14.公爵邸へ
(フィニアス様もいらしていたの?どうしてわざわざ…)
フィニアスの存在に遅れて気付いたエリーナの頭に、様々な憶測が飛び交う。そして一つの結論に辿り着くと、たちまち罪悪感が込み上げて来た。
シュヴァルツの前に進み出て、フィニアスに向かって深く頭を下げた。
「フィニアス様申し訳ありません。遅くなったのは私のせいですわ。だからどうか、メナード様ではなく私に罰をお与え下さいませ。」
細い声を振り絞りながら必死に謝るエリーナ。彼女の背中を見たシュヴァルツの顔が絶望に染まる。
(あ、これ死んだかも……………)
緊急事態とはいえ、あんな嘘を吐くべきじゃなかったと後悔が押し寄せていた。顔が引き攣り、冷や汗が止まらない。
頭を下げ続けるエリーナの両肩に、ずしりとした温もりが降って来た。
(え…?これってフィニアス様の…)
丈の長い外套にすっぽりと包まれて、全身温かい。心までポカポカしてきた。
「無事ならそれでいい。」
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、エリーナに向けた眼差しには深い慈愛が込められていた。彼女の心のに彼の優しさが染み渡る。
(温かい…こんな気持ち初めてだわ…なんてお優しい方なの。)
エリーナは肩にかけられた外套を両手で掴み、ぎゅっと前を合わせた。そうでもしないと心が跳ねてしまいそうで、落ち着かなかったのだ。
フィニアスは恐縮して縮こまるエリーナの頭にぽんと大きな手を乗せると、ギロリと瞳を動かして視線だけシュヴァルツに向けた。
「話は後で聞く。」
「ひいいっ。」
エリーナからは見えない角度で強烈に睨まれ、情けなくもシュヴァルツが悲鳴を上げる。あとで手土産を持参の上、必死に弁明しようと決意していた。
そんな中、これまで口を閉ざしていたマリエッタが急に前に出て来た。
「貴方があの噂の完璧公爵?何を企んでるつもりか知らないけど、お姉様のことを泣かせたら許さない。地の果てまで追いかけて地獄を見せてやるんだから!」
フィニアスに向かって人差し指を突き刺し、堂々と啖呵を切った。
(いきなり何を言うの…!)
言い終えた本人はフンッと鼻を鳴らして満足顔をしているが、妹の暴挙を目の当たりにしたエリーナは顔面蒼白だ。
「マリエッタ…!貴女、フィニアス様に向かってなんて口を聞いているの…!ほら早く謝りなさい。フィニアス様、私の妹がとんでもない不敬を働いてしまい申し訳…」
エリーナが最後まで言う前に、フィニアスが動いた。マリエッタの前に立ち、腰をかがめて彼女と目線を合わせる。
「肝に銘じておく。」
真剣な声音でそれだけ言うと、またエリーナの隣に戻って行った。
「え」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まるマリエッタ。
(なんで…?俺の勝手だとか怖い顔で言い返してくると思ったら、頷かれちゃったんだけど…冷淡さなんて微塵も無いじゃない。本当にこの人があの完璧公爵なの…?)
噂とは異なるフィニアスの姿に驚いて声も出ない。先入観なしに見れば、気遣いの出来る紳士にしか見えなかった。
すると、マリエッタが意識を飛ばしている隙を狙ってシュヴァルツが近づいて来た。
「フィニアス様〜!こちら僕のフィアンセのマリエッタです。ね、可愛いでしょ?」
「なっ…!また勝手にそんなことをっ!!」
シュヴァルツの戯言でカチリと意識を取り戻したマリエッタ。すかさずツッコミを入れるが、彼はどこまでも嬉しそうだ。
「ああ。可愛い姉妹だな。」
(え…?)
フィニアスが呟くが、ぎゃあぎゃあ騒ぐ二人は気づいていない。しっかり拾ってしまったエリーナは、つい彼の顔を仰ぎ見てしまった。
「そろそろ行くか。」
目が合うと、フィニアスは先の言葉に触れることなく、当たり前のようにエスコートの腕を差し出してきた。
「…ええ。」
緊張しながらも、淑女のマナーとして余計なことは言わずに大人しくその腕に掴まる。
馬車までの僅かな道のりを、エリーナは精一杯背筋を伸ばし胸を張って歩いて行った。
その後、4人を乗せた馬車は公爵邸に到着した。
王都とは思えないほど広大な敷地に、立派な邸が建っている。左右対称に作られた建物は、暗がりの中でも厳かな美しさを放っていた。
馬車を降りると、ランタンを手にした使用人一同が出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、旦那様。ようこそお越しくださいました、エリーナ様。」
いつものように一歩前に出たロナウドに合わせて他の使用人達が頭を下げる。
「今夜は客間の用意を。妹も一緒だ。エリーナ、それで良いか?」
「お心遣い感謝致します。皆様、急なことで申し訳ありませんわ。どうぞよろしくお願いします。」
微笑を浮かべたエリーナが使用人達に向かってカーテシーをした。
今の彼女は不恰好な姿だったが、洗練された所作は美しく、優しい声音に温かな心が現れていて、皆の視線を釘付けにする。
内心震えそうなほど緊張しているエリーナに、使用人達からたくさんの友好的な眼差しが返ってきた。
「エリーナ様、私たちにお気遣いは不要でございます。どうかなんなりとお申し付け下さいませ。」
ロナウドは意識して声色に親しみを込めながらも、最後は敬意を払って恭しく頭を下げた。




