社会人編 最終回
就職して4年が過ぎ、仕事にも慣れて、後輩も出来た。
真帆羅も安定した企業の事務員をしている。髪を茶色くして、ゆるいウェーブのロングヘアーにしていた。真帆羅は、人の生活を研究して楽しんでいる。
俺は、真帆羅と出会った大人の自分に近づいていた。真帆羅とは、食事に行ったりデートをしたり、たまに旅行にも行ったりと、やっと付き合いらしいことが出来るようになった。交際は順調だと思う。
会社のビル。始業時間前なので、廊下の窓から外を眺めて、朝のコーヒーを飲んでいた。
ルール2をクリアしたし、貯金も出来た。次はそろそろ結婚だよな。でも、実感が全然わかないと思いつつ、頭をポリポリかく。
部署に戻ると、少しにぎやかだった。
「笹島さんの奥さん、子ども出来たんだって」みんなで拍手している。
「おめでとう」
(へ~)
「今、妊娠5か月で、育休取る時にはよろしくお願いします」
笹島さんが、照れ臭そうに挨拶している。
幸せそうだな。
「私も早く子供ほしいな」
横にいた後輩の亀田さんが、ぽつんと口に出す。亀田さんは、小さくておとなしい感じの子。
子供がいる人生か。今まで考えたことなかったけど、子供が欲しいなら、人間の女性と結婚して、今と別の人生を歩むことになる。
仕事をしながら、亀田さんが目に入る。
ルール4の子供の事を深く考えてこなかった。そういえば、子供が出来ないって、親になんて言えばいいんだろう。それを考えると、気が重くなった。
今、分かれ道に来ている気がする。真帆羅との未来と、子供と過ごす未来。
しばらくして、俺は決断していた。真帆羅との待ち合わせ場所で、3人で立っていた。
俺は、亀田さんの肩に手を置いて、真帆羅と向き合っている。
「君とは別れて、この子と付き合うことにした」俺は、きっぱりと言った。「やっぱり子供が欲しいんだ。だから君とはもう結婚できない」
「分かったわ」
真帆羅は出会った時と同じ表情で、静かに言った。俺は、真帆羅の事を気にせず、亀田さんとその場を去った。振り返る事はない。
交差点を歩いている時に、大きな音がした。
「きゃー!」亀田さんの叫び声が聞こえる。
「交差点に車が突っ込んだ!」
「轢かれた人がいる」
頭から血を流して交差点で倒れている俺を__ 俺は宙に浮いて上から見ていた。
(俺は、死んだのか!?)
そこへ、結い上げた髪に、腰の高い位置で帯を締め、引きずるように長いスカートをはいた、天女の集団が現れた。人々の流れとは反対の、真帆羅の方へ歩いていく。その場に不釣り合いなのに、気にも留める人は誰もいなかった。
「やっぱり、人間の男はダメね」
「迎えに来たわよ」
「ええ」
真帆羅は無表情のまま、その集団と共に暗闇の中に消えていった。
「わあ!」俺は、目を覚ました。
とんでもない夢を見てしまった!! 物凄くリアルな夢に、汗びっしょりになった。
夢は、出てきた相手を好きだ、という設定で進むことがある汗。多分、昨日のことで、夢を見たんだろうな。
(! どこからが夢だ?)
俺は急いでスマホを見た。真帆羅とのメッセージのやり取りを探す。
オレの送信に[明日いつものところで]
[分かった]真帆羅の返信があった
いつもの、駅前での待ち合わせの約束があって、ホッとした。
母さんと向かいあって、朝食を食べた。
「母さん。俺が結婚しても子供が出来なかったら、どう思う?」
「ん? 私はね、あんたが元気だったらそれでいいのよ。あんたの人生なんだから、好きにしないさよ」
「・・・」
なんかホッとした。
「ずっと好きだった子のことでしょ。そろそろちゃんと紹介しなさいよね」
…ずっと好きだった? なんだろ、この違和感。すごく引っかかった。
仕事中も夢の事を考えていた。亀田さんは別にオレを好きなわけじゃない。恥ずかしい…、勝手に出してすいません。
あの夢は何だったんだろう。チャレンジと関係があるのか?
もしかして、あれが代償なのか!? ルールを破っていなければ、やめられると思っていたけど…。
その時、大学生だったころの勉の言葉が頭をよぎった。
『お前が搾取してるだけになるんじゃないのか? セフレだな』
俺はルールを守ったのだろうか?
『それでいいなんて、女神か』
真帆羅が何も言わないから、それでいいと思っていただけだったら?
真帆羅はこう言っていた。
『人のように恋をしてみたいと思うのよ』
俺は、与えらるものを、チャレンジだから当たり前だと思っていた。でも、そうじゃなかったら?
初めて会った時、夢の中の俺は今よりも大人だった。その意味は__?
俺は付き合ってとも、好きだとも言ってない!
まだ何も始まっていないということでは? 俺は、青ざめた。
待ち合わせ場所に、走って向かう。
駅前の円形の植え込みの前で、立っている真帆羅。暗くなってきたので、照明がついてる。クリームベージュのスーツがよく似合っていた。
真帆羅は、俺の慌てた様子にぽかんとしている。俺は少し手前で止まると、少し息を整えた。
「これは恋じゃなかった」
「?」
俺の言葉に、真帆羅は表情を硬くした。
真帆羅の両手を、自分の両手で軽くつかんだ。
「俺にもう一度チャンスをくれ!」
俺は片膝をついた。照明が二人を照らす。
「俺と付き合ってください。今度こそ大切にします!」
「!」
真帆羅の前で薄いガラスのようなものが割れて、音もなく砕け散った。
「はい!」
真帆羅は、顔を紅潮させて、はにかんで笑った。今まで見たことのない笑顔だった。
「私はもう、自分の意思では神仙界に帰れなくなりました」真帆羅は人間らしい、穏やかな顔をしていた。
俺は、チャレンジに成功した。
通り過ぎる人達が見ている。
「なんだ?」
「プロポーズ?」
◇
それから俺達は、普通の手順で付き合った。真帆羅は物足りなさそうにしていたが、そのヤキモキした気持ちが、真帆羅から色んな表情を引き出していた。
俺は俺の中で、真帆羅に対する気持ちが育っていくのを感じている。
手をつないで微笑む。ただそれだけで、心が満たされて幸せだった。
この先はどうなるか分からないけど、ずっと二人で生きていけたらいいなと思った。