プロローグ
小さな頃、父にはたくさんのことを教えてもらったと思う。
読み書きに始まり、料理や裁縫といった生きていく上で必要なものから、魚の捌き方や食べられるキノコの見分け方などのサバイバル術のようなものまでなんでも仕込まれた。
でも家事は基本母の担当で、普段から料理やらをしているわけではない父が教えた理由はわからない。
そんな父が自身の術を教え始めたのは、俺が生まれて5度目の誕生日を迎えた頃だったはずだ。
ー何をそんなに急いでいたんだ?
妹も俺より後だが同じように教えてもらっていたはずだ。
だが、やはり6歳までには教えてもらい始めていた気がする。
他の家でもそんな幼い時から教えられるものなのだろうか。
家事は置いておいて、サバイバル術とかは平和なこの国で生きていくなら必要ない。
この国モデラドは小さいが、とても平和な国だ。
王様が穏健派なのもあるだろうが、地域柄なのか遥か昔からおっとりとした人が多いのが大きな理由だろう。
周りの国々は、しょっちゅう戦争なりなんなりをしているが、こちらには関係ないことだ。
家もぼろ家なわけじゃない。裕福でもないが、この国でよく見るレンガでできた普通の家だ。日常を送るのに何ら不便はない。
ただ、いつもの帰宅時間を1時間すぎても帰ってこない父が珍しく、いつも頭の片隅に浮かべていたことが徐々に思考の大半を占めるようになってきた。
父との思い出を振り返ると、なぜ今まで放置していたのだろうと思うほどに。
考えれば考えるほど、この事以外は全く手につかない状態になってしまった。
早く会って答えを聞かなくては。そんな衝動に駆られる。
しかし、そんな感情に反して父は一向に帰ってこなかった。
父を見なくなってから5日が過ぎた。
現在午後7時32分。
毎日夜7時までには帰ってくる父が連絡もなく5日も帰宅しないのは流石に妹も異常事態と感じたようだ。外をちらちらと気にしている妹を連れて庭先で待つことを決意し、母に伝えた。
玄関で靴を履くためにしゃがみ込むと外から一定のリズムを刻む音が聞こえてきた。
カッ カッ カッ
父の音ではない、その音は確かにこちら側まで近づいてきている。
何とも思っていない妹とは裏腹に静かな焦りが自分を包んでいる感覚に陥る。
ご近所さんの足音でもない。新聞配達の兄ちゃんの音でもない。
その音はいつのまにか目の前の扉の向こう側で止まっていた。
母さんか父さんの知り合いだろうか?
自分は知らないこの音から何か嫌な感じがしたのだ。
普段なら躊躇いなく行う「扉を開ける」という行為がここまでやりたくないように感じたことはなかった。
母を呼ぶため踵を返そうとしたが、それを阻むように扉を叩く音がした。
急かすようなリズムは今すぐ扉を開けろと言わんばかりで、抗えずにドアノブに手をかけた。
何の変哲もない木の板が今や鋼鉄のように感じられる。
ゆっくりと力を込めてノブを下す。
後には引けない、もうここまで来たらどうしようもないだろう。
決意を固めて力を込めてドアを押したのが間違いだったのかもしれない。
そこには、今までに見たことがないほど美しい人が立っていた。
ただただ白い、と思った。
肌は血の色を感じさせないほど色がなく、まっさらな白いロングコートと同じ色の中折れ帽を身にまとっている。
伸ばされた白金の髪は腰まであり、パッと見た限りでは性別はわからない。
10人中10人が美しいと答えるような、まあ容姿で困ったことがなさそうな人だ。
妹も驚いたのか、目の前の麗人をじっと見つめていた。
そんな妹を横目にふと思った。
俺や妹の茶髪とは大違いだ、と。
いや、茶髪が汚いというわけではないが。
麗人について思考しながらじっと見ていると相手の方が先に口を開いた。
「こんばんは、セルビーの子どもたちだよね?君たちについてきてもらいたい」
胡散臭い笑顔とやや低い美声でそんなことをほざく白い麗人を不審者と捉えてしまった俺は悪くないと思う。
とても拙い文で読みにくかったらどうしようと焦っています。
プロローグでは設定をほぼほぼすっ飛ばしたので
ぜひぜひ1話も続けて読んでください。