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完璧を強いられた令嬢と完璧公爵の甘やかな結婚  作者: いか人参


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33/56

33.たとえ勘違いだとしても


「デビュタントですか?」


昼食を終えて帰りの馬車の中、フィニアスから告げられた提案にエリーナが驚いた声を出した。



「ああ。マリエッタはまだしていないのだろう?来月王宮で舞踏会が開かれるからちょうどいい。それを逃すと来シーズンまで機会がないからな。」


「マリエッタのことまで…本当にありがとうございます。妹もとても喜ぶと思いますわ。」


胸の奥がじんわりと温かくなる。


自分たちが諦めてきたことを一つずつ掬い上げてくれるフィニアス。エリーナは彼の優しさが嬉しくて、胸の前でぎゅっと両手を握りしめた。彼女のいつもの癖だ。



「そこで俺たち二人の結婚も発表する。」


「私たち二人の結婚…」


エリーナの瞳がみるみる内に大きくなる。その表情は先ほどと比べ物にならないほど、驚愕に満ちていた。


(こんな私がフィニアス様と結婚…もちちろん婚約したのだから結婚することは当たり前なのだけど、こんなに素敵な方が私の夫になって下さるだなんて…)


自分で言った『私の夫』という言葉で一気に意識してしまったエリーナ。



「……っ」


頭から湯気が立ちそうなほど頬が赤くなる。


(私ったら…!)


扇子を取り出して顔を仰ぎたかったが、フィニアスの正面で出来るわけがない。その焦りで余計に脈拍が上がってしまった。


勝手に焦るエリーナに、口角を上げたフィニアスが金の瞳を細めた。



「俺との結婚が嫌になったか?」


普段の口調で尋ねてきたフィニアス。

単調な声音では、冗談か本気か分からない。



「そんなことありませんわ!とても楽しみにしていますもの。嫌になるなんて絶対にあり得ませんわよ。」


前傾姿勢になり、力を込めて心の底から否定したエリーナ。つい声が大きくなってしまった。


初めて耳にする彼女の大きな声に、フィニアスが僅かに目を見張る。


(私はまたはしたないことをっ…男性に強く言うなんて、淑女の風上にも置けない。こんなことをしてはフィニアス様に嫌われてしまうわ…)


ぎゅっとスカートを掴んだ。

そんな焦るエリーナの頭上で、ふっと優しく笑う声が聞こえる。



「嫌になったと言われたところで、今更離してやる気はないがな。」


「え…」


今度は別の驚きで顔を上げると、蜂蜜のようにトロリと輝く金の瞳と目が合った。それはどこまでも優しくエリーナの心を掻き乱してくる。


(フィニアス様のご迷惑になりたくないのに、どうしてこんなにも嬉しいのかしら。喜んではいけないのに…)


不安げに見返すと、金の瞳は一層優しげに煌めいて見せた。それはどんな宝石よりも美しく、我を忘れて魅了される。


まるで自分に本物の愛情が向けられているようで、エリーナは目が離せなかった。


(神様、この時だけどうか…)


神に許しを得て、間違いでも良いからとフィニアスの愛情を受け取る。吸い込まれそうな瞳に見惚れながら、今だけと決めて心に焼き付けた。




必死に自分を見つめ返してくるエリーナのことが堪らなく愛おしい。


普段は落ち着いていて完璧な淑女そのものなのに、自分の言葉一つで顔を赤らめたり声を大きくしたりする。


そうやって自分が彼女の心に影響しているのだと思うと、フィニアスの中に形容し難い悦びが溢れてくる。同様に彼女への愛しさも溢れて止まないのだ。


(恋だの愛だの俺には無関係だと思っていたんだがな…一緒に過ごせば過ごすほど彼女の心を手に入れたくなる。既に婚約しているというのに、立場もなく焦ってしまう。こんな心の内を知られたら幻滅されてしまうかもな。)


フィニアスが自嘲気味に鼻で笑う。



「フィニアス様…?」


見惚れていた金色の瞳が翳る。

これまで目にしたことのない表情のフィニアスに、エリーナが心配そうに声を掛けてきた。



「何でもない。………いや、」


言葉を区切ったフィニアスが馬車の中で不意に立ち上がる。普段の表情のまま、高身長を屈めてエリーナの隣に座り直した。



「!!」


急に人肌の温もりがエリーナの左半身を覆う。


エスコートでもこれほど密着したことはない。座席には三人並んで座れるほどのスペースがあるというのに、明らかに距離を詰められている。仄かに整髪剤の清涼感のある香りまで漂ってきた。


(ふぃ、フィニアス様がこんなにも近くにいらっしゃるなんてっ…あまりにも心地良くてどうにかなってしまいそうだわ…)


左側に感じるがっしりとした体躯と彼の香りに、酩酊しそうになる。この状況に耐えきれず目を伏せた。



「少しだけこうしていたい。嫌か?」


「ひぃっ…嫌なんかじゃありませんわ。」


耳のすぐ側で聞こえた声があまりに近くて、思わず身体が震える。緊張と恥ずかしさと嬉しさが混ざり合って、感情が追い付かない。


瞳を閉じても感じる優しい温かさに、とめどなく愛おしさが溢れてくる。


(こんなに幸せで良いのかしら…)


降り注ぐ幸せを、これが一生分だと思いながら精一杯噛み締めた。



「この上ないな。」


エリーナに身を預けたままフィニアスが甘い声で呟く。口にしたのはそれだけで、何をとは言わない。


トクンッと心臓が跳ねる音がする。


(こんなの都合の良い勘違いに決まってるわ。私にそんなこと言うわけないもの。)


だから大丈夫、自分はちゃんと弁えているとエリーナが心の中で繰り返す。


(私もですわ。フィニアス様…)


これは勘違いだと頭で理解した上で、口には出さずに自分の想いを告げる。それだけで心が軽くなり、十分過ぎるほどの幸せを感じていたのだった。



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