ep 12
オークの群れを殲滅し、レオが疲労困憊で倒れ込んだ洞窟の広間。マリーとカーシャが駆け寄り、互いの無事を確かめ合った束の間の安堵は、しかし、すぐに不気味な静寂と、それを破る異様な音によって打ち破られた。
ピキ…ピキキ…ゴキッ。
洞窟の奥深くから、まるで空気が凍てつくような冷たい邪気が流れ込んでくる。それと同時に、先ほどまで血肉を撒き散らして倒れていたはずのオークたちの死体が、不自然な角度で関節を軋ませながら、ゆっくりと動き始めたのだ。
「な…なんだ…!? あいつら、まだ生きてたのか!?」
レオは、最後の力を振り絞って身を起こし、信じられない光景に目を見張った。
「違うわ! これは…アンデッドよ!」
マリーが、恐怖と嫌悪に顔を歪ませて叫んだ。
オークたちの瞳は濁った白色に変わり、腐敗しかけた肉が骨から剥がれ落ち、口からは呻き声ともとれない不気味な音が漏れている。それは紛れもなく、生命を持たない死者の軍勢――ゾンビオークだった。
「グオオオ…アアア…」
ゾンビオークたちは、生前の闘争本能だけを原動力とするかのように、再びレオたちに向かって襲い掛かってきた。その動きは生前より鈍重だが、痛覚を感じず、疲労も知らないため、より執拗で厄介だ。
「くそっ! やるしかない!」
レオは剣を握り直し、マリーは槍を構え、カーシャは杖を掲げる。しかし、彼らの体力も魔力も、先ほどの激戦でほとんど尽きかけていた。
レオの剣がゾンビオークの腕を切り落としても、マリーの槍が胴体を貫いても、カーシャの魔法が肉体を焼いても、ゾンビオークたちは全く怯むことなく前進を続ける。そして、致命傷を与えて倒したはずの個体すら、しばらくすると再び体を起こし、襲いかかってくるのだ。
「なんてこと…! 倒しても、倒しても、キリがないわ!」マリーの顔に焦りの色が浮かぶ。
「この邪気がある限り、何度でも再生してしまうようです…!」カーシャの声も震えていた。
(このままじゃ、ジリ貧だ…! 何か、何か弱点はないのか!? この邪気の源は…?)
レオは、ゾンビオークたちの腐敗臭とは異なる、洞窟の奥から漂ってくる、より濃密で冷たい邪気の匂いに気づいた。
(そうだ、匂いだ! 俺のスキルなら…!)
「二人とも、俺が弱点を探る! 少しだけ時間を稼いでくれ!」
レオはそう叫ぶと、素早く狼の姿へと変身した。人間の数千倍ともいわれる鋭敏な嗅覚が、洞窟内の様々な匂いを捉える。血の匂い、腐臭、そして…すべての元凶と思しき、禍々しい邪気の源流。
(あった! 洞窟の、あの突き当たりの壁の奥だ! 何か、強い邪気を放つものが埋まっている!)
狼となったレオは、鋭い嗅覚で邪気の源を突き止めた。しかし、そこへたどり着くには、再生を続けるゾンビオークの群れを突破しなければならない。レオは、見つけたゾンビオークの一体の核(心臓付近に感じられる、ひときわ強い邪気の塊)に狙いを定め、鋭い牙で噛み砕いた。ゾンビオークは一瞬動きを止めたが、周囲の邪気を吸い込むようにして、すぐに傷が塞がり始めた。
「ダメだ! 再生が早すぎる!」
弱点を見つけても、それを完全に破壊し尽くす前に再生されてしまう。レオたちの顔に、ついに絶望の色が濃く浮かんだ。疲労は限界に達し、マリーの槍を持つ手も、カーシャの杖を掲げる腕も、重く下がってきている。
「もう…これまで、なの…?」カーシャが涙声で呟いた。
その時、マリーが決意を秘めた瞳でレオを見つめた。
「レオさん! 私たちの力を、あなたに託すわ!」
「え?」
「カーシャ! やるわよ!」
「…はいっ! マリーさん!」
マリーとカーシャは、左右からレオ(まだ狼の姿だった)に駆け寄り、その体にそっと手を触れた。
「私たちの生命力と魔力、その全てをあなたに捧げます! どうか、この絶望を打ち破る力に!」
カーシャが祈りを込めて叫ぶと、彼女の体から温かな魔力の光が、マリーの体からは生命力を感じさせる力強い光が、レオの体へと流れ込んでいく。
「なっ! 二人とも、何を! そんなことをしたら…!」
レオは驚き、止めようとするが、仲間たちの強い意志と、流れ込んでくる膨大なエネルギーに身動きが取れない。二人の生命と魔力が、レオ自身の「百獣の王」のスキルと共鳴し、彼の魂の奥底で眠っていた何かが、激しく脈打ち始めた。
(これが…みんなの想い…! 俺は…応えなければならない!)
レオの全身が、今までにないほどの眩い光に包まれた。それは、単なる変身の光ではない。生命の輝き、魔力の奔流、そして魂の覚醒を示す、黄金色の光だった。狼の姿は溶けるように消え、代わりに現れたのは――
洞窟の薄暗闇を吹き飛ばすほどの輝きを放つ、巨大な翼。全身を燃え盛る聖なる炎に包み、天を衝くような高貴な鳴き声を上げる、伝説の鳥――不死鳥。
その神々しい姿に、ゾンビオークたちは一瞬動きを止めた。彼らの濁った瞳に、初めて恐怖とも畏怖ともつかぬ感情が浮かんだ。
不死鳥となったレオは、消耗しきったはずの体に、仲間たちの想いから生まれた無限の力が満ち溢れるのを感じていた。
(これが…百獣の王の…覚醒…!)
不死鳥は、その炎の翼を大きく広げた。洞窟内が、まるで真昼のように明るくなり、聖なる熱が満ちていく。
そして、不死鳥は天に向かって一声高く鳴くと、その翼から無数の炎の羽を降らせた。それは、ただ焼き尽くすだけの破壊の炎ではない。邪悪を浄化し、死者を安らかに眠らせる、聖なる浄化の炎だった。
炎の羽がゾンビオークたちに触れると、彼らはもがき苦しむのではなく、むしろ安らかな表情を浮かべた。その体から禍々しい邪気が霧散し、腐敗した肉体は光の粒子となって昇華していく。再生する間もなく、次々とゾンビオークたちは浄化され、その数を減らしていった。
最後に、不死鳥は邪気の源――洞窟の奥の壁に向かって、ひときわ強力な炎の奔流を放った。壁は瞬時に蒸発し、その奥に隠されていた、黒く脈打つ禍々しい魔石が露わになる。聖なる炎は魔石をも飲み込み、甲高い断末魔のような音を立てて、魔石は砕け散った。
邪気の源が消滅し、最後のゾンビオークも光となって消え去ると、洞窟には完全な静寂と、不死鳥の放つ聖なる光の名残だけが残された。
レオはゆっくりと人間の姿に戻った。不思議なことに、あれほど消耗していたはずの体力と魔力は完全に回復しており、体には仲間たちの温かい力が満ちている。しかし、力を使い果たしたマリーとカーシャは、その場にぐったりと座り込んでいた。
「マリーさん! カーシャさん! 大丈夫か!?」
レオは慌てて二人に駆け寄った。
「ええ…なんとか…ね。レオさん、すごい…本当に、不死鳥に…」マリーは、息を切らしながらも、驚きと安堵の表情で微笑んだ。
「私たち…レオさんのお役に立てたでしょうか…?」カーシャも、疲労困憊ながら、嬉しそうにレオを見上げた。
「ああ、二人のおかげだ! 本当にありがとう!」
レオは、二人を力強く抱きしめた。三人の絆が、絶望的な状況を打ち破り、新たな力を生み出したのだ。




