39.腹黒執事の陰謀
使用人としての仕事を終えたロナウド、セラ、ネルの三人も着替えてパーティーに混ざる。フィニアスからの指示だ。
本来使用人に対してあり得ない待遇だが、貴族として社交界に出ていたことのあるロナウドは堂々たる立ち振る舞いで、臆すことなく年代もののワインを口にしている。
セラとネルは彼に勧められるまま、恐る恐る高そうなワイングラスを口に運んだ。
「「味がしません。」」
二人が口を揃えて言う。
互いの類似した感覚に顔を見合わせ、ふふっと笑い合う。親子ほど年が離れているが、同じ立場で気持ちを共有して緊張が和らいだ。
「ほっほっほ。あんなに良い肴があるのに、この美酒を楽しまないのは勿体無いですぞ。」
あっという間にグラスを空にし、意気揚々と二杯目を手にしたロナウドが目で示す。その視線の先には、見たこともない優しい顔で微笑むフィニアスがいた。しかも、エリーナの頬に触れようと手を伸ばしている場面であった。
((なんて悪趣味な…………))
セラとネルの心の声が重なる。
セラに至っては、薄々と感じていた彼の腹黒疑惑が確信へと変わっていた。
「では、あちらならもっと気軽に楽しめるかの?」
「「ええ、あれなら。」」
またも息ピッタリに返事をした二人。
彼らの視線の先にいたのは、喚き散らしながらマリエッタの足元に縋り付くシュヴァルツの姿であった。
「旦那様、今宵は絶好の機会ですぞ。」
一人呟いた小さな声は誰にも拾われず、ロナウドの独り言として消えて行った。
***
改めて向かい合うと、普段よりも顔色が良いことに気付いた。大事な話をしようと思っていたのに、つい見惚れて紡ぐ言葉を忘れる。
血色が良くきめ細やかな肌。滑らかで透き通るような美しさがある。触れたら吸い付くような弾力があるのだろうと邪な感情が疼く。
(いきなり触れるのは良くないか…)
そう頭では冷静に考えていたのに、気付いたら身体が勝手に動いていた。テーブルに身を乗り出し、真っ直ぐエリーナの頬に向かって手のひらが向かう。
だが彼の視線の先は頬ではなく、彼女の紅を引いた形の良い唇へと向いていた。
「!!」
(ふぃ、フィニアス様のお手が私に……?)
脈絡のない突然の行動に、エリーナが目を見開いた。
何か粗相をしてしまったのかと不安が過ったが、フィニアスの瞳の奥に獰猛さと渇きを感じて緊張が高まる。
次に何が起こるのか…そんなことはあり得ないと思って否定しても、何度も同じことが頭に思い浮かぶ。
(まさかそんな…)
ゆっくりと近づいてくる大きな手のひらを見て、耐えきれずにぎゅっと目を瞑った。それを了承と捉えたフィニアスが薄く笑みを浮かべる。
だが次の瞬間、背後に視線を感じて動きを止めた。
(…………チッ)
フィニアスが心の中で思い切り舌打ちをする。殺気を放とうとしたが、目の前のか弱い存在を思い出して思い留まった。こんなことで怖がらせたくはない。
彼は今、ロナウド達に参加するよう促したことを全力で後悔していた。
「それ食べたら外に行くぞ。」
「……は、はい!」
行き場を失った手がわしゃわしゃとエリーナの頭を撫でる。綺麗にヘアセットしている彼女に気を遣い、いつもより控え目だ。
(あのまま口付けされるのかと思ってしまったわ…)
「……っ」
心の声に反応して、エリーナの頬がポンっと色づく。
化粧のおかげで分かりにくくなっていたが、衣服の下が暑くて仕方がない。コルセットをしているから余計だ。
涼しい顔で料理を口に運ぶフィニアスを見て羞恥心が膨れ上がったが、無理やり心の奥底に仕舞い込んだ。必死に冷静さを取り戻す。
いつもより速いペースで食事しているフィニアスに合わせ、エリーナも必死に目の前の皿を空にしていった。
「ここならいいか。」
食事後、フィニアスがエリーナを連れて来たのは広いバルコニーの一角だった。窓からの視線を遮るようにベンチの前には植え込みがあり、雲の隙間から月明かりが優しく差し込む。
先にエリーナをベンチに座らせ、脱いだジャケットを肩に羽織らせた。その隣に隙間なく寄り添ってフィニアスが腰掛ける。
(暖かいわ…)
あの夜、フィニアスのくれた温もりと優しさを思い出していたエリーナ。
居場所を与えてくれたこと、好きな物を見つけるように手助けしてくれたこと、こんな自分のために贈り物を考えてくれたこと…
フィニアスとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。まだ1年も経っていないというのに、そのどれもが生涯の宝物のように感じていて、彼の存在が心の大半を占めていたのだ。
それからフィニアスは今後の話を伝えて来た。
結婚式は行わず、国王陛下の調印だけで済ませること。婚姻後は部屋を移動すること。マリエッタは成人となる18までこの邸に置くこと。
そのひとつひとつの説明に頷きながら、エリーナは真剣な顔で耳を傾けている。
「最後だが」
ふいに立ち上がると、フィニアスが音を立てることなくエリーナの前に跪いた。
「これを受け取ってもらえるか?」
そう言ってポケットから取り出したのは、彼の瞳と同じ色をした宝石が輝く指輪だった。




