいてくるのがわかる。標高が高いからか、肌寒い空気が肌を打つ。雲を追って街道を逸れ、山道を走ると、林の向こう、木立の間にちらちらと、綺麗に植えられた芝が見え隠れするようになった。

「どこに向かってるんだ、俺たち」

「カントリークラブかな」

 Aが件のゴルフ場に連絡を取ると、既に閉まっているという返事があった。

「どうする?」

 Jが車の速度を落としたその時、空が一瞬白く光った。

 間髪を置かず雷鳴が轟く。

「カーミ・ナリダー!」

 ビニール袋に入ったままだったグンリが、雷の音を聞きつけて、くぐもった声を出す。狭いキャリーバックにまとめて入れられてしまったジグロとニャンコは、それぞれの言語でしきりに何か訴えていて、少々うるさい。

「おい、近づき過ぎたんじゃねぇか?」

 不安げにフロントガラスから空を見上げるJ。

「雲がこっちに流れて来たっていうのが、正しいかな?」

「どっちでもいいよ!」

 どこか暢気にしているAに言い返し、Jは道路脇にバスを止めた。運転席を降り、後部座席の引き戸を開け、キャリーバックの中からうるさい異星人たちを乱暴に引っ張り出し、ビニール袋を外してグンリを解放する。

「カーミー!」

 外に出ようとするグンリを、Jは腕を広げて制した。

「バスから出るな。危ないぞ」

 雷は表層を伝って地面に放電すると考えられており、全周を金属で覆われたバスの中にいる分には、金属部分を電流が通る為に、影響が少ないと言われている。

「グンリは外に出してもいいんじゃないかな。雷の観察に来たんだし」

「あぶねぇって」

 Aの言葉に、Jは眉根を寄せる。しかし、更に何か言おうと、口を開いたAの横顔を雷光が照らす。

 続く雷鳴の轟音に、一瞬さすがのAも呆気に取られて目を瞠った。

 にわかに降り始めた雨粒はすぐに大きさを増して道路を黒く染め上げる。

「カーミ・ナリダー!」

「あっ、こら!」

 興奮冷めやらぬ様子で外へと飛び出すグンリを追って、Jもバスを降りる。途端に、森の向こうで、雲を裂いて縦に走る稲光に目を奪われた。

「ジャック!」

 Aの呼ぶ声は、Jに届かなかった。

「もどれ、グンリ!」

 激しく地面を打ち付ける雨音に、Jの声はかき消される。グンリはバスの前方、ゴルフ場の林の方へと向かって行った。

「ウッキャー」

 Jに追いついたジグロが、彼の片足にしがみつく。

「ジグロ? お前はバスに戻ってろ」

「ウッキャ、ウキャウキャ!」

 地竜の言葉で必死に訴えるジグロを抱き上げる。雨に濡れた地竜の身体は、いつもより冷たく感じた。

 水を含んで重くなったスーツでは思うようにスピードが出ない。ジグロに反重力で宙を飛んでもらい、Jはようやく林の前でグンリに追いついた。

「もどれよ、グンリ。危ないぞ」

「カーミ・ナリダー! カーミー!」

「観察ならバスの中でも出来るだろ?」

 どちらが前だか後ろだかよく分からないミスド・クッマ星人だが、特徴的な形の発光体がこちら側に移動したことで、何となく振り返ったとわかる。グンリは興奮気味に、早口でミスド・クッマ語をまくし立てた。

「ちょ、まてまて」

 Jが慌てて翻訳機を探す。身体中のポケットを叩いて、尻ポケットにそれを見つけた時には、ジグロが通訳していた。たどたどしい英語より、ミスド・クッマ語の方が訳せるのだ。ジグロによると、グンリは落雷の瞬間を是非とも画像キューブに収めたいから、外で観察したいのだ、という話だった。

「気持ちはわかるけどな、もし雷に当たったら危ないだろう?」

 Jは雨で濡れそぼる中で、腰を屈めてグンリに顔を近づけた。傘を持って出なかったことに内心後悔する。

「カーミ? アタール」

 グンリは丸い身体を僅かに傾けた。

 そう言えば、発光体は濡れても平気なのだろうか? Jは、余計なことまでつい心配してしまう。

「そうだ。当たったら死ぬかも知れないんだ。怖いんだぞ」

「アタール。アターク、カーミー、アターク!」

 グンリは何故か急に発光が強くなり、Jの背丈ほどまで浮かび上がった。

「おい、まてよ!」

 そのまま上昇しようとするグンリに、Jは慌てて手を伸ばす。ジグロが警戒の声を鋭く上げた、その刹那。

 一際まばゆい光に、身体が包まれ、轟音が鳴り響いた。

 痛い、と、思った次の瞬間には、Jの意識はなくなっていた。

 






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