ep 5
土煙を上げて進んでいた馬車の一団は、やがて石畳の道へと変わり、その先には活気あふれる街の姿が見えてきた。高い城壁に囲まれ、多くの人々が行き交うその街こそ、マリーたちが話していた「アルテナ」だった。市場の喧騒、鍛冶屋の槌音、様々な言葉が飛び交う声。怜央にとっては、見るもの聞くもの全てが新鮮だった。
街の門を無事に通過し、一行が広場のような場所で馬車を停めると、ユリとミネが名残惜しそうに怜央のもとへ駆け寄ってきた。
「レオさん、本当に、本当にありがとうございました! あなたがいなかったら、私たちは…」
「おかげで、無事にパパとママのところに帰れます!」
二人の少女は瞳を潤ませながら、改めて深々と頭を下げた。
「どういたしまして。二人とも元気でな」
怜央が笑顔でそう言うと、馬車の奥から人の良さそうな商人風の男性と、優しそうな雰囲気の女性が姿を現した。ユリとミネの父親と母親だろう。二人は娘たちを力強く抱きしめ、その無事を涙ながらに喜んだ。
そして、夫婦は怜央の前に進み出て、深く頭を下げた。
「レオ様、この度は誠に、誠にありがとうございました。あなた様のおかげで、娘たちは無事に私どもの元へ帰ってくることができました。道中、護衛のマリー殿たちからもお噂はかねがね伺っております。このご恩は決して忘れません」
父親はそう言うと、ずしりと重みのある革袋を怜央に差し出した。
「これは、ささやかではございますが、私どもからの感謝の気持ちです。どうか、お受け取りください」
「いえ、当然のことをしたまでです。ですが…お気持ち、ありがたく頂戴いたします」
怜央は、彼らの真摯な気持ちを無下にはできず、報酬の袋を受け取った。中には、ずっしりとした金貨が数枚と、多くの銀貨が入っているようだった。この世界の貨幣価値はまだよく分からないが、かなりの額であることは間違いなさそうだ。
ユリとミネは、両親に手を引かれながらも、何度も怜央の方を振り返り、大きく手を振っていた。怜央もそれに応えて手を振り、一家の背中を見送った。
「さて、マリーさん、カーシャさん。お二人とも、これからどうしますか?」
怜央が振り返って尋ねると、マリーはほっとしたような表情で答えた。
「私たちは、この街でしばらく滞在する予定です。まずはギルドに今回の護衛任務の完了報告と、盗賊の情報を伝えなければなりませんし、少し休養も必要ですから。レオさんは?」
「俺も、この街で少し用事を済ませようと思っています。まずは、冒険者としての準備を整えたいんですよね。今のままじゃ、さすがに心許ないので」
怜央は自分の軽装を見下ろしながら言った。
すると、カーシャが少し遠慮がちに提案した。
「でしたら、レオさん。もしよろしければ、私たちと一緒に行動しませんか? この街には何度か来たことがありますし、レオさんのような強い方が一緒なら、私たちも心強いです」
「そうですね。レオさんさえよろしければ、装備を整えるのにも良いお店を知っていますよ」
マリーもにこやかに続けた。
「それは助かります! ぜひ、ご一緒させてください」
怜央にとって、世界の常識や情報収集は喫緊の課題だ。経験のある冒険者と行動を共にできるのは願ってもないことだった。
こうして、怜央はマリー、カーシャと共に、街の探索を始めることになった。
「まずは武具店ですね。レオさんの装備を整えましょう」
マリーの先導で、三人は大通りから少し入った、職人街のような雰囲気の一角にある「ドワーフの鉄槌」という名の武具店へと向かった。店構えは質実剛健といった感じで、中に入ると、壁一面に剣や槍、鎧や盾が所狭しと並べられ、鉄と革の匂いが鼻を突いた。数人の屈強な冒険者らしき客が、店主らしきドワーフと何やら交渉している。
「いらっしゃい! 何かお探しですかい?」
奥から現れたのは、背は低いが筋骨隆々とした、立派な髭をたくわえたドワーフの店主だった。その声は、店の外まで響き渡りそうだ。
「はい、武器と防具を探しています。初心者でも扱いやすくて、ある程度しっかりしたものを。あと、冒険に役立つアイテムも何かあれば見せていただけますか?」
怜央がそう伝えると、店主はニヤリと口角を上げた。
「へっ、初心者ねぇ。マリーの嬢ちゃんたちが連れてくるくらいだから、ただの初心者じゃあるめぇ。いいだろう、目にもの見せてやらぁ!」
店主は怜央の体格やマリーたちの様子をちらりと見て、何かを察したように奥の棚からいくつかの装備品を運び出してきた。
「剣なら、この鋼の片手剣はどうだ? バランスも良く、扱いやすい。盾は、取り回しの良いラウンドシールド。防具は、動きやすさを重視するなら、この硬革鎧だな。魔法生物の皮を使ってるから、見た目よりずっと頑丈だぜ」
店主はレオに様々な武具やアイテムを紹介し、それぞれの特徴を熱心に説明した。
怜央は、店主の説明を聞きながら、実際に武器を手に取って重さやバランスを確かめる。
(変身能力がメインとはいえ、人間形態でもある程度戦えるようにしておきたい。片手剣なら、もう片方の手で何かを持ったり、動物の前足の動きを阻害しにくいかもしれない。盾も、あまり大きいと邪魔になりそうだ)
考えた末、怜央は店主が勧めてくれた鋼の片手剣と、木製の芯に鉄で補強されたラウンドシールド、そして体にフィットする硬革の胸当てと腕当て、すね当てを選んだ。さらに、回復薬や解毒薬、火口箱、保存食といった基本的な冒険アイテムもいくつか購入することにした。
「お会計は、金貨3枚と銀貨15枚だ」
店主は、怜央たちが選んだ品物を手際よくカウンターに並べながら言った。
怜央は、先ほどユリたちの両親から貰った報酬の中から、必要な金額を支払った。金貨の価値はやはり高いようだ。
「まいどあり! なかなかいい目利きじゃねぇか、若いの。その装備なら、そこらのゴブリン相手なら負けねぇだろうよ。また何か入り用になったら寄ってくれ!」
店主はにこやかにレオたちを見送った。
武具店を出た怜央は、早速手に入れた剣を鞘に納め、盾を腕に装着し、革鎧の感触を確かめた。少し重いが、身が引き締まるような感覚だ。
「これで、少しは冒険者らしくなったかな」
マリーとカーシャも、レオの新しい姿を見て満足そうに頷いた。
こうして、レオはマリー、カーシャと共に、武器や防具、そして冒険に必要なアイテムを手に入れたのだった。異世界での冒険者としての第一歩が、確かに踏み出された。