ニャンコの特技
Aがジグロを抱えて事務室に入った時にも、ニャントロ星人の手続きはちっとも進んでいなかった。
「ニャーは日向ぼっこがしたいだけなのにゃ。かつぶしが食べたいだけなのにゃ。悪い事してないのにゃ」
「だから、不法に長期滞在してるのが悪いんだよ」
うんざりした顔をしているJの肩を叩き、Aはにっこりと笑った。
「手こずってるみたいだな?」
小脇に抱えたジグロを渡す。Jはやや苦笑気味に地竜を受け取り、膝に乗せた。
「まぁな。そっちも揉めてたみたいじゃないか」
「そうなんだよ。ミスド・クッマ星人とコミュニケーションが取れなくてね。それでニャントロヤンニをちょっと——」
Aはちらりとニャンコを見て続ける。
「借りられないかな?」
「ニャントロ星人を? どうするつもりだ?」
「ニャーをどうするのにゃ? まさか人体実験とか、臓器密売とか……」
ニャンコがアーモンド型の目を見開く。どうやら驚いているらしいのだが、相変わらず口は逆三角形の穴があくだけなので、今一つ切迫しているようには見えない。
「そんなマフイアみたいな真似、するわけねぇだろ! やるなら強制退去だ。強制退去!」
憤るJの勢いに押され、ニャンコはうにゃ〜と、泣きそうな声を出す。Aは、まぁまぁ、と二人を宥めた。
「そうじゃないよ」
Aの微笑が益々深まる。Jは形の良い眉を、僅かに顰めた。
こんな時の彼は何か企んでいるのだと、Jは身を持って知っている。
「ニャンコ・ニャントロヤンニ。君は言語に精通しているだろう?」
ニャンコはにゃあ、と鳴いた。
「ニャーはヤオデイ帝国圏以外の星の言語は大抵わかるのにゃ」
「それは頼もしいね。ぜひ、ミスド・クッマ星人の通訳をして欲しいんだけど、どうだろう?」
ニャンコは耳と尻尾をピンと立てて、興味深げにAを見た。しかし、急に悲しそうにこう言うのだ。
「ニャーも地球人の役に立ちたいのはやまやまだがにゃ、ニャーはビザ切れで不法滞在の身だから、強制送還されるらしいにゃ」
この地球人がそう言うのだ。と、Jを指さす。
Jの膝でジグロが怒ったように鋭く鳴いた。
「そのことなんだけどね」
Aはレディ・デオ・キシに視線を移して続ける。
「どうだろう、レディ。ニャンコをうちで通訳として雇うという事で、ビザはおりないかい?」
「直ぐには無理ね。一旦、ニャントロ星に問い合わせないといけないから。それまで処分保留というのが妥当じゃないかしら?」
レディは思慮深くそう口にすると、体色を青く変化させた。
「保留ね……。身分の保証はできないが、ボランテイアという形で協力してはもらえないかい?」
Aの申し出に、ニャンコは不満げに唸る。
「ボランティアじゃ、就労ビザはおりないのにゃ」
「ビザが無い内から働いたら、不法就労だよ、ニャントロヤンニ。衣食住は僕が面倒見よう。助けてくれないかい?」
「おいおい、A。面倒見るって本気か?」
「勿論」
Jの言葉にしかつめらしく頷いて、Aはニャンコに目線を合わせるよう屈み込んだ。
「家は庭付きの一戸建てだし、縁側で日向ぼっこもできるよ。ニャントロヤンニ」
「日向ぼっこにゃー」
心を動かされたのか、ニャンコは尻尾をゆっくりと揺らす。
「おやつに鰹節もつけようか?」
「かつぶしにゃー」
ニャンコの目が輝く。Jは慌ててAの腕を引いた。
「A。家で面倒見るって、一緒に暮らすつもりか? こいつと? 俺は嫌だぞ」
Jの主張に、ジグロも同意するように、ウキャウキャと頷いた。
「まぁ、彼が上手く通訳出来たらの話でしょう?」
触手を伸ばして騒ぐJの口を塞ぎ、レディ・デオ・キシが宥めにかかる。Jは苦しげにレディの触手を引き剥がそうともがくものの、二本、三本と増える触手にがんじがらめになってしまう。
「とにかくニャントロヤンニ。一緒に来てくれるかい?」
Aの口説きに、ニャンコは渋々といった体裁を取りつつ、頷いてみせるのだった。
エレベーターの前で、相変わらず首を傾げ合っているミズノとミスド・クッマ星人の元に、ニャンコを連れたAが戻ってきた。後ろには何故か、Jとジグロも一緒だ。はっきり言って、野次馬である。
「ダー・サン。アウィシュ、ダー・サン、ワチ?」
相変わらず、同じ言葉を繰り返すミスド・クッマ星人に、ニャンコはミスド・クッマの最もポピュラーな言語で話かけた。
しかし、ミスド・クッマ星人は執拗に、同じ言葉を繰り返す。
ニャンコは、A達を振り返り、やれやれ。と、欧米人のように肩を竦めて首を横に振る。
「これは、ミスド・クッマ語じゃないにゃあ」