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謎の設計図

   挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)




ヤシヒロはベッドに寝転がっていた。

時代小説を読んでいる。

完全に没頭していた。

気が付けば窓の外は夕方だった。

昼飯を食べた記憶がない。

だが本が面白いので問題ない。

ヤシヒロの中ではよくあることだった。

部屋には本が積み上がっている。

時代小説。

SF。

推理小説。

ホラー。

漫画。

ゲーム攻略本。

ゲーム雑誌。

ゲームソフト。

ゲーム機。

そして読みかけの本。

床はほぼ見えない。

昔、弟のカシノリに言われたことがある。

「アニキの部屋さ」

「なんだ」

「床どこ?」

「知らん」

「住人が知らないのかよ」

もっともな意見だった。

その時だった。

階下から父の声が聞こえる。

「ヤシヒロー!」

無視した。

主人公が敵の屋敷へ乗り込むところだった。

今は離れられない。

「ヤシヒロー!」

無視。

「ヤシヒロー!」

無視。

すると別の声が聞こえた。

「父さん、無理だって」

弟のカシノリだった。

「アニキ今、小説の世界にいるから」

「帰ってこれるのか」

「終わるまで無理」

ひどい評価だった。

ヤシヒロはしぶしぶ栞を挟む。

階段を下りた。

一階は店。

二階は住居。

実家であるシャリンサイクルだった。

自転車も扱う。

バイクも扱う。

修理も販売もする。

父はスクーターを整備していた。

カシノリは椅子に座って缶コーヒーを飲んでいる。

電気工事士の作業着姿だった。

仕事帰りらしい。

「なんだよ」

ヤシヒロが言う。

父はカウンターの上を指差した。

そこに茶色い封筒が置かれていた。

「ポストに入ってた」

差出人なし。

切手なし。

妙に厚い。

「怪しいな」

カシノリが言う。

「かなり怪しいな」

ヤシヒロも同意した。

父は言った。

「だからお前らを呼んだ」

「嫌な予感しかしないな」

ヤシヒロは封筒を開けた。

大量の紙が出てくる。

設計図だった。

一枚目を広げる。

そして固まった。

巨大な一本角。

丸みを帯びた黒い車体。

頭の部分にはまるで目のようなライト。

どう見ても――

カブトムシだった。

しかも立派なオスのカブトムシだった。

タイヤが付いていなければ昆虫図鑑に載せられる。

タイトルには大きく書かれていた。

鉄角虫

沈黙。

三人とも図面を見る。

さらに沈黙。

最初に口を開いたのはカシノリだった。

「カブトムシじゃねえか」

「カブトムシだな」

父も頷く。

ヤシヒロは反論した。

「自転車だろ」

「どこがだよ」

カシノリが図面を指差す。

「角あるぞ」

「あるな」

父が頷く。

「頭あるぞ」

「あるな」

「脚っぽいフレームあるぞ」

「あるな」

「カブトムシだろ」

「タイヤあるぞ」

「タイヤ付きカブトムシだな」

父も頷いた。

「タイヤ付きカブトムシだ」

二対一だった。

ページをめくる。

横から見た図面。

やっぱりカブトムシだった。

正面図。

さらにカブトムシだった。

拡大図。

設計者のカブトムシ愛があふれていた。

カシノリが呟く。

「この人、一回も『もう少しカブトムシ感を減らそう』って思わなかったんだろうな」

父が言う。

「むしろ増やしてる」

ヤシヒロも否定できなかった。

最後のページを開く。

そこには一文だけ書かれていた。

完成させろ。

「説明不足だろ」

ヤシヒロが言う。

「雑だな」

カシノリも言う。

「せめて誰なのか名乗れ」

父も頷いた。

その時。

設計図の間から紙が一枚落ちた。

ヤシヒロは拾い上げる。

手書きだった。

一人で作る必要はない。

作れない部分は外注しろ。

期限 三年。

三人は黙った。

そして、

「急に現実的だな」

と同時に言った。

さっきまでカブトムシだったのに、

突然会社の企画書みたいになったのである。

ヤシヒロは設計図を見る。

巨大な角。

異様な車体。

意味不明な依頼。

そして、

完成させろ。

という一文。

面白そうだった。

とてもまずかった。

カシノリは兄の顔を見る。

嫌そうな顔になった。

「父さん」

「なんだ」

「アニキ終わった」

父も頷く。

「終わったな」

「何がだよ」

ヤシヒロが言う。

すると二人は同時に言った。

「その顔」

図星だった。

ヤシヒロが面白そうなものを見つけた時の顔だった。

本でも。

ゲームでも。

昔からそうだった。

カシノリはため息をつく。

「どうせ調べるんだろ?」

「ちょっとだけ」

「その言葉を信じて痛い目見た回数、数え切れないんだけど」

その夜。

ヤシヒロは時代小説を途中で閉じた。

これはかなり珍しいことだった。

そしてパソコンを開く。

検索欄に文字を打ち込む。

試作自転車 製作会社

こうして、

北見近郊の小さな町から始まった鉄角虫計画は、

静かに動き始めた。

もっとも、

その時のヤシヒロはまだ知らなかった。

鉄角虫を完成させるまでの三年間で、

小説よりも、

ゲームよりも、

面白くて面倒な出来事が待っていることを。

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