1 白い麗人
ラナダ・プロテクトール。
今年で14歳になった。
この歳になると危機管理能力が少しはついてきているはずだ。多分。
そんな俺でもわかる。初対面で「ついてきてほしい」はアウトだ。
目の前にいる背の高い男を見上げる。
ああ、整った顔してるな腹立つ。
男を睨みながら妹を庇うように腕を広げる。
「あれ?変な奴だと思われてる?だがセルビーは君のお父上の名だろう?」
不審者は心外だとばかりにため息をつきながら言う。
そんな男の様子を見ていると余計に腹が立ってきた。
「その通りですが、父は不在です。お帰りいただいてもいいですか?」
そのせいか、口から出た言葉は自分が思ったよりもだいぶ棘があったように感じた。
まあ、元々キツく言うつもりだったので問題ない。
妹は少し怯えているようだったが。
「違う違う。最初に言った通り、用があるのは君たちだ。ラナダ・プロテクトール、フェリシダ・プロテクトール、2人についてきてもらいたい」
やっぱり腹立つ。少し笑いながら言うコイツはこの程度の言葉はなんてことない、と言外に語っていた。
むしろ可愛い反抗くらいにしか捉えられていないだろう。ああむしゃくしゃする。
ーそうじゃない。今、なんて言った?
俺と妹の名前が出なかったか?
父は別に有名人じゃない。ただの軍人だ。
まあ、噂好きのご近所さんなら見知らぬ人にも教えそうな気もするが。
だから父さんの名前を聞いただけでは、少し怪しいなとしか思わなかった。
だが、俺と妹のフェリシダは違う。ご近所さんも子どもの名前は教えない。
じゃあ、なぜ知っている?
こいつは誰だ?父の知り合いかだろうか。
とりあえず警戒を強める。
「父の知り合いですか?そもそも、ついて行くって言ったってどこへ?」
「それはついてからのお楽しみで。国家機密事項も絡んでくるから、ここで話せない。君たちのお父上とも関係する話もあるんだけど、聞きたいだろう?
ああ、拒むことはできないよ。最終的には引っ張って連れて行くからね
なにせ『国家機密』だし」
なんだこいつ。父さんの知り合いだと思うが、それにしても国家機密ってなんだ?
父さんのことは知りたいが、危ないことには関わりたくない。
父が関わりうる国家機密は軍事関係だろう。
軍の機密、、、絶対に嫌だな。
でも拒否はできない。なら
「わかりました。ですが、ついて行くの俺だけです。妹は置いていきます。」
「え!!お兄ちゃん!?」
後ろで狼狽えながら成り行きを見守っていたフェリシダが口を開いた。
大きな声だった。よほど驚いたのか、ポロッと口から出たのだろう。本人も口を押さえている。
数秒後、後ろからパタパタと足音が近づいてきた。母さんの音だ。振り返って姿を確認する。
「ラナダ?フェリシダ?どうしたの?なにかーーあら?貴方はーーー」
いつも通りの母さんが男を見た瞬間、少し、ほんの少しだが辛苦の表情を浮かべた。
「ああ、お久しぶりです奥さん。申し訳ないですが、時期になりましたのでお迎えにあがりました。よろしいですか?30分ほどでしたらお待ちしますよ」
「ーいえ、結構です。時間をいただいてしまったら、離れ難くなってしまいます」
そう言って母は眉を下げて笑った。
母さんは、知っているのだろうか。こいつのことも、父さんのことも。
横に目を向けるとフェリシダも訳がわからいようで頭を抱えている。
ー妹も、一緒に行くことになりそうだな。
どうせ、ここでは話してもらえないだろう。
静かに待つか。
「少し待っていただけますか」
話が続くと思っていたが、そうではないようだ。
母さんは家の奥に戻って行った数十秒後、木でできている、何か細長いものを持ってきた。
両手に収まりそうなそれを俺に渡して俺の手を握りしめた。
「それは、お守りだから。いつも持っていなさい。
ーこれくらいなら、渡してもいいですよね?」
「ええ、あちらでも同じものを渡す予定でしたし。そのくらいなら構いませんよ」
お守り。手の中にあるそれは見た目より重く、ずっしりとしていた。
ーこれは、見たことがある気がする。
父さんが昔使っていた小刀ではないだろうか?
フェリシダが覗き込んでくる。これを一目見たのち、母に私には?と尋ねていた。
「フェリシダには、まだ早いかな」
「そうなの?じゃあいいや、ついて行ったら同じもの貰えるっぽいし」
待て。こいつの中ではついて行くのは決定事項なのか?心なしか楽しそうに見える。
よく考えていないのか、今日ばかりはその頭を羨ましく思う。
母さんは苦笑いしていた顔を真面目なものに戻し、俺たちに言った。
「多分、しばらくは会えないと思う。けど、2人なら頑張れるわ。絶対に、元気でいてね。それだけが母さんからのお願い」
離れるつもりはなかったのだろう。フェリシダは「・・・え?あ、なんで・・・」と零している。
『国家機密』の言葉を聞いた時点でそんな予感がしていた俺はやっぱりな、としか思わなかった。
でも、拒否ができないと言われている時点で嫌でもどうしようもないのだ。
割り切るしかない。
俺は狼狽えるフェリシダの腕を掴み
「母さんも、元気でね」
と言う。
母はまた眉を下げて笑っている。
俺には母さんが強がっているようにしか見えなかった。
「うん、そろそろいいかな。じゃあ、行こうか」
空気も読めないのか、心でそんな悪態をつきつつ、相手を見やる。
相変わらず飄々とした笑みを浮かべている。
フェリシダの瞳は膜を張っているが、どうにか破らないよう強がりな本人は必死なようだ。
「・・・わかりました。よろしくお願いします」
これまた思ったより低い唸るような声が出たが、構うもんか。
フェリシダを引っ張りながら外へ一歩踏み出した。
俺も妹も母の顔は見ることができなかった。
「そういえば、あなたをなんて呼んだらいいですか」
俺はふと疑問を口にした。やはり態度はよくない気がするが。
フェリシダも落ち着いてきたのか、あ、確かにと呟いて気になっていたことを口に出す。
「名前、教えてください!あと、お母さんと会えないってなんでですか!」
男は目をパチクリさせたあと、ふはっと笑った。
「割り切るのが早いね、特にフェリシダ。
そうだね、自己紹介がまだだった。
私はトリス・フスティーシア。
君たちの上司になる。」
「上司?」
俺とフェリシダの声が重なる。
「詳しい話はあとで。でもそうだな、これだけは言っておこうか。
君たちには学校に行ってもらうよ。全寮制で、一時帰宅も認められていないからしばらくはお家には戻れないんだ。」
俺とフェリシダで目を合わせる。
そして、トリスと名乗る男を見上げた。
「が、学校?」
「なんの?」
「働くための学校さ!君たちのお父上と同じようにね」
働く、父と同じように。そんな学校、この国には一つしかない。
「まさか、軍の学校、ですか?」
フェリシダはまた何が何だかわかっていないようだ。とりあえず理解しているふりをしている。
「その通り!ちょっと特殊なんだけどね。あれ?お父上からなんの話も聞いてない?お母さんも何も言ってないの?」
「え、はい、何も聞いていませんが・・・」
そう伝えるとトリスは明らかに失敗したというような顔をしていた。
「微塵も?私のことも?お父上の仕事のことは?」
「軍の仕事、としか。その他のことは何も」
「あそこで切り上げたの間違いだったかも・・・。てっきりラナダだけでも聞いてると思ったから。
あいつも何考えてるんだか」
そう言ったトリスの顔は遠いところを思い浮かべているようだった。
話していると一台の車の前に着いていた。
黒く傷一つないその車は夕暮れの赤い陽の光を綺麗に反射していた。
「さて、この車に乗ってくれるかな?細かい話は中でするからさ」
そう言って俺たちは車の後部座席に通された。
ベルトを締め、一息ついた時、車はゆっくりと進み始めた。
車、初めて乗ったな。フェリシダも忙しなくあちこちを見回している。新しいことには興味津々なようだ。
くすりと笑い声が聞こえ、その方向に2人で顔を向ける。
その視線に口に手を当てたトリスが楽しそうに応えた。
「そんなに面白いかな?自由に見ていいからね。
でも、そろそろ話そうか。まずは君たちのお父上のお仕事からかな」
ついに書き始めてしまいました。
拙い文ですが、楽しんでいただけると嬉しいです。
この話の最初の国、モデラドの街並みはレイコック村(ラコック村)を想像してください。
車とかはありますがあまり普及してないようです。
街並みは英国ですが、全体的なモチーフはまた違う国です。
誤字脱字等はじゃんじゃんご指摘ください。