表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

王が多すぎる国

作者: 二歩田 透
掲載日:2026/05/22

私は、アルディア王国宰相、セラス・ヴェントと申します。


このたび我が王の命により、東方の遠き島国と国交を結ぶため、騎士団長ガルド卿とともに長い海を渡りました。


その国は、たいへんに豊かで整然としていました。

道は清潔に舗装され、民はよく働き、役所の者たちも礼儀正しく応対してくれます。


ただ、会談室に案内されたとき、私は少なからず戸惑いました。


そこには玉座がありませんでした。


立派な机と椅子、国旗はありました。

しかし、王が座るべき高貴な位置がないのです。


やがて、一人の落ち着いた風貌の男が部屋に入ってきました。


「総理大臣です。どうぞよろしくお願いいたします」


私は慎重に尋ねました。


「失礼ながら、あなた様がこの国の王であられますか?」


「いいえ、違います」


「では、宰相の立場でいらっしゃいますか?」


総理大臣は穏やかに微笑みました。


「かなり近いところかと思います」


同業者であることがわかり、私は少しだけ肩の力を抜きました。


「では、この国の王はどなたでしょうか」


総理大臣は、わずかに間を置いて答えました。


「国民です」


通訳が無言で頷くのを見て、私は言葉を失いました。


「つまり……この国には、王が一億人以上いらっしゃるということですか?」


「一億二千万人ほどになります」


隣に控えていたガルド卿が、静かに剣の柄に手を置きました。


「宰相殿……これはもう、帰るべきでは」


「待て、ガルド。まだ早い」


私は深く息を整え、改めて総理大臣に向き直りました。


「王の命は、どのようにして受け取っておられるのですか」


「国民の皆様に、選挙という形で多数決をしていただいております」


「王が……多数決を、ですか?」


「はい」


「王命が割れることも、ままあるのですか」


総理大臣は静かに頷きました。


「日常的に起こります」


その声には、静かな疲労が滲んでいました。


私は心の中で深く同情しました。

我が国でも、王のご機嫌を伺い、そのご意志を正確に汲み取るのは容易い仕事ではありません。

しかし、我が国に王は一人だけです。


この国では、王が多すぎる。


「税は、誰が納めるのですか」


「国民、すなわち王の皆様です」


「王が、自ら税を納められる……?」


「そうです。そしてその税の使い道についても、常に様々なご意見をいただきます」


「納得していただけるのですか?」


総理大臣は、ほんのわずかに肩をすくめました。


「説明を尽くします。理解を求めます。しかし、完全にご納得いただけることは……なかなか難しいですね」


その言葉には、深い諦念と、それでも職務を全うしようとする静かな覚悟が感じられました。


やがて、私はさらに奇妙な話を耳にしました。


この国では、時折、王の一人が自国の国旗を燃やして抗議の意思を示すというのです。


「王が……自らの旗を、燃やすのですか?」


「本人は『国家への抗議』だとおっしゃいます」


「しかし、その国家の王は、他ならぬ本人自身では?」


総理大臣は、遠くを見るような目で静かに答えました。


「そこが、難しいところなのです」


ガルド卿が低く唸りました。


「御乱心としか思えません」


私も同感でした。

我が国で王が自らの旗を燃やせば、それは即座に心の乱れとみなされるでしょう。


「批判は、もちろん許されているのでしょう?」


「はい、できます」


「宰相を、政策を、強く批判することも」


「可能です」


「それなのに、なぜ旗を燃やすような行為に及ぶのですか」


総理大臣はしばらく沈黙した後、静かに言葉を続けました。


「言葉による批判だけでは、届かないと感じるのでしょう。象徴を傷つけることで、自分の怒りや不満を、より強く示せると考えるのかもしれません」


私は、ようやくこの国の本質を理解しました。


この国は、王がいない国ではない。


王が多すぎる国なのです。


そして王が多すぎるがために、自分が王であるという自覚を失い、臣民の顔をして国を罵る王が出てくる。


それは批判ではなく、罵倒に近い。

言葉で争うのではなく、自国の旗を焼くことで傷をつけたい。


その欲望まで自由と呼ぶのは、さすがに無理がある。


総理大臣は、そんな王たち全員の前に、毎日立っているのです。


私は深く頭を垂れました。


「宰相閣下……どうか、どうかご自愛ください」


総理大臣は、疲れた顔に柔らかな笑みを浮かべてくれました。


「あなたも、宰相殿。ご武運を」


こうして我々は、無事に国交樹立の調印に至りました。


報告書の末尾に、私はこう記しました。


——当該国は、王政の体をなしていない。

しかし「王が多すぎる国」として理解すれば、その仕組みのおおよそは把握できる。

ただし、宰相という職は、想像を絶するほど過酷である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ