表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/39

ep 7

マリーとカーシャに案内され、レオたちがやってきたのは、アルテナの街の中心部に堂々とそびえ立つ石造りの大きな建物だった。入り口のアーチには、剣と盾を組み合わせた紋章と共に、「冒険者ギルド アルテナ支部」と彫られた立派な木製の看板が掲げられている。

一歩足を踏み入れると、そこは熱気と喧騒に満ちた広大なホールだった。高い天井からは魔法の灯りがいくつも吊り下げられ、壁一面には様々な依頼書クエストボードがびっしりと貼られている。屈強な戦士、軽装の斥候、ローブを纏った魔術師らしき人々など、多種多様な冒険者たちが酒場でジョッキを片手に談笑したり、依頼書を吟味したり、あるいは武具の手入れをしたりと、思い思いに過ごしていた。奥には長い受付カウンターがあり、数人の受付係が忙しそうに冒険者たちの対応に追われている。

「うわあ、すごい人出だな…。活気があるっていうか、なんというか…」

レオは、その圧倒的なエネルギーに満ちた光景に思わず声を上げた。

「ええ、アルテナは交通の要衝でもあるから、ここのギルドは大陸でも有数の規模なのよ。腕利きの冒険者もたくさん集まってくるわ」マリーが誇らしげに説明する。

「冒険者を目指す方は、皆さんここで登録の手続きをするんですよ、レオさん」カーシャがにこやかに付け加えた。

三人は人波をかき分け、受付カウンターへと近づいた。ちょうど手が空いたらしい、亜麻色の髪をきっちりとまとめた、知的な雰囲気の女性受付係にマリーが声をかける。

「すみません、こちらの者の冒険者登録をお願いしたいのですが」

「はい、かしこまりました。新規ご登録ですね。こちらの登録用紙にご記入をお願いいたします」

受付係はにこりともせず、しかし手慣れた様子で一枚の羊皮紙の書類を差し出した。

レオはマリーとカーシャに教えてもらいながら、名前、年齢(地球での年齢をそのまま書いた)、出身地(「遠い東の小さな村」と曖昧に記述)、得意な武器(「片手剣と盾」)、そしてスキルなどを記入していく。スキルについては、さすがに「百獣の王」とそのまま書くのはまずいだろうと考え、『身体能力強化(獣化)』と、少しぼかして記載しておいた。あまり目立ちすぎるのは本意ではない。

全て記入し終えた用紙を受付係に渡すと、彼女は手早く内容を確認し、何事もなかったかのように頷いた。

「記入漏れはございませんね。では、獅子田怜央様、マリー様、カーシャ様、パーティー登録も同時に行いますか?」

「あ、はい! お願いします!」マリーが即答する。

「承知いたしました。少々お待ちください。ギルドカードを作成いたします」

待つことしばし、受付係は三枚の金属製のカードを差し出した。表面にはギルドの紋章と名前、ランクを示す「F」の文字、そして裏面には何かの魔術的な紋様が刻まれている。これが冒険者カードらしい。

レオは自分のカードを手に取り、まじまじと見つめた。薄く、ひんやりとした金属の感触。

(これが、俺の冒険者としての第一歩か…。なんだか、本当に異世界に来たんだって実感が湧いてきたな)

感慨深い気持ちでいると、不意にホールの片隅から騒がしい怒声と、女性の困惑したような声が聞こえてきた。

視線を向けると、いかにもガラの悪そうな、錆びついた鎧をこれ見よがしに着込んだ大柄な男たち数人が、別のテーブルにいたマリーとカーシャに絡んでいるのが見えた。正確には、マリーたちが席を立とうとしたところを、男たちが立ちふさがっているようだ。

「よぉ、お嬢ちゃんたち、いいじゃねぇか、一杯付き合えよ。俺たちと組めば、もっと楽に稼げるぜ?」

リーダー格らしき、顔に大きな傷のある男が下卑た笑いを浮かべている。

「そうだぜ、こんな美人二人だけで冒険なんて危ねぇだろ? 俺たちが守ってやるよ」

別の男が、カーシャの肩に馴れ馴れしく手を置こうとする。

マリーは毅然とした態度でその手を払い、嫌悪感を隠そうともせずに言い放った。

「結構です。私たちには、あなたたちと馴れ合うつもりは一切ありません。失礼」

「そ、そうです…。私たち、急いでおりますので…」

カーシャも怯えながらも、マリーの後ろに隠れるようにして拒絶の意思を示す。

しかし、男たちはニヤニヤと笑みを深めるばかりで、引き下がる気配はない。

「つれねぇこと言うなよぉ。少しくらいなら、いいじゃねぇか。なんなら、このギルドの個室でゆっくり…」

男の一人が、マリーの腕を強引に掴もうとした。

その瞬間、男の腕は力強い何かに阻まれた。レオが、いつの間にか男たちの前に立ちはだかっていたのだ。

「彼女たちに、何かご用ですか?」

レオの低い声には、普段の快活さとは異なる、静かな怒気が込められていた。そのただならぬ雰囲気に、男たちはギョッとしてレオを見上げた。

「あぁ? なんだテメェは。コイツらの連れか? 邪魔すんじゃねぇぞ、ヒョロガキが」

傷顔の男が、レオを威嚇するように睨みつける。

「そうです。彼女たちは、俺の大切な仲間です。手を引いてもらえませんか」

レオは一歩も引かず、真っ直ぐに男たちを睨み返した。その瞳の奥には、獰猛な獣の光が宿っている。

レオの予想外の迫力に、男たちは一瞬たじろいだ。しかし、すぐに数の利を頼んで開き直る。

「仲間だぁ? 笑わせんな! テメェみたいなガキ一人に何ができるってんだよ!」

「どうせ口だけのひ弱な奴だろうが! 俺たちに逆らうとどうなるか、教えてやるぜ!」

三人目の男が、拳を握りしめてレオに殴りかかろうとした。周囲の冒険者たちも、何事かと遠巻きに見ている。

その瞬間だった。

レオの身体が、にわかに膨張を始めた。衣服がはち切れんばかりに筋肉が隆起し、全身が黒々とした剛毛に覆われていく。顔つきもみるみるうちに獰猛なゴリラのそれへと変化した。

「グオオオオオオッ!!」

突如として人間の姿から巨大なゴリラへと変貌を遂げたレオの姿に、ギルド内は水を打ったように静まり返り、次の瞬間、どよめきと悲鳴に近い声が上がった。

殴りかかろうとした男は、目の前に現れたゴリラの巨体に恐怖で足がすくみ、その場で尻餅をついた。

レオ(ゴリラ)は、その圧倒的なパワーで、まず尻餅をついた男の襟首を片手で軽々と掴み上げ、ぶら下げる。まるで猫の子を扱うようだ。残りの二人は、あまりの出来事に呆然と立ち尽くしている。

レオは、掴み上げた男を振り回すようにして威嚇し、残りの二人に向かって唸り声を上げた。その凄まじい威圧感に、男たちは完全に戦意を喪失した。

「ひぃぃぃ! ば、化け物だぁーっ!」

「た、助けてくれぇぇ!」

男たちは武器も何もかも放り出し、蜘蛛の子を散らすようにギルドから逃げ出していった。レオは掴んでいた男を床にそっと(それでもかなりの衝撃だったようだが)下ろし、彼もまた這うようにして後を追った。

一瞬の静寂の後、レオは元の人間の姿に戻った。周囲の冒険者たちは、まだ信じられないといった表情でレオを見つめている。

「マリーさん、カーシャさん、大丈夫ですか?」

レオは何事もなかったかのように、にこやかに二人に声をかけた。

「え、ええ…。ありがとう、レオさん。また助けられちゃったわね…」マリーはまだ少し驚きが抜けきらない様子だったが、安堵の表情を浮かべた。

「本当に、ありがとうございます、レオさん…。まさか、あんな風に…」カーシャは胸を押さえ、ほっと息をついた。

「気にしないでください。仲間が困っているのを見過ごすわけにはいきませんから」

レオがそう言って笑うと、マリーは感心したように息を吐いた。

「レオさん、本当に頼りになるわね。ますます惚れ直しちゃいそう」

「ええ、レオさんがパーティーにいてくださるなら、どんな冒険だって安心ですわ」

カーシャも心からの信頼を込めた眼差しをレオに向けた。

騒ぎを聞きつけたのか、先ほどの受付係が冷静な顔で近づいてきた。

「お客様、ギルド内での過度な暴力行為は慎んでいただきたいのですが…まあ、今回はあの者たちにも非がありましたし、見事な手際でした。彼らは要注意対象としてマークされていたチンピラでしたので、追い払っていただき助かります」

意外にも、お咎めはなかったようだ。むしろ、少し感謝されたかもしれない。

こうして、獅子田怜央は冒険者ギルドにその名を刻み、一騒動ありながらもマリー、カーシャと共に、冒険者としての本格的な活動を開始することになったのだった。良くも悪くも、彼の名は早くもギルド内に知れ渡ることになるだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ