31.もう一つのデート
王城と反対側に位置する商業地区には、露店の立ち並ぶエリアがある。
そこは平民も店を出すことが許されており、毎日威勢の良い呼び声が飛び交っている。王都で最も賑わっている場所のうちの一つだ。
今は昼前ということもあり、食べ物を売る露店から肉や魚を焼く良い匂いが漂っている。行き交う人々も多く、皆買い出しついでに昼食を探しているようであった。
「すごい!王都ってこんなに人がいるの!それにとってもいい匂い…!あぁどれから食べようっ…。」
露店街の入り口で、街道の両側にずらりと並ぶ店と人の多さを目にしたマリエッタが嬉しそうに声を弾ませている。
「いつだって人は多いけど、今は昼時だから余計にかな。迷子にならないように、はいどうぞ。」
行き交う人々から庇うようにマリエッタの前に立ちながら、シュヴァルツが笑顔で手のひらを向けた。
彼もシャツに黒ズボンという目立たない装いをしているが、折り返したズボンの裾はチェック柄になっていて小洒落ている。しれっとマリエッタと揃いにしていたらしい。
「別に一人で歩けるけど…念の為だからね。」
「分かってる。僕はいつだってマリエッタの命綱だからね。必ず守ってみせるよ。」
おずおずと不本意そうに乗せた手を、シュヴァルツは力強く握りしめた。
「いや、それ意味分かんないから。」
「あ、あそこの串焼き美味しいからオススメ。奥にある揚げパンも絶品で、マリエッタも好きだと思うな。行こう?」
「……………行く。」
思い切り話を逸らされたが、結局食欲に負けたマリエッタ。
シュヴァルツに手を引かれるまま、人の多さに少し緊張しながら人混みの中へと入って行った。
「あ!あのお店物凄い行列!何を売ってるんだろう?この香ばしい匂いは…木の実かな?」
「あぁ、胡桃を売ってる店だね。揚げたてに蜂蜜をかけて食べるのが美味いらしい。最近流行ってる店だ。ひとつ買ってくるから少し待ってて。」
マリエッタが目を輝かせて店を見つめていると、シュヴァルツは彼女に欲しいかどうか尋ねることもなく足早に買いに行ってしまった。
(別に欲しいなんて言ってないのに…こんな所で私のこと一人にしなくても…)
シュヴァルツと手が離れた途端、マリエッタの中に恐怖が生まれる。活気があると感じていた喧騒が不安に変わり、先ほどまで煌めいて見えていた街並みも色を失くしていく。
(シュヴァルツのばか。)
つい恨めしい気持ちで、2軒先の店に並ぶシュヴァルツに目を向けた。
すると、彼は木陰で待つマリエッタに笑顔で手を振っていた。列が動いても彼の甘やかな視線は彼女に固定されたままだ。こちらが不安になる程前方を見向きもしない。
(……………ばか。)
マリエッタの心がふんわりと温かくなる。たちまち安心感で満たされた。自然と口元が緩んでいたが、当人は気付いていない。
その後もシュヴァルツは、一瞬たりとも彼女から目を離すことはなかった。
そうやって買い物を繰り返していると、シュヴァルツの両手はあっという間に食べ物で一杯になってしまった。
「ここでお昼にしよう。」
シュヴァルツは街道から一本裏に入った川沿いの道で足を止めた。辺りは静かで、自然を感じられる落ち着いた場所だ。
川面を向いて置かれているベンチの一つにハンカチを敷くと、繋いだ手で誘導してマリエッタのことを座らせた。その隣に自分も腰を下ろす。
「綺麗な場所…」
マリエッタがため息を漏らした。
あの家にいた時も公爵邸に来た後も、ほとんど外に出たことが無かった。今まではその狭い世界が当たり前で、外の世界は怖いとすら思っていた。
そのイメージがたった1日で、鮮やかに塗り替えられていく。
「大丈夫?疲れてない?」
飲み物と食べ物を手渡しながら、シュヴァルツが気遣ってきた。柔和な笑顔を浮かべているが、上下に動く真剣な瞳は彼女の全身の状態チェックを怠らない。
「ううん。今日はありがとう。しゅっ…シュヴァルツのおかげでとても楽しかった。」
どもってしまったことが恥ずかしく目を背けるが、限界まで開かれたシュヴァルツの茶色の瞳は、彼女を捉えて離さない。
「マリエッタが初めて僕の名前をっ………ちょっと待って。もう幸せ過ぎてどうしていいか分かんない……一回川に飛び込んで来ていい?」
「別にいいけど、手に持ってる食べ物は置いて行って。勿体無いから。」
「じゃあ、もう一回名前を呼んで?」
「『じゃあ』の意味が分からないからっ!」
ぷくっと頬を膨らませたマリエッタは手にしていた串焼きにかぶりついた。羞恥心が込み上げてきて、顔が熱くなるのが分かる。
(やっぱりやめとけば良かった…!!)
やけ食いする隣で、シュヴァルツは幸せそうに彼女の横顔を眺めていた。
「ああもう!誰かさんのせいで食べ過ぎたっ!!」
「食べっぷりのいいマリエッタも好きだよ。だからたんとお食べ。」
「もうっ……!!」
八つ当たりしても、シュヴァルツは怒るどころか嬉しそうにしている。マリエッタの方が恥ずかしくなっていた。
「マリエッタ、ちょっと後ろ向いて。」
「え?」
唐突なお願いに首を傾げながら、マリエッタが軽く背中を向ける。すると、首元にひんやりとした何かが触れた。
「………これ…ネックレス?」
胸元に感じた重みに手を伸ばして持ち上げると、それは美しくカットされた大粒のエメラルドだった。太陽の光を受け、天井に吊るされたシャンデリアのように荘厳な輝きを放っている。
「お誕生日おめでとう。」
耳元で囁かれた声。
驚いて後ろを振り返ると、目を細めてとびきり愛おしそうに見つめてくるシュヴァルツと目が合った。




