ep 9
数時間に及んだゴブリンたちとの死闘、そしてゴブリンキングとの激戦。カーシャの応急治療と、森の入り口で手に入れた薬草でなんとか傷口を塞ぎ、疲労困憊のレオ、マリー、カーシャの三人は、夕暮れ時、よろよろとアルテナの街へと帰還した。そのボロボロの姿は、道行く人々の注目を集めたが、彼らはまっすぐに冒険者ギルドを目指した。
ギルドの扉を開けると、昼間の喧騒とは打って変わって、酒気を帯びた冒険者たちの陽気な話し声や、吟遊詩人の奏でるリュートの音が響いていた。レオたちの疲れ果てた姿に気づいた何人かの冒険者が、興味深そうに視線を向ける。
受付カウンターには、昼間と同じ亜麻色の髪の受付係サーラが、相変わらず涼しい顔で業務をこなしていた。
「あの、すみません。ゴブリン討伐の依頼、完了しましたので…報告に上がりました」
レオが代表して声をかけると、サーラはレオたちの顔と、その泥と血に汚れた装備をちらりと見て、いつもの事務的な笑顔を浮かべた。
「はい、お疲れ様でした。討伐証明となるゴブリンの右耳の確認と、冒険者カードのご提出をお願いいたします」
マリーが、用意していたゴブリンの耳が入った袋と、三人の冒険者カードをカウンターに置いた。サーラは手際よく耳の数を数え、カードに何かを書き込んでいる。
「ゴブリン討伐、規定数クリアですね。獅子田様、マリー様、カーシャ様…確かに承りました。パーティーランクF、初依頼達成おめでとうございます」
サーラが淡々と告げた後、レオは少し躊躇いがちに口を開いた。
「あ、あの…実は、その…ゴブリンキングも、倒したんですけど…」
その言葉に、サーラの表情からいつもの事務的な微笑みがスッと消えた。彼女はレオの顔をまじまじと見つめ、数秒間の沈黙の後、信じられないといった口調で問い返した。
「…は? ゴブリン…キング、ですか? …お客様、それは本当でしょうか?」
「は、はい。森の奥の方に、やたらでかいのがいて…成り行きで戦うことになりまして…」
レオが慌てて説明すると、サーラはしばらくレオの顔を凝視していたが、やがてギルドの奥にあるギルドマスターの執務室の方へ鋭い視線を向け、普段からは想像もできないような大きな声で叫んだ。
「ギルドマスター! 緊急です! ゴブリン討伐に向かったFランクパーティーが、ゴブリンキングを討伐したと報告が上がっております!」
サーラの声に、ギルド内が一瞬静まり返り、次の瞬間、どよめきが起こった。「ゴブリンキングだと?」「Fランクが?冗談だろ?」といった囁きが聞こえてくる。
やがて、執務室の扉が勢いよく開き、屈強な体躯に歴戦の傷跡を刻んだ、片目に眼帯をした壮年の男性――アルテナ支部ギルドマスター、ドルガンが現れた。
「なんだと? ゴブリンキングを討伐しただと? サーラ、それは真か!」
ドルガンは、その鋭い隻眼でレオたち三人を射抜くように見据えながら、カウンターへと大股で近づいてきた。
「お前たちが、ゴブリンキングを討伐したというパーティーか? まだ新米の匂いがするお前たちが?」
「あ、はい。こいつが、その…ゴブリンキングが持ってた棍棒の一部です」
レオは、戦いの後で回収しておいた、ゴブリンキングが使っていた巨大な棍棒の先端部分(熊の爪で砕かれていた)をカウンターに置いた。それは明らかに通常のゴブリンが扱える代物ではなかった。
ドルガンはその破片を手に取り、じろじろと検分した後、再びレオたちの顔をじっと見つめた。
「ふむ…確かに、これはキング級のゴブリンが使う武器の一部だな。して、どうやって倒した? 初依頼のパーティーが、そう易々と倒せる相手ではないぞ」
「そ、それは…私の仲間が、その…ちょっと特殊な力を持っていまして…」マリーが助け舟を出すように言った。
レオは頷き、詳細は伏せつつも、熊に変身して戦ったことを簡潔に伝えた。ドルガンは眉一つ動かさずに聞いていたが、内心では彼らの言葉の真偽と、その底知れない実力に驚愕していた。
「…なるほどな。ゴブリンキングは、通常、ゴブリンの数が一定以上に増え、縄張りが安定した時に出現する。今回の討伐依頼の対象地域では、ここ数年キングの報告はなかったはずだが…何かの異変か。まあ、いい」
ドルガンは腕を組み、少し考え込む素振りを見せた後、ニヤリと口角を上げた。
「理由はどうあれ、お前たちがゴブリンキングを討伐したことは事実だ。Fランクパーティーによるゴブリンキング討伐なぞ、前代未聞の大手柄だ! 報酬は、通常のゴブリン討伐の数倍では済まさんぞ! 特別報奨金に、危険手当、さらにギルドからの祝儀も上乗せしてやろう!」
その言葉に、ギルド内が再び大きくどよめいた。
サーラが、奥の金庫からいくつかのずっしりと重い革袋を持ってきた。
「こちらが、今回の報酬となります。金貨5枚、銀貨150枚です。ご確認ください」
「き、金貨5枚!? 銀貨もこんなにたくさん…!」
レオは目を丸くした。今まで手に持ったことのない大金だ。
「すごいわ…! これで当分、宿代にも装備の修理や新調にも困らないわね!」マリーも興奮を隠せない。
「これも、レオさんが頑張ってくださったおかげですわ」カーシャが、レオに感謝の微笑みを向けた。
「いえ、マリーさんとカーシャさんがいてくれたからです。俺一人じゃ、絶対に無理でした」レオは謙遜しつつも、仲間への感謝を口にした。
その夜、レオ、マリー、カーシャの三人は、宿屋「風見鶏の羽亭」の食堂で、豪勢な夕食を前に祝杯をあげていた。テーブルには、ジューシーな猪肉の丸焼き、色とりどりの温野菜、焼きたてのパン、そして泡立つエールが並んでいる。
「初めての依頼達成、そしてゴブリンキング討伐、本当におめでとう!乾杯!」
マリーがエールのジョッキを高々と掲げ、朗らかに言った。
「ありがとう! マリーさんもカーシャさんも、本当にお疲れ様! 乾杯!」
レオもジョッキを掲げ、カーシャもにこやかに二人に続いた。カチン、と心地よい音が響く。
三人は、美味しい料理に舌鼓を打ちながら、今日の出来事を興奮気味に語り合った。
「それにしても、まさか初陣でゴブリンキングと鉢合わせするなんて、運がいいのか悪いのか…でも、レオさんがいてくれて本当に助かったわ。あの熊の姿、すごかった!」マリーは目を輝かせながら言った。
「ああ。本当に強かった。正直、もうダメかと思った場面もあったけど、みんなで力を合わせたから、勝てたんだと思う」レオは、仲間たちの顔を見ながら力強く言った。
「そうですね…。レオさんの熊のお姿…とても力強くて、頼もしかったです。少し…怖いくらいの迫力でしたけど、私たちを守ろうとしてくださっているのが伝わってきました」カーシャは、少し頬を染めながら言った。
「『百獣の王』のスキル、本当にすごいわね。あんなに強大な力だなんて…」マリーは、改めて感心した様子で呟いた。
「まあ、まだまだ全然使いこなせてないけどね。もっともっと、この力を理解して、スキルを磨いていきたいと思ってる。みんなを守れるように」レオは、謙虚に、しかし決意を込めて答えた。
三人は、夜が更けるのも忘れ、今日の戦いの興奮、手にした大金のこと、そしてこれからの冒険への期待を語り合い、祝杯を楽しんだ。
初めての依頼を大成功させ、多額の報酬と、そして何よりも確かな仲間との絆を手に入れたレオたち。
彼らの名は、このアルテナの街で、瞬く間に注目の的となっていくだろう。
冒険者としての彼らの物語は、まだ始まったばかりだ。