20.好きな花
夏の日差しが降り注ぐ中、くるぶしまでの軽い素材のワンピースに、肘までの日除けのグローブを嵌めて日傘を差したエリーナが庭を散歩していた。
フィニアスから、『まずは好きな花を見つけるのはどうだ?』と言われ、敷地内の散策を提案されたのだ。
実際に花を見ると、美しいという感情は待つのだが、それを好ましいと思うかどうかまでは分からなかった。
頭に入っている花の名前と花言葉と照らし合わせながら、花壇や道端の花に目を向ける。その中から好きな花を見つけ出すことが、エリーナに与えられたここ数日の『やるべきこと』であった。
(本当にこんなことをしていて良いのかしら…早く公爵家の女主人の仕事を学ばないとお役に立てないわ。)
花に目を向けながらも、分厚く心を覆うのは焦燥感だった。今すぐ何か役に立ちたいのに、仕事を与えてもらえないことがもどかしい。
そんなことを考えながらぼんやり歩き続けていると、マリエッタの元気な声がした。
ここから少し距離のあるガゼボに、金髪と茶髪の組み合わせが見える。どうやらシュヴァルツとお茶をしているらしい。
(ふふふ。マリエッタったら、やっぱり仲が良いんじゃない。)
物事に白黒つけたがるマリエッタは、不必要な付き合いはしない。
邪険にしつつも拒否しないということは、それなりに好ましいと思っているのだろうとエリーナは前向きに解釈した。
そんな二人のことを微笑ましく思いながら、エリーナは好きな花探しを続ける。
フィニアスから焦らなくて良いと言われていたのだが、近々またお茶をする予定がある。それまでにせめて好きな物を一つ見つけておきたかった。
(あの花…)
ふと、花壇の隅にひっそりと植えられていた小さな花に気が付いた。
(フィニアス様のお色味と同じだわ。)
それはルドベキアという花で、この地方では夏に見頃を迎える。黄色の花弁の中に黒い点があるのが特徴だ。
(花言葉は、「立派」」「正義」「公平」そして…)
頭の中の花図鑑を引っ張り出す。
(「あなたを見つめる」)
エリーナの頭に思い浮かんだのは、優しく見つめてくる金の瞳だ。思い返すだけでどうしようもなく胸が熱くなる。いつだって優しい眼差しがルドベキアの花弁と重なった。
(私、この花が好き……)
エリーナの中に、初めての感情がパッと花開く。それはとても愛おしく、目の前にあれば優しく抱きしめていたに違いない。
一人では見つけられなかった「好きな花」。エリーナは心の中で何度も感謝の言葉を繰り返す。その横顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。
その様子を離れた位置から見守っていた策士のロナウドは、背中に隠してグッと拳を握りしめていたのだった。
一方、ガゼボの方では賑やかさが増していた。
「これは全部私のだからね!」
まだ怒っているマリエッタが、紅茶を持ってきてくれたシュヴァルツに噛み付く。
「もちろん。それは君に食べて欲しくて用意したものだからね。」
「だからなんでそんなに歯応えがないの!?」
何を言われてもにこにこと嬉しそうに微笑むシュヴァルツに、マリエッタが悲鳴に近い声を上げた。
「あれ?もしかして俺様系がタイプだったりする?それなら僕もそっちに合わせようかな。でも好きな子には優しくしたいよなぁ…」
向かい側の席に腰掛けたシュヴァルツは腕を組み、本気で考え込んでいる。すると、マリエッタがニヤリと笑った。
「残念はずれ。私の好きなタイプは親くらい歳の離れた相手だから、貴方は論外だね。」
「は?いくらなんでもそれは冗談でしょ。そんな嘘で僕は諦めたりしないよ。」
「ほんとだよ。最近ならロナウドが好みど真ん中かな。でも私の父親になっちゃうんだよね…結構ショック。」
頬に手を当て、あからさまに悲しい顔をするマリエッタ。その表情はやけに大人びて見えた。
「嘘だろ…ロナウドに負けるのかよ…」
衝撃の事実を知ったシュヴァルツが頭を抱える。まさかの伏兵に、驚きが隠しきれない。
「いや、待てよ。年上が好みなら、僕もいけるんじゃない?ほら、マリエッタより年上じゃん。」
シュヴァルツの表情が途端に明るくなる。見えない耳をピョコンと立て、見えない尻尾をぶんぶんと振り回している。
「なんでそんな無駄に前向きなの…………」
今度はマリエッタが頭を抱える番だった。
きっぱり諦めてもらおうと思ったのに、相手は全くの無傷であった。それどころかなぜか自信を付けている。強敵だ。
こうして、授業の休憩時間はシュヴァルツに連れ出されることが日課となったのだった。




