27.エリーナの好きな料理
良く晴れたこの日、エリーナは昼食を取るためコンサバトリーを訪れていた。
ガラス張りで出来たこの部屋は庭に突き出すように作られており、中では沢山の植物が育てられている。洒落た温室のような造りだ。
ネルはエリーナに自分の好む場所を見つけてもらおうと、食事の度に様々な部屋に案内していた。その結果、緑溢れるここが彼女のお気に入りとなったのだった。
テーブルクロスを敷いた丸テーブルに、ネルが料理を運んできた。
衣を付けてこんがりと揚がった白身魚が本日のメインだ。それに付け合わせのサラダとパン、色鮮やかな根菜のスープが並ぶ。
「魚って焼くだけではないのね。とても良い香りだわ。」
初めて見る料理に、エリーナは興味津々の表情でまじまじと眺めている。
「フェルローズ公爵領は海から距離がある影響で、塩漬けにした魚を油で揚げる調理方法が主流だっそうですよ。」
ネルの説明を聞いたエリーナは、小さなノートを取り出してメモした。
公爵家に関することをひとつでも多く頭に入れようと、常にノートとペンを持ち歩いている。日中は好きなものを探す傍ら、使用人の仕事を見せてもらいながら話を聞くことが多いのだ。
ネルにレモンを薦められたエリーナは、ぎこちない手つきで料理に絞り落とした。目の覚めるような爽やかな香りが広がる。
サクッと音を立てて衣を切って一口サイズにした魚を口の中に入れると、ジュワッとした香りの良い油に白身魚のふわふわ感が舌先に乗る。そこにレモンの酸味が加わり、三位一体となった旨みが口いっぱいに広がった。
「ん…これとても美味しいわ。」
咀嚼する口を抑えて、目を丸くしたエリーナが感嘆の声を上げる。エメラルドグリーンの瞳はキラキラと輝き、頬は血色良く赤みを帯びていた。
「良かったです!旦那様もきっとお喜びになりますよ。今夜の報告が楽しみです。」
「報告って?」
「あ」
エリーナが喜んでくれたことがあまりに嬉しく、つい口を滑らせてしまったネル。
思わず両手で口を抑えるが、キョトンとした顔をした彼女は目を逸らしてはくれない。
「これは独り言なのですが…」
トレーを抱えたネルがくるりと後ろを向き、エリーナに背を向けた。
「エリーナ様がその日に目にしたもの、耳にしたもの、口にしたものを報告するのも私もお役目でして…中でも旦那様は食事内容への関心が高いようで、先日野菜料理を一人前食べられたことに大変安堵していらっしゃいました。そのため、揚げ魚を好んだと知れば一層お喜びになるかと。」
あくまでも独り言として、一方的に話し終えたネル。
彼女の独白を聞いていたエリーナの顔がみるみる内に暗くなっていく。
「フィニアス様がそのようなことをして下さっていたなんて…私何も知らなかったわ。お忙しいのに、ご心配を掛けさせてしまっているのね…不甲斐ないわ。」
「決してそのようなことはございません!」
今度はネルの顔が青ざめた。
ブンブンと顔と両手を横に振って、必死にエリーナの不安を吹き飛ばそうとしている。
「でも…」
「旦那様はただエリーナ様と共に食事を摂りたいだけなのです!」
「それはどういう意味かしら…?」
またやっちまったとネルが額を叩くが、時既に遅し。エリーナを不安にさせてしまった手前、もう洗いざらい吐いてしまうしかなかった。
心の中でフィニアスに土下座を繰り返しながら、重い口を開く。
「旦那様はその…エリーナ様のプレッシャーにならないよう、慣れるまでは別々に食事を摂ると決めていらしたのです。気を遣わず好きなものを好きなペースで食べられるようになってからにしたいと。」
「フィニアス様がそんなことを…?私はてっきり、お声が掛からないのはお忙しいからだとばかり…」
驚いて目を見開いたエリーナが口元に手を当てる。
あの朝食以来、普段の食事はバラバラだったため少し気になっていたのだ。
忙しくて食事を摂る時間もないのか、或いは自分への関心が薄いのか…
「まさか!エリーナ様のためなら、旦那様はどれだけ忙しくともお時間を作りますよ。それが可能だから完璧公爵と言われるのです。」
「そんな…無理はしてほしくないわ。でも、」
いつの間に正面に向き直っていたネルが、途中で言葉を止めたエリーナに気遣わし気な瞳を向ける。
「ほんの少しだけ…それを嬉しいと思ってしまう自分がいるの。」
ぽつりと落とされた小さな声。
それは紛れもないエリーナの本心だった。
(こんなこと言うつもりじゃなかったわ…身勝手な娘だと思われてしまったらどうしましょう…)
思わず口に出た言葉に、自分で自分に驚くエリーナ。こんなふうに思ったことを素直に口にしたことは初めてだった。
ネルの気を悪くしてしまわないか、胸の奥から絡みつくような不安が込み上げてくる。
「それを聞いたら旦那様はもっとお喜びになりますよ!エリーナ様の言葉を聞けることが何より嬉しいのです。だから否定されることなど絶対にあり得ませんよ。」
「…ありがとう、ネル。」
エリーナの不安な心を見透かしたかのように、全力で肯定してくれたネル。
優しさを向けられ、一気に心が軽くなった。自分の考えを言葉にしても、頭ごなしに否定されなかったことに安堵する。
(あの時とはもう何もかもが違うのだわ。)
エリーナはネルの温かさに応えるように、出された食事の美味しさを懸命に言葉にしながら、見事完食したのだった。




