28.初めての約束の日
この日、エリーナとマリエッタの二人は朝早くから衣装部屋を訪れていた。
町娘の格好をしたマリエッタは、嬉しそうに姿見で自分の姿を眺めている。そのすぐ近くで、エリーナはネルにドレスの支度を手伝ってもらっていた。
「お姉様、とても綺麗だよ。」
ドレスを着て化粧を施したエリーナに、マリエッタが笑顔を向けた。
「ありがとう。」
少し気恥ずかしそうに微笑んだエリーナは、レース素材で出来たレモンイエローの爽やかなドレスを着ている。
自分では決められず、ネルに頼んで選んでもらったのだ。
「マリエッタもその格好とてもよく似合っているわ。」
「でしょ!私もこれ気に入ったんだ。」
マリエッタが嬉しそうに一回転をして、チェック柄のスカートを持ち上げた。洗練された動きで様になっている。
彼女の愛らしい雰囲気に、三つ編みのおさげとバンダナがよく似合っていた。
エリーナが初めてフィニアスと出掛ける日となった今日、マリエッタもシュヴァルツと街に出掛ける約束をしていたのだ。
マリエッタは街に溶け込むため町娘に扮し、フィニアスの買い物に付き合うエリーナは品よくまとめている。
「お二人とも大変よくお似合いです。フィニアス様もシュヴァルツ様も大変お喜びになりますよ。素敵なデートになると良いですね。」
肉付きが良くなって肌艶の出て来た二人を見て、ネルが心底嬉しそうに目を細めた。
マリエッタの所作もみちがえるほど洗練されており、二人はどこから見ても高位貴族のご令嬢にしか見えない。
初めて公爵家に来たあの日、タライの水で自ら湯浴みをしていたことが嘘のようだ。
「「??」」
すると、エリーナとマリエッタの二人が揃って驚いた顔でネルの方を向いた。どうやらデートという単語に反応したらしい。
「私はフィニアス様のご用事に付き合うだけよ。」
「私は息抜きに街に連れて行ってもらうだけだよ。」
「「え??」」
今度はお互い似たような表情で顔を見合わせた二人。
「いや、お姉様は婚約者同士なんだから、2人きりで出掛けたらデートに決まってるでしょ!」
「私たちは政略結婚よ?そんな風に捉えてはフィニアス様に失礼だわ。それよりも、求婚されてる相手からの誘いなのだから、マリエッタの方がデートよ。」
「はいはい、今日はお二人ともデートですよ!少なくとも殿方はそのおつもりです。」
「う゛」「え…」
姉妹の言い争いに割って入ったネル。
分かりやすく2人の顔色が悪くなった。デートと断言されて何やら考え込んでしまったらしい。
黙って俯く2人…
(フィニアス様はお優しいから、慣れてない私のために学びの機会を作って下さったのよ。勘違いしてはいけないわ。)
(でも、あの男なら間違いなくデートって言ってくると思うし、息抜きって言ったならそれだけなんだと思う。深い意味はないって。)
心の中で再考した結果、二人ともこれはデートには該当しないという結論に至ったのだった。
「マリエッタ〜〜!今日は一段と可愛いね。もう永遠に眺めていたい。」
「は!??」
いきなり部屋のドアが開いたと思ったら次の瞬間には、シュヴァルツがマリエッタの隣に立っていた。
「シュヴァルツ様!淑女の衣装部屋に許可なくやって来るとは失礼にもほどがございますよ!」
「ごめんごめん。部屋の前に待機してたんだけど、終わった気配がしてついね。それにしても僕のマリエッタが本当に可愛い。はぁ…見惚れて呼吸を忘れてしまいそうだ。」
ネルが本気で怒るが、いい加減に謝るシュヴァルツの視界にはマリエッタしか映っていない。蕩けるような瞳で見続けている。
「そのまま息を止めてしまえ。」
対する彼女は、どこまでも辛辣だった。
「シュヴァルツ様、本日は妹のことよろしくお願いします。」
スツールに腰掛けていたエリーナが立ち上がり、シュヴァルツに向かって丁寧に頭を下げた。
「はい、マリエッタに僕とのデートを楽しんでもらえるよう誠心誠意尽くして参ります。」
「でぇと!??」
「マリエッタ、行こうか。」
素っ頓狂な声を上げるマリエッタだったが、笑顔のシュヴァルツは気にすることなく彼女の手を引っ張り、意気揚々と部屋を後にした。
「やっぱり仲の良い二人だわ。」
「今度旦那様に頼んで、強固な内鍵を付けてもらいましょう。」
マリエッタ達を見送ったエリーナとネルは、全く異なる言葉を口にしていたのだった。
「準備出来たか?」
しばらくして部屋に現れたのはフィニアスだった。外出用の公爵家の紋章の入ったマントを肩に掛けており、長い脚が強調されてスタイルが良く見える。
きちんとノックをして現れた彼に、ネルが大きく頷いて感心していた。
「ええ。」
鏡に向かって座っていたエリーナが微笑みを浮かべて、入り口に身体を向ける。フィニアスの元に向かおうとゆっくりと立ち上がったが、足を動かす前に温かな感触に包まれた。
「そのドレス、とても良く似合っている。綺麗だ。」
「ヒッ…ありがとうございます。」
腰に腕を回され、近い距離で囁かれたスレートな褒め言葉に思わず変な声が出たエリーナ。
(…動揺してはダメよ、エリーナ。これは貴族には当たり前の社交辞令なのだから。)
必死にいい聞かせるが、どうしたって心が落ち着かない。
そんな勝手に1人焦るエリーナに、柔らかな表情を浮かべたフィニアスが落ち着いた声音で声を掛ける。
「行くか。」
「はい。」
エリーナはやたらとドキドキする鼓動に耐えながら、フィニアスのエスコートで部屋から出て行ったのだった。




