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Qの博識

 おおよその話を聞いて、Q(クィーン)は腕組みをして何度も頷いた。白衣の上からでも分かる豊満な胸が強調される。彼女は(ジャック)(エース)の間に入って座ると、Jの飲みかけのコーヒーを一気にあおった。

「おい……!」

 Jが抗議しようと口を開くのを片手で制し、向かいに座る猫の着ぐるみを着たニャンコを指さす。

「猫?」

「いや。ニャントロ星人のニャンコ・ニャントロヤンニだ」

 Qの質問に答えて、Aがニャンコを紹介した。

「通訳ね。英語ならJの方が得意なんじゃないの?」

「俺のはゲール訛りがあるって、子供(ガキ)の頃、友達に言われたぞ。そいつはロンドン訛りが酷かったけどな」

 苦々しく舌打ちするJに、何言ってんの。と、Qは左手の甲で彼の額を叩いた。痛ぇな。と、抗議するJにお構いなく、彼女はグンリとニャンコを指して言う。

「ゲール訛りどころか、このままニャンコに通訳させてたら、グンリはニャントロ訛りの英語覚えちゃうわよ」

 Aが堪らず吹き出す。

「笑ってんなよ、A」

「そうよ。笑い事じゃないわよ」

「ごめんごめん」

 Aは口元を片手で覆いながら、未だ肩を震わせている。

「まあ、英語の勉強はともかく、第一の目的は雷の観察だろう? どこか、雷が見られそうな場所を思い付かないかい?」

「そうねぇ」

 Qはチタン製の細いフレームの眼鏡を、細い指先でくい、と押し上げる。

「真夏ほどじゃないにしても、この辺だと北関東なら雷が頻発する地域は多いわよ」

 研究室に所属するQの主な仕事は、持ち込まれる地球外来種の動植物の研究観察なのだが、彼女の博識は基地内でも一、ニを争うが為に、こうした相談事を持ちかけられるのは日常茶飯事だった。

「カーミ・ナリダー」

 グンリの身体から、テーブルの上にころりと転げ落ちたのは、画像キューブだった。二センチメートル四角のサイコロ上のそれは、画像の録画、保存、三次元ホログラムによる再生が可能という、観光客必携の人気商品だ。

 画像を再生すると、雲間を走る雷や、落雷の三次元映像が現れる。まるで、小さなジオラマを上から見ているような光景だった。

「マー・グン・シテ。ミヤ・ウツ」

「ちがうにゃ。群馬市と宇都宮は違うとこにゃ」

「群馬市なんてないよ。群馬県は前橋市が県庁所在地かな」

 ニャンコのゆるいツッコミを、更にAが訂正する。

「宇都宮市は栃木県だしね。まぁ、どっちにしろあの辺りが雷の多発する地域よ」

 Qは、自身の携帯端末を取り出して、何やら操作し始めた。

「多発すると言ったって、雷が発生する機会はそうはないわ。年間平均二十日前後といったところね。気象衛星からのデータを取り寄せてみるけど、雷雲が発達しそうな状況があったとしても、実際に雷が見られる保証はないわよ」

 Qの言葉をグンリに伝えると、グンリは発光体を激しく点滅させた。

「怒ってんのか?」

「わくわくしてるのにゃ」

 ニャンコが解説する傍らで、グンリはキラキラと光っている。

「カーミ・ナリダー」

「ダーはいらねぇって」

「カーミー」

 Jの訂正も空しく、グンリは、カーミ・ナリダーをおまじないのように何度も唱えるのだった。



 基地にはビジターが滞在できるよう、宿泊施設も完備されている。着ぐるみを着て地球上の生き物に成り済ませるニャントロ星人のような者や、人間の姿に身体の作りを変えることの出来る能力を持つドラゴニア人のような異星人ばかりではない為、他の地球人の目に付かないよう施設に泊まってもらうことも多いのだ。

 カフェでひとしきり話を聞いた後、Aはグンリ・デ・ポンを宿泊ルームに案内した。雷はいつ発生するか分からない為、待機状態が長期間になることも視野に入れて、手続きを取る。その帰り、彼はレディ・デオ・キシの事務室を覗いた。

 Aに気づいて、レディの体色がピンクのラメに輝く。彼女は北欧風の美しい顔立ちに、親しげな微笑を浮かべた。

(エース)。ニャンコの通訳は上手くいった?」

「ああ。お陰で助かったよ。しばらくニャントロヤンニを預かるけどいいかい?」

「ええ、了解。——で、彼は?」

(ジャック)に任せてあるよ」

「あの二人、仲が悪そうだったけれど、大丈夫かしら?」

 大丈夫。と、Aは満面の笑みを浮かべた。

「Jは自分じゃ認めないけどね、お人好しで面倒見のいい奴なんだよ」

「そうね。彼は人が良すぎるわね」

 レディはコロコロと鈴を転がすような声で笑った。

 そこへ、Aの携帯端末にQから連絡が入る。何か情報が入った時には連絡をくれるよう言っておいたのだ。

「雷雲に発達しそうな雲を見つけたわ。埼玉の西部よ。すぐに向かえば間に合うかも知れないわよ」

 端末には関東地方上空からの雲のライブ画像が送信されて来た。

 すぐにグンリを連れて向かう旨を告げ、礼を言って電話を切ってから、Aはレディに振り返って、苦笑をもらした。

「これって、ラッキーだと思うかい、レディ?」

「さぁ、どうかしら?」

 蠱惑的な微笑を浮かべて、レディ・デオ・キシは虹色のラメに染まった触手を、楽しげに蠢かせた。


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