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【BL】ハルキゲニアのふたり  作者: 平手武蔵
『春』夏秋冬
2/16

Ep.2 side 玄弥

 ひなまつりの日から数日経った夜。俺は、きつい練習を終えて、自分の部屋のベッドに倒れ込んでいた。ラグビーのプロップというポジションは、とにかく体をぶつけ合う。少しでも気を抜けば怪我をするし、体重も維持しなきゃならない。

 正直、女の子が憧れるようなスマートな体型とは程遠い。筋肉はあるが、それ以上に脂肪も乗っている自覚はある。このゴツくて、ある意味泥臭い肉体が、俺の武器であり、現実でもある。だから、いまだに童貞だ。


 そんな俺の脳裏に、数日前の出来事が妙に鮮やかに蘇ってきた。姪っ子のための雛人形飾り。面倒だと思っていたのに、春樹が来てから、あの時間はなんだか特別なものになった気がする。


 和室に入ってきた春樹は、相変わらず色素が薄くて、線の細い少年だった。雛人形を見て目を輝かせる無邪気な姿に、思わず口元が緩んだのを覚えている。そして、あいつがよろけた時……とっさに支えた肩の、あまりの細さに驚いた。

 俺のゴツい手の中に、すっぽりと収まってしまいそうな華奢な体。Tシャツ越しでもわかる、頼りないほどの薄さ。まるで、現実感が希薄な……どこかこの世のものじゃないみたいだ、とあの時思ったんだ。


 顔を上げた春樹と目が合った瞬間、俺の無精髭が、あいつの白い頬に触れた。チクッとしただろうか。春樹は小さく息をのみ、みるみるうちに頬を赤らめた。その反応が、妙に生々しくて……俺の心臓が、ドクン、と大きく鳴った。潤んだ瞳が俺を映していて、その視線から目が離せなくなった。


 窓からの光が、春樹の輪郭を柔らかく縁取っていた。その儚げな様子は、本当にこの現実の世界からふっと消えてしまいそうで……。俺みたいな、泥臭い人間とは、まるで違う存在に見えた。だから、思わずあんな言葉を口走っちまったんだ。


「……妖精」って。


 触れた肩から伝わってきた微かな熱。あんな細い体のどこに、あんな熱を隠しているんだろう。もっと触れたい、確かめたい……そんな柄にもない衝動に駆られて、慌てて手を離した。このデカい体で、このゴツい手で、あいつを壊してしまいそうで怖かったんだ。


 最後に並べた内裏雛。立派な体躯のお内裏様と、その隣に寄り添う可憐なお雛様。無意識のうちに、俺と春樹を重ねていたのかもしれない。あの華奢な体を、この腕で守ってやりたい。それだけじゃない、もっと別の、熱っぽい感情が自分の中にあることに気づいて、戸惑っている。


 桜餅を隣で頬張る春樹の横顔を、盗み見ていた。頬に残ったかもしれない赤みと、時折俺に向ける、戸惑ったような、でも少し期待するような眼差し。


「はぁ……」


 俺は大きなため息をついた。男……しかもあんな年下に、こんな気持ちを抱くのは初めてだ。どう接したらいいのか、正直わからない。あの、触れたら消えてしまいそうな……まるで妖精のような少年に。

 この気持ちに、どんな名前をつければいいんだろうか。今はまだ、何もわからない。ただ、胸の奥が妙に温かくて、ざわつくような……そんな不思議な感覚だけが残っていた。


 ひなまつりの特別な一日。あいつと過ごした時間は、やけに鮮明に心に焼き付いて、しばらく消えそうになかった。

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