四角くて凸ってるやつ
そう、そう、あれだよ。名前が覚え出せないが四角くて凸ってるやつだ。
大前提として、よく使うんだよ。……いや、今のは間違いだ正確に言えばそうだな、別に使わなくはない。これより便利なやつがあるからな。確か名前は……あーダメだ、そいつも忘れちまった。
熱心に使うやつは見たことがないわけじゃないが、そういうやつは大抵「俺、健康に気をつけてるん
で」とか抜かしやがる。そんな変わんねえだろって思いながら俺は便利な方を使ったのを覚えてるよ。
あれは上と下を別けることができ、それでいてそれを橋渡すことができたはずなんだよ。野晒しのやつだったり、屋内にあったり、自然にそんな地形になってるやつだってある。聞いただけの話だが、螺旋状のやつもあるらしい。
そうだ、俺これで怪我したことがある。子供の時よく飛び降りて遊んだんだ。下から三つ飛ばして着地したり、五つ大股を開いて使ったりな。それでズボンを真ん中からビリって破いた挙句に転がり落ちて捻挫したっけ。懐かしい。
ここまで、話してようやくシルエットが思い浮かんだんだ。そう凸みたいに四角を順にずらしながら高く何個も重ねたような形なんだよ。だから座るのにも丁度いいな、たくさん使われるような公共の場でそんなことはしないが、使う人が少なかったり、無駄に横に広かったりすると、腰を下ろして一休みできたりするんだよ。
名前も思い出してきた。階段だよ階段。至る所にあるのになんでこの言葉が頭の中から薄れて消えていたのか不思議ではあるが、その理由はなんとなくだが、想像つく。
あまり使わなくなってしまったからだ。
階段っていうのは古くから人間と共にあったが、近年になってエレベーターとかエスカレーターとか、人間がわざわざ足を動かす労力を使わなくとも上下に移動する手段を手に入れてしまったからだ。俺もよくエスカレーターを使う。便利だからな。
ガラケーから携帯に移ったように、古いものは徐々に淘汰されていくのだろうが、階段はこの先一生残り続けると考えている。
階段ってのは、ただの移動手段じゃない。上に行くにも下に行くにも、自分の足を使わせる装置だ。楽はさせてくれないが、その分だけ「どれだけ進んだか」を身体で覚え、登り終わった時には「やりきった」という実感が色濃く残る。
この「やりきった」という実感が残り続けるからこそ、どれだけ便利なものが増えても、古くて不便なものは残り続ける。例え使われなくなったとしても、そこにある限り、人はいつでも自分の足で進むことを選べられる。




