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完璧を強いられた令嬢と完璧公爵の甘やかな結婚  作者: いか人参


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26/29

26.ダンスレッスンの合間に


エリーナがフィニアスと初めての約束を交わしていた頃、マリエッタは今日で何度目かとなるダンスレッスンを受けていた。


貴族令嬢に必要な最低限の嗜みとして、基本のステップから習っている。


マリエッタの年齢なら、舞踏会で有名な曲を一通り踊れて当然のはずだが、長年放置されてきた彼女にその教養はない。

身体を動かすことは好きだが、ダンスの動きは未知の領域で身体の使い方が分からなかった。一つずつの動きは言われた通りに出来ても、音楽に合わせて連続でやろうとするとどうしても足が止まってしまう。



「一度休憩にしましょうか。」


苦しい表情で額に汗を滲ませるマリエッタに、ガブリエラが労いを込めてタオルを渡す。



「ありがとうございます。」


足首に熱を感じていたマリエッタは素直に受け取り、壁際の椅子に腰掛けた。



「マリエッタ〜♪そろそろ休憩の時間かなと思って。」 


まるで見ていたかのようにタイミング良く現れたのはシュヴァルツだった。その手には、マリエッタの好む菓子屋の紙袋が握られている。


ガブリエラは心得たという顔をして、彼と入れ違いで部屋から出て行ってしまった。


シュヴァルツがご機嫌な足取りでマリエッタの元へ向かうが、彼女の様子をひと目見ると表情を一変させた。



「左足首痛む?ちょっと見せて。」


重心がいつもより右側に寄っていることに気付いたシュヴァルツ。上から下まで素早く注視した結果、左足首に違和感を覚えたのだ。



「ちょっと………!!!」


マリエッタが避けようとしたがそれよりも早く左足を手に取り、練習用のシューズを脱がせる。そっと触れると、熱を持って腫れていた。


「!!」

(ひいいいいっ!!レディの足を触るなんて、何してくれてんの!!)


直接素肌に触れられ、マリエッタは羞恥心に襲われていたが、シュヴァルツの表情は真剣そのものだ。



「捻挫じゃなくて良かったけど、赤くなってる。これ結構痛いよね。ひとまず濡れたハンカチを当てて冷やそう。痛みが落ち着いたら医務室に連れて行くから。」


まるで自分が怪我をしたかのように、痛みに顔を歪めて心配するシュヴァルツ。


慎重ながらも慣れた手つきであっという間に応急処置を行い、もう一度靴を履かせ直してくれた。



「痛みはどう?」


「…あ、良くなった。ありがとう。」


「どーいたしまして。」


マリエッタが驚いた顔で御礼を言うと、シュヴァルツはへらっとした笑顔を見せた。



「ダンスのレッスンは楽しい?」


近くにあったテーブルをマリエッタの前に移動させ、そこに菓子と淹れたての紅茶を並べながら問い掛ける。



「楽しい…と思う。けど、難しくて上手く出来なくて自分に腹が立つ。」


己の不甲斐なさを声に滲ませながら、マリエッタが正直な胸の内を明かした。何度やっても、いつの日か目にした姉の優美なダンスには遠く及ばないのだ。



「練習、付き合おうか?」


「ペア練習なんてまだ無理だよ。一人でだって満足にステップ踏めないのに…」


柄にもなく、マリエッタが元気を無くしてしょぼくれている。手が止まり、菓子の進みも悪い。



「ううん。女性側のステップを見てあげようかなって。僕、両方踊れるからさ。」


「え」


マリエッタの頭にはてなマークが並んでいる。自分の分だけで手一杯なのに、彼が不必要な分まで会得している意味が分からない。


(なにそれ、どういうこと…え、それってつまり両方イケるってこと…?)


シュヴァルツを見上げるマリエッタの瞳に、失礼な疑念が浮かぶ。



「ねぇ待って待って。何か変なこと想像してない?仕事上必要だったからってだけだからね。」


「大丈夫だよ。私口は固い方だから。」


「それ絶対信じてないやつじゃん…」


シュヴァルツが分かりやすく顔を青くして、テーブルに突っ伏した。



「僕は産まれた時からこの公爵家に仕えることが決まっていたから、あらゆることを想定して各方面叩き込まれてきたんだ。女性パートのダンスもその内のひとつ。…他にも、諜報や暗殺に役立つ知識、技術を一通りね。」


顔を上げないまま唐突に話し始めたシュヴァルツ。

最後の一言はぼそりとした低い声で、聞き漏らしてしまいそうなほど声が小さかった。


(怖がらせたくないのに彼女には本当の自分を知って欲しいなんて、ほんと我儘だよな。自分の厚かましさに嫌気がする。)


自分の欲望に心の中で舌打ちをする。


シュヴァルツは地頭が良く洞察力に優れており、たいていのことは一度見れば再現することが出来た。

その特技を最大限に活かして身に付けた、裏で暗躍するための技術。

将来有望だと大人達からはから褒めはやされたが、同年代からは畏怖され距離を置かれていた。なんでも出来てしまうシュヴァルツのことが恐ろしく見えていたのだ。



「それ凄いね。」


「えっ?」


予想外の反応に驚いて顔を上げると、自分のことを感心した顔で見てくる真っ直ぐな瞳と目が合う。



「僕のこと、怖くないの…?」


「なんで?努力して来たって話でしょ?怖いことなんて一つもないけど。」


真顔で固まるシュヴァルツだが、マリエッタには彼がなぜこんなに驚いているのか分からなかった。


そんな彼女に理解させようと、シュヴァルツか食い下がる。



「いやだってさ、簡単に人を殺めることが出来るってことだよ?近くにそんな奴いたら怖いに決まってるでしょ。」


「大事なのは使い方じゃない?私は頑張ってくれた過去の貴方にありがとうって言いたいよ。あの日助けてもらったんだから。」


マリエッタは一切気負うことなく、当たり前のように言う。ふんわりと微笑んだ笑顔は、これまで見せた表情の中で一番優しかった。


シュヴァルツの視界が滲む。


(どれだけ骨抜きにする気だよ…)


彼女の決して慰めではない言葉は柔らかな光となって、彼の心に降り注ぐ。ずっと誰かに言って欲しかった言葉が、諦めていた心の穴を塞いでいく。


(こんなのもう、彼女以外あり得ないって。)


澄んだ瞳がマリエッタのことを捉えた。



「マリエッタ…結婚しよう。」

「いや、しないから。」


溢れる喜びのまま、感極まった声で行われたプロポーズ。だが、マリエッタの返事はいつも通りであった。



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