ep 2
視界が暗転し、次に目を開けた時、怜央は湿った土の匂いではなく、乾いた草いきれとどこまでも広がる青空を感じた。先ほどまでの深い森とは打って変わって、そこは見渡す限りの大草原だった。遮るもののない地平線が、空と大地をくっきりと分けている。
「てか、ここどこだよ? さっきは森だったはずじゃ…まあ、どっちでもいいか。とにかく、現状把握だ」
強い日差しが照りつけ、じりじりと肌を焼く。生き残るためには、まず水と食料の確保が最優先だろう。しかし、その前に、あのふざけた女神から与えられたスキルを確認しなければ始まらない。
「確か…『百獣の王』とか言ってたな。こういう時って、お約束だよな…ステータス!」
レオがそう念じると、まるでゲームのように、目の前に半透明のウィンドウがふわりと現れた。
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名前:シシダ・レオ
レベル:1
職業:なし
スキル:
ユニークスキル:百獣の王
称号:なし
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「お、本当に出た。レベル1か。まあ、転生したてだし、最初はこんなもんか。で、『百獣の王』は…っと」
レオはスキル名に意識を集中する。すると、さらに詳細な説明がポップアップした。
《ユニークスキル:百獣の王》
効果:あらゆる動物・魔獣への変身能力。変身した対象の身体能力、特殊能力を完全に引き継ぎ、自在に操ることができる。変身解除後も、対象の能力の一部を短時間保持することが可能。
「あらゆる動物・魔獣…! しかも能力を完全に引き継ぐって、とんでもないスキルじゃないか? ライオンのパワー、チーターのスピード、ゾウの巨体、ハヤブサの視力…状況に応じて最適な動物に変身すれば、この世界でも余裕で生き残れるかもしれない!」
女神のことは腹立たしいが、このスキルは間違いなく破格の力だ。俄然、この異世界に対する興味と、生き抜いてやるという気力が湧いてきた。
「よし、早速試してみよう。まずは…空からの偵察だ。この広大な草原じゃ、どこに何があるか分からないしな。鳥…やっぱり、視力が良くて速く飛べる鳥といえば…ハヤブサだな!」
レオは目を閉じ、強く念じた。
「変身!――ハヤブサ!」
次の瞬間、レオの身体が眩い光に包まれた。人間としての骨格が急速に変化し、羽毛が肌を覆い、手足は鋭い鉤爪へと変わっていく。視界がぐっと広がり、色彩がより鮮やかに感じられる。全身が信じられないほど軽くなった。
光が収まった時、そこに立っていたのは、精悍な顔つきをした一羽のハヤブサだった。
「おお…! 本当にハヤブサになった! 翼を動かす感覚が、まるで最初から自分のものだったみたいに分かるぞ!」
レオは、本能とも言える翼の動かし方で、力強く地面を蹴った。バサッ、バサバサッ! 数回の羽ばたきで、彼の身体はふわりと宙に浮き、そしてぐんぐんと高度を上げていく。
「うわああああ! すごい! 気持ちいいいいいっ!」
初めて体験する空からの眺めに、レオは興奮を隠せない。風を翼で捉え、気流に乗る感覚。眼下には広大な緑の絨毯がどこまでも続き、遠くには山脈のシルエットも見える。人間の視力では到底捉えられないような、小さな生き物の動きまで手に取るように分かった。これぞ、猛禽類の王者の視界だ。
しばらくの間、レオはハヤブサの姿で大空を旋回し、空中散歩を満喫した。元の世界では決して味わえなかった解放感と高揚感が、彼の心を躍らせる。
と、その時だった。
鋭敏なハヤブサの視力が、地平線の彼方に小さく動く物体を捉えた。目を凝らすと、それは土煙を上げて進む数台の馬車の一団のようだった。
「ん? あんなところに馬車が…。人がいるってことか? ちょっと近づいてみよう」
レオは翼の角度を変え、目標に向けて滑空を開始した。みるみるうちに馬車との距離が縮まっていく。そして、彼の目に信じられない光景が飛び込んできた。
先頭を走る立派な馬車が、数人の馬に乗った男たちによって取り囲まれている。男たちの風体は荒々しく、手には剣や斧といった物騒な武器が握られていた。明らかに、まともな集団ではない。
「あれは…盗賊だ! くそっ、こんなところで襲撃かよ!」
馬車の方からは、微かに悲鳴のようなものも聞こえてくる気がする。護衛らしき数人が応戦しようとしているが、多勢に無勢といった状況に見えた。
「大変だ、助けなきゃ!」
咄嗟にそう思ったレオだったが、今はただのハヤブサの姿だ。このまま突っ込んでも、返り討ちに遭うのが関の山だろう。
「落ち着け…俺には『百獣の王』のスキルがある。ハヤブサだけが俺の力じゃない。あの盗賊どもを叩きのめせる、もっと強力な獣に…!」
レオの脳裏に、様々な猛獣の姿が浮かび上がる。果たして彼は、どんな動物の力でこの危機を打開するのだろうか?