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ミスド・クッマ星人の言葉

 「ミスド・クッマ星の方言ってことはないのかい?」

 Aの質問に、ニャンコは、うにゃ? と、首を傾げる。

「ほーげん?」

「訛りの強い言語ってことだよ」

「訛りはつよいにゃぁ。酷いミスド・クッマ訛りだにゃ」

 ニャンコは頷いて、また首を横に振った。

「ミスド・クッマ訛りのミスド・クッマ語じゃないのかよ?」

 Jが横から口を挟むと、猫は呆れたように目を細めた。

「ミスド・クッマ星人は、言語能力の高い人種にゃ。だから、地球の言葉を覚えて来たのにゃ。それにゃのに、お前たちがわからないからイライラしてるんにゃ!」

「地球の言葉……?」

「アウィシュ! ダー・サン、ワチ!」

 フワフワと煙の玉のようなミスド・クッマ星人は、しびれを切らしたように体色を赤や黄色にチカチカと点滅させている。

「ダー・サンはサンダーの事にゃ。ミスド・クッマ語は前後をひっくり返して言う事が多いのにゃ。I wish thunder watching と、言ってるんにゃ」

「サンダー……?」

 AとJは顔を見合わせた。

「雷だ」

 Jが嘆くように言うと、Aも片手で顔を覆って溜め息をつく。

「ナリダー・カーミー!」

 やっと意思が通じた嬉しさなのか、ミスド・クッマ星人は上下に身体を揺らして体色を虹色に変化させた。

「ナリダーじゃない。カ・ミ・ナ・リ・だ!」

 アイルランド系の顔立ちのJが、何故だか日本語を正しく教えようとしているのが、Aにはちょっと可笑しかった。吹き出しそうになるのを堪える彼の横で、ミスド・クッマ星人は、生真面目にJの発音を真似る。

「カミーナリダー!」

「ダーはいらん! ダーは!」

「ダー・ワ・イラーン!」

「かーみなーりにゃー」

「ナーリ・ニャー!」

 ニャンコが余計に混ぜっ返すので、Jは「お前は黙ってろ」と、猫の着ぐるみを掴んだ。つるんとしたニャントロ星人は腰を折った状態で、さしみこんにゃくを箸で持ち上げた時のように垂れ下がる。

「にゃにするにゃー。ニャーのカツヤクで問題が解決したにゃー! ニャーのおかげにゃー」

「まぁまぁ」

 エースは笑いを堪えたまま、仲裁に入る。

「ニャントロヤンニのお陰で、ミスド・クッマ星人の目的もわかったし、良かったじゃないか」

 Aがニャンコに礼を言うと、半分脱げかけている着ぐるみを掴まれて、ぶら下がったままの猫が応えて言う。

「かつぶしを忘れないでほしいのにゃ。日向ぼっこもなのにゃ」

「わかってるよ。約束する」

 AはJからニャンコを引き受けると、着ぐるみを着せ直して抱え上げた。


 エレベーター前から移動して、基地内のカフェスペースに腰を落ち着けた一行は、そこでゆっくり話を聞くことにした。

 カフェの内装は日本の古民家風に、煤けたような色の木と漆喰が多用された作りになっている。掘りごたつを模して、畳敷きのベンチに天然木のテーブルを置いた席に座る。AとJの前にはコーヒー。甘いもの好きのドラゴニア人、ジグロとミズノは抹茶クリーム白玉あんみつ。ニャンコは猫用のドライフード。ミスド・クッマ星人にはリチウム電池が用意された。煙の玉のような身体で、電池を取り込むと虹色に点滅を始める。どうやら充電しているらしい。

 ニャンコの通訳の結果、ミスド・クッマ星人の名はグンリ・デ・ポンといい、気象を研究する学生で、長期休暇を利用して地球に雷の観察に来たのだとわかった。

「わざわざ雷を見に来たのか?」

「日食の方が珍しいのににゃ〜〜」

 Jとニャンコが呆れたような顔をする。地球上から見る太陽と月の視直径がほぼ同じ大きさになり、その二つが重なって見える日食は、広い天の川銀河の中でも、今のところ地球以外で観測された例のない、大変珍しい現象であった。その為、異星人たちがツアーを組んで大挙する事も多い、一大イベントなのだ。対して、雷は放電現象の一種であり、大気のある惑星なら大概どこかしらで見られる、ありふれたものだ。

 Aの肩にとまった水竜ミズノが、あくびでもするかのようにゆっくり口を開くと、極々小さな静電気が起きた。水竜は水を操る能力を有している為、氷晶の摩擦によって起きる雲放電と似たような現象を、作り出すことが可能なのだ。

 しかし、ミズノの起こした雷くらいでは、グンリ・デ・ポンは納得できない様子で、発光体が暗くなる。

「落ち込んでんのか? あれは」

 JがAをこっそり肘でつつく。Aもグンリに聞こえないよう低く声を落として答えた。

「『がっかり』ってとこかな?」

「ジアス、ラマ・パノ、ビュティホー、ワチ、カーミ・ナリダー」

「地球の美しい景色の中で見たいって言ってるみたいにゃ」

 ミスド・クッマ星人のたどたどしい英語を、ニャントロ星人が日本語に通訳するという、奇妙な状況に、Aは苦笑まじりでミスド・クッマの言語を使って構わない旨を、翻訳機を通してグンリに伝える。しかし、グンリはかたくなに英語で話そうとするのだった。

「ミスド・クッマ星人は、学問は水準が高いことにプライドがあるんにゃ。グンリは優秀な学生にゃから、この旅行で雷の研究と、地球の言葉をマスターするのと、両方したいのにゃ」

 グンリの話を、ニャンコが要約する。

「だったら英語圏に行きゃいいのに。イングランドでも雷くらいあるだろ」

 Jの意見は尤もだ。

「この休暇で色々まわるつもりだと言ってるにゃ」

 ニャンコがJの言葉を伝えると、グンリが応える。そしてまたグンリの英語をニャンコが通訳するということを繰り返した。

「いろいろねぇ。随分と強行軍だね、それは」

「きょーこーぐん?」

 Aの言葉が分からず、ニャンコはぅにゃ? と、首を傾げた。

「スケジュールが厳しくないのかい?」

「ミスド・クッマ星のホリデーは、地球時間で二年くらいあるんにゃ」

「二年?」

 Jが驚いて聞き返すと、ニャンコは常識だ。と、目を細めた。

「地球時間の二年は、ミスド・クッマ星のワンシーズンにゃ。その間、お日さまが当たらなくなるんにゃ。そういう地域が出来るんにゃ」

 自転と公転の関係から、極に近い地域ほど、日の当たらない、白夜の季節が長いのだ。と、ニャンコが得意気に説明する。

 猫に馬鹿にされたようで、なんとなく面白くないJの傍らでは、ジグロがつるつるした白玉を匙ですくうのに苦戦していた。カフェスペースに隣接された中庭からは、地下でありながら陽光と変わらぬ光源が差し込んで、室内を明るく照らしている。天然芝を植えた中庭の緑が目に眩しい。大きなアクリルガラスで仕切られた向こうから、白衣を着た女性がこちらに向かって来るのが見えた。

Q(クィーン)!」

 Aが彼女に気づいて声をかけると、Qは片手を上げて応えた。



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