表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

Aの困惑


 エントランスホールの奥には、職員達が『どこでもドア』と呼んでいる、超空間位相転移装置の扉が並んでいる。一見ただのエレベーターにしか見えない代物だが、中は超空間にシフトして、上空250㎞のサテライト基地まで一瞬で移動出来る優れ物である。

 その手前で、Aが誰かと話をしていた。

 Jの場所からは会話は聞き取れなかったが、彼の身振りから察するに少々もめているらしい。

 相手は小さな発光体の集合した生物で、結合が緩すぎるせいで、丸い煙の塊みたいな姿をした、ミスド・クッマ星人だった。発光体が赤から緑、青へと目まぐるしく変化している事から、相手も相当に動揺している様子が窺える。

「ジグロ、お前ちょっとAの様子を見て来てくれるか?」

 用を言いつけられた地竜は、嬉しそうに一声鳴いて、鞠が弾むようにぴょこぴょことした仕草で、エントランスを突っ切って駆けて行った。

 上手い具合にジグロの興味を逸らしたところで、Jはため息を一つ吐いて、また部屋に戻る。

 ニャンコの手続きは、まだちっとも進んでいないのだ。

 ジグロはAの傍まで駆け寄ると、彼の黒いスラックスの裾をちょいちょい、と引っ張った。

 気付いたAが足元を見ると、ジグロはウキャ、と一声鳴いて小首を傾げ、片目で背の高いAを見上げる。

「なんだい、ジグロ。Jはどうした?」

 Aの問いに、ジグロはウキャウキャ、と地竜の言葉で答えたが、ジグロのドラゴンマスターではないAには、何を言っているのかさっぱりわからなかった。

「ミュウ」

 Aの肩から子猫のような可愛らしい声がして、小さな竜が顔を覗かせる。こちらはいかにも東洋風の紋様等に良く見られる、鰐のような顔をして、蛇のように胴体の長い、馴染み深い竜の姿をしている。瑠璃ガラスを思わせる青く透明感のある鱗に覆われたその姿は、精巧に作られた陶器の置物がそのまま動き出したかのようだ。

 竜はAの肩に掴まったまま身を乗り出し、もう一度ミュウ、と鳴いた。

 するとジグロは地竜の言葉で何やら話し、それに答えてAの肩に乗った水竜、ミズノ・ミズノ・ヘルメスが彼に通訳した。ミズノのドラゴンマスターであるAは、ジグロの言葉はわからずとも、ミズノの言葉はわかるのだ。

「そうか。実はちょっと困っていてね」

 端正な顔に苦笑を浮かべて、Aは指先で頬を掻いた。

「どうも、機械の調子が悪いのか、彼(?)の言葉が翻訳出来ないんだよ」

 そう言うと、Aはミスド・クッマ星人をちらりと見遣って、続けた。

「ミズノに通訳を頼んでみたんだが、ドラゴニア圏以外の星の言葉は、君達苦手だろう?」

 困ったように眉尻を下げるAにつられて、ジグロも情けなく耳を垂れる。

「ダー・サン。アウィシュ、ダー・サン。ワチ?」

 ミスド・クッマ星人は電子音に似た声で、先程からずっと同じ言葉を繰り返していた。

 ミスド・クッマ星はクッマ太陽系にある星で、五つの衛星を有する大きな惑星の中には数百の国が存在し、千に近い言語が使われている。ミスド・クッマ星人の多くは銀河連盟指定の共通語を初めとして、自星の共通語と自国の地域語等々、数十の言語を使いこなす、言葉に明るい種族の筈なのだが、どうした訳か目の前の彼(?)は先程から翻訳不可能な言葉を繰り返すばかりだった。

 銀河連盟に所属する星々の数万言語を翻訳する、サイコロ状の機械を弄びながら、Aは途方に暮れてため息を吐いた。

「そうだ。ニャントロ星人はどうしてる?」

 ふいに思い出したように、Aはジグロに訊ねた。

 ジグロは、ちょっと怒ったように後ろ足で床を踏み鳴らしながら、ウキャゥキャと呟く。ミズノがそれをAに伝えると、Aは思案気に瞳を巡らせ、ジグロに言った。

「あのニャントロ星人をここへ連れて来てくれないかい?」

 ジグロがさも嫌そうに耳を垂れて、「えー」とでも言うように不満気に口を開いて見せたので、Aはつい、吹き出してしまった。

「どうしたんだい?  ニャントロ星人は嫌いなのか?」

 ジグロは首を振りながら、またウキャゥキャと呟いた。どうも愚痴っぽい。

 ミズノの訳によれば、地竜はJを傷つけたニャンコに怒っているらしい。

「鼻の頭を引っ掻かれただけじゃないか。大した傷じゃないだろう?」

 Aがなだめても、ジグロはますます俯いて、小声で何事か呟いている。まるで拗ねた子供のようだ。

「しょうがないなぁ」

 Aは端正な顔に微苦笑を浮かべ、小さくため息を吐いた。

「――ミズノ、こちらのお相手をしばらく頼むよ」

 ミズノにミスド・クッマ星人の対応を任せ、Aはジグロを抱き上げて、Jのいるオフィスへと向かう。

 残されたミズノは、こちらはこちらで、さてどうしたものか。と、首を傾げ、ミスド・クッマ星人もミズノに合わせて丸い体を傾けるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ