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百獣の勇者

理不尽な終焉と女神の気まぐれ

獅子田怜央ししだ れお、20歳。どこにでもいる、ごく普通の大学生だった彼の日常は、あまりにも突然、そして理不尽な形で終わりを告げた。

その日、怜央は自宅アパートの一室で、読みかけの小説を片手に、湯気の立つ緑茶をすすりながら、まったりとした午後を過ごしていた。窓から差し込む穏やかな日差しが、部屋の埃をキラキラと照らし出す。期末レポートの締切もまだ先、サークルの飲み会も昨夜で一区切り。まさに「何もしないをする」贅沢を味わっていた、その時だった。

ドォォォォンンン!!!

地鳴りのような轟音と、全身を突き上げるような強烈な衝撃。怜央が愛飲していた湯呑みが宙を舞い、熱い緑茶が畳に染みを作る間もなく、天井が、まるで紙細工のように崩れ落ちてきた。

「な、なんだ!? 地震か!?」

反射的に頭を庇おうとした怜央の視界に、信じられない光景が飛び込んでくる。粉塵と木片が舞い散る中、部屋の天井を突き破り、巨大な鉄塊が迫りくる。見慣れた青い塗装、泥に汚れた巨大なタイヤ――それは紛れもなく、大型トラックだった。

「トラック!? なんで部屋に…!?」

思考が追いつかない。理解が拒絶する。しかし、現実の脅威は容赦なく怜央に牙を剥いた。運転席は無人で、暴走しているのか、コントロールを失ったその巨体は、怜央の小さなアパートをいとも容易く破壊し、彼自身を、まるで虫けらのように跳ね飛ばした。

「うわあああああああっ!」

悲鳴とも呼べぬ絶叫が、崩壊する建物の騒音にかき消される。全身を襲う激痛、何かが砕ける嫌な感触。薄れゆく意識の中で、怜央は最後に思った。

「こんな…こんな死に方って、ありえないだろ…普通、トラックに轢かれるって言ったら道路だろ…なんで家の中で…」

それが、獅子田怜央の、あまりにもあっけない最期だった。

次に怜央が意識を取り戻した時、先ほどまでの激痛は嘘のように消え失せ、代わりにふわりとした浮遊感と、温かな光に包まれている感覚があった。目を開けると、そこは純白の、どこまでも続くかのような空間だった。先ほどまでの瓦礫と埃の世界とはまるで違う、清浄で、どこか現実離れした場所。

「ここは…どこだ? 俺、死んだんじゃ…」

混乱する怜央の目の前に、ふわりと光の粒子が集まり、やがて一人の女性の姿を形作った。絹のように艶やかな長い髪、慈愛に満ちた微笑みをたたえ、人間とは明らかに異なる神々しいオーラを放つ美女。しかし、その口調はどこか軽やかだった。

「やっほー! 獅子田怜央さん、だよね? いやー、今回はちょっと手違いというか、ごめんね、突然死なせちゃって」

女神と名乗るにはあまりにもフランクな彼女は、悪びれる様子もなく、にこやかにそう言った。

「え? えっ…と、どちら様で? それに、俺が死んだって…やっぱり、あのトラックは…」

「んー、まあ細かいことは気にしないで! 私? 私はそうね、この世界の管理者的な? 女神ってやつ? 最近さー、異世界転生ってのが流行ってるみたいで、私もちょっと試してみたかったのよ。ちょうど手頃な魂を探しててね」

女神の言葉に、怜央は一瞬思考が停止した。そして、次の瞬間、怒りがこみ上げてきた。

「…は? 試してみたかった…って、それだけの理由で、人を殺したっていうのかよ! 俺の人生、まだこれからだったんだぞ!」

怜央の魂からの叫びにも、女神はどこ吹く風だ。

「あー、ごめんごめん。でもね、怜央くん、実は今日、どっちみち君は死ぬ運命だったのよ。君のアパートの真下の階の住人がね、うっかり天ぷら油から火を出しちゃって、大規模な火災が発生。君は逃げ遅れて…っていう筋書きだったの。だから、トラックに轢かれるのと、焼死するのと、どっちがいいかって聞かれたら、まあ、一瞬で済むトラックの方がマシじゃない?」

「そんな理屈があるか! 火事なら助かる可能性だってあっただろ! なんで俺がお前の実験台に…!」

食い下がる怜央に、女神は「まあまあ」と手をひらひらさせ、話を強引に続ける。

「大丈夫、大丈夫! ちゃんとスペシャルなスキルは用意したから! これがあれば、新しい世界でもきっとエンジョイできるって!」

女神がそう言うと、彼女の指先から放たれた柔らかな光が、怜央の胸にすっと吸い込まれていった。途端に、怜央の脳内に直接、ある情報が流れ込んでくる。

《ユニークスキル:百獣のキング・オブ・ビースト

効果:あらゆる動物・魔獣への変身能力。変身した対象の身体能力、特殊能力を完全に引き継ぐ。

「[百獣の王]…? なんだこれは…動物に変身できるってことか?」

「そゆこと! ライオンにもなれるし、ドラゴンにもなれるかもよ? ファンタジーでしょ? これで君も異世界生活の勝ち組間違いなし! それじゃ、新しい人生、楽しんでねー! バイバーイ!」

女神は一方的にそう告げると、投げキッスでもするような気軽さで、再び光の粒子となって消えてしまった。後には、呆然と立ち尽くす怜央だけが残された。

「なんなんだよ、あの女神…ふざけんじゃねーよ…! 人の人生をなんだと…!」

叫びは虚しく、白い空間に響き渡る。しかし、次の瞬間、足元がぐにゃりと歪み、怜央の体は急速に落下していく感覚に襲われた。

「うわっ! ま、またかよぉぉぉ!」

視界が暗転し、次に目を開けた時、怜央は湿った土の匂いと、むせ返るような緑の匂いを感じた。周囲は見渡す限りの深い森。天を突くような巨木が生い茂り、見たこともない色鮮やかな鳥が鳴き交わし、足元には奇妙な形をした植物が群生している。明らかに、地球ではないどこか。

「まさか…本当に、異世界転生…しちまったのか…」

呆然と呟く怜央。理不尽な死、軽いノリの女神、そして与えられた謎のスキル。全てが現実離れしていて、頭が追いつかない。しかし、頬を撫でる風は生暖かく、土の感触はあまりにもリアルだった。

しばらくの間、怜央は地面に座り込み、空を仰いでいた。元の世界への未練、家族や友人への思い、そして何よりも、こんな形で人生を終えさせられたことへの怒りが渦巻いていた。

しかし、どれだけ嘆いても、現実は変わらない。女神の言葉を信じるならば、自分はもう、この異世界で生きていくしかないのだ。

「……まあ、いいか」

不意に、怜央の口からそんな言葉が漏れた。

「死んじまったもんは仕方ないし、あの女神に文句言ったって戻れるわけでもねえ。だったら…」

怜央はゆっくりと立ち上がり、土を払った。彼の目には、先ほどまでの絶望の色は薄れ、代わりに、ふつふつとした何かが湧き上がってきていた。それは、困難な状況に置かれた時ほど燃え上がる、彼の持ち前の前向きさと、未知への好奇心だった。

「せっかくこんな世界に来ちまったんだ。スキルも貰ったことだし…やってやるよ。あの女神が後悔するくらい、この世界でデカいことやって、楽しんでやる!」

獅子田怜央。元・平凡な大学生。現・異世界転生者。手にしたスキルは「百獣の王」。

彼の瞳には、獰猛な獣のような光が宿り始めていた。

果たして、彼はそのアニマルパワーで、異世界を無双し、成り上がることができるのか?

それとも、想像を絶する困難が彼を待ち受けているのか?

獅子田怜央の、波乱万丈にして予測不可能な異世界転生譚が、今、まさにその幕を開けようとしていた。

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