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ep 6

アルテナの街での数日が過ぎた。レオは、マリーとカーシャが世話になっている宿屋「風見鶏の羽亭」の一室を借り、ここを拠点としていた。その宿屋の裏手には、朝の陽光が柔らかく差し込む、手入れの行き届いた中庭があった。そこでレオは、マリーから剣の扱い方を教わっていた。

「いい、レオさん? 剣はただ力任せに振り回すだけじゃダメ。相手の動きを正確に見切って、最小限の動きで、的確に急所を捉える必要があるわ」

マリーは木剣を構え、鋭い眼光でレオを見据える。その姿は、普段の快活な少女とは異なり、歴戦の戦士の顔つきだ。

「なるほど…。思っていたよりもずっと奥が深いですね」

レオは真新しい鋼の剣を握り直し、真剣な表情でマリーの言葉に耳を傾ける。スキルによる変身能力は強力だが、人間形態での戦闘技術も疎かにはできない。

「まずは、基本の構えから。足を肩幅に開いて、剣の切っ先は相手の喉元へ。左手は柄をしっかりと支え、右手は添えるだけ。いつでも俊敏に動けるように、膝を軽く曲げて重心を低く保つこと」

マリーの指示に従い、レオは剣を構える。最初はどこかぎこちなかったが、持ち前の運動神経と、「百獣の王」のスキルによる高い身体能力の恩恵か、数度繰り返すうちに見る間に形になっていく。

「次は、攻撃。剣を振り下ろす時は、腕の力だけじゃなく、腰の回転と踏み込みを意識して、体全体の力を刃に乗せるの。そして、相手の攻撃を避ける時は、ただ下がるだけじゃなく、相手の死角に入るように素早く体を捌く!」

マリーはそう言うと、手本を示すように鋭い踏み込みから木剣を振り下ろし、次の瞬間にはひらりと身をかわしてみせた。その無駄のない動きに、レオは感嘆の息を漏らす。

レオはマリーの動きを目で追い、何度も剣を振る練習を繰り返した。汗が額から流れ落ち、腕がだるくなってくるが、新しいことを学ぶ楽しさと、強くなりたいという一心で集中力は途切れない。

「最初はゆっくりとした動作でいいわ。一つ一つの動きを確認しながら、体に覚え込ませるの。徐々にスピードを上げていけば、自然と感覚がつかめてくるはずよ」

マリーの的確なアドバイスを受けながら、レオは黙々と剣を振るった。最初は空を切る音も頼りなかったが、次第に「シュッ」という鋭い音を立てるようになり、その太刀筋も安定してきた。

しばらく剣の稽古が続いた後、マリーはレオに盾を構えさせた。

「次は、盾の使い方ね。盾はただ攻撃を防ぐためだけのものじゃないわ。積極的に使って、相手の攻撃のリズムを崩したり、動きを封じたりすることもできるの」

「盾で相手の動きを封じるんですか?」レオは興味深そうに尋ねた。

「ええ。例えば、相手の剣戟を盾でがっちり受け止めて体勢を崩させ、その隙に剣で反撃する。あるいは、盾で相手の視界を塞ぎながら踏み込み、不意を打つ…なんてこともできるわ」

マリーは盾を構え、軽やかにステップを踏みながら、いくつかの実用的な戦術を実演して見せた。

「盾は、常に体の正面に構えて急所を守るのが基本。そして、相手の攻撃の種類や角度に合わせて、盾の向きや角度を瞬時に調整するのよ」

レオはマリーの教えに従い、盾の角度を微調整しながら、マリーが繰り出す木剣の軽い打ち込みを何度も受け止める練習をした。金属と木がぶつかる乾いた音が、中庭に小気味よく響く。

「盾を使った戦術も覚えておくと良いわ。例えば、相手の攻撃を盾で受け流す『パリィ』。上手く決まれば、相手の体勢を大きく崩すことができるわ」

レオは、マリーから様々な剣と盾を組み合わせた戦術を教わり、一つ一つ試していった。最初はタイミングが合わなかったり、バランスを崩したりもしたが、持ち前の集中力と飲み込みの早さで、驚くほどの速さでコツを掴んでいった。

中庭の隅、木陰に置かれたベンチでは、カーシャが薬草の調合をしながら、時折レオとマリーの稽古の様子を温かい眼差しで見守っていた。

(レオさん…本当に剣術の才能がおありになるのね。マリーさんの教えを、まるで乾いた砂が水を吸うように吸収して、どんどん上達されているわ…)

カーシャは、レオの真摯な努力と目覚ましい成長に感心しながら、自然と微笑みを浮かべていた。

一時間ほどの熱心な稽古が終わり、汗だくになったレオとマリーは、カーシャと共に宿屋の食堂へと向かった。活気のある食堂で、焼きたてのパンと具沢山のスープ、そして香ばしいソーセージが並んだテーブルを囲む。

「レオさん、今日の稽古、すごく良かったわ。特に最後の剣と盾の連携、もうすっかり様になってた。この調子で練習を続ければ、すぐに一人前の冒険者としてやっていけるわよ」

マリーは、パンをちぎりながら満足そうに言った。

「ありがとうございます。全部、マリーさんのご指導が的確だからですよ」

レオは少し照れ臭そうに笑った。実戦経験豊富なマリーの指導は、非常に分かりやすく実践的だった。

「レオさんは、本当に努力家でいらっしゃいますね。それに、誰に対してもお優しい心をお持ちです。きっと、多くの人に慕われる、素晴らしい冒険者になられることでしょう」

カーシャも、柔らかな声でそう付け加えた。

「ありがとうございます、カーシャさんも」

レオは素直に礼を言った。この世界に来てまだ日は浅いが、二人の存在は彼にとって大きな心の支えとなっていた。

和やかな食事が終わり、一息ついた時、マリーがふと真剣な表情になり、レオに切り出した。

「レオさん。…もしよかったら、私たちと一緒に、正式にパーティーを組んで冒険者をやりませんか?」

「え? 一緒に…ですか?」レオは少し驚いたように聞き返した。

「ええ。レオさんの強さはもう何度も助けられているし、その真面目な人柄も、私たちはよく分かっているつもりよ。何より、私たちはレオさんと一緒に冒険をしたいの」

マリーは真っ直ぐにレオの目を見て言った。その言葉には、嘘偽りのない誠実さが込められていた。

「私もマリーさんに賛成です。レオさんと一緒なら、どんな困難な冒険も、きっと楽しく乗り越えていけると思います」

カーシャも、力強く頷きながらマリーの言葉を後押しした。

レオは、二人の真摯な眼差しを交互に見た。異世界に来て、理不尽な目に遭い、訳も分からず放り出された。そんな中で出会ったマリーとカーシャ。彼女たちは、自分を偏見なく受け入れ、助けてくれた。そして今、仲間として正式に誘ってくれている。

レオは少しの間、何かを考えるように黙っていたが、やがて顔を上げ、晴れやかな笑顔で答えた。

「…分かりました。こんな俺でよければ、ぜひ、一緒に冒険をやらせてください!」

その言葉を聞いた瞬間、マリーとカーシャの表情がぱっと華やいだ。

「本当ですか!? やったー! ありがとうございます、レオさん!」マリーは思わず声を弾ませた。

「これから、三人で一緒に頑張りましょうね、レオさん!」カーシャも嬉しそうに微笑んだ。

「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」

レオは改めて頭を下げた。

こうして、獅子田怜央は、マリーとカーシャという頼れる仲間と共に、異世界アルテナで冒険者としての新たな一歩を、確かな絆と共に踏み出したのだった。

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