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脳の海  作者: エイジ
12/16

短編「写真」

短編です




「宇宙の始まりはビックバンと呼ばれています。だって、景? 聞いてる?」


そう俺に話しかけるのは愛梨沙。幼馴染だ。宇宙の話題で俺を釣れなかったことを悟り、そっと手に持っている「宇宙の教科書」という題の本を閉じている。


 悪いがこっちは今それどころじゃない。もう時期迫る夏の写真コンクールの締切がすぐそこまで迫っていた。

 数学の参考書を片付け、「ごめん、もう行かないと、」と言って、俺は図書室を出た。


 今日の課題は終わった。丸一日かけて被写体探しだ。

「ちょっと!」という愛梨沙の声のようなものが後ろから聞こえるが、彼女のじゃれあいに関わっている暇はない。



 写真部の部室につくと、まだ数名が残っていた。コンクールの詳細や、連絡事項などが張り出されたホワイトボードを入念と見つめる。時間はまだ十七時前で、締切は二日後だ。


 これならなんとかなる。写真をjpegで開催元に場所や機材を明記で送信しなければならなかったが、校内でも我が校の写真部はこんな写真を提出しましたよ、と証拠のような展示を毎回しており、そちらにも追加で一枚現物を提出しなければならない。


 俺が写真部に入ったのはいかにも緩そうだったからだ。でも入ってみたら入ってみたで、みんな生真面目なのだ。緩くもあるがやる事はきちっとやる。だがその居心地は悪いものではなかった。


「おぉ、景。遅いな。被写体は決まったの?」と部室の奥から眼鏡が話しかけてくる。

 彼の名前は智樹。少し髪がボサボサなのが目に入るが、彼はそれをあまり気にしていない。


「それが、まだなんだよ。今から決める、スマホで何枚か撮るよ」

「大丈夫か?」

「そういうお前はどうなんだよ」と聞いてみた。

 すると彼は待っていたかのように口を開き、

「俺か? 今提出が終わったところだ。聞いてくれよ、今回は構図にこだわったんだ、」


 これは長くなりそうだ。「ごめん、後で聞くから!」と逃げるように俺は部室から出た。



 結局その日は被写体は決まらなかった。木を下から撮ってみたり、道端の花や風景など数枚、撮りはしたのだが、どうもしっくりこない。

 これでも一端の写真部としてのめんどくさいプライドがある。自分の中の戦場カメラマンが「これは違う、これも違いますねぇ」と丁寧に言うのだ。



「未来形では主語と動詞の間にwillが入って、これからすることを表します。例えばーー」


 例えば俺ならI will take a picture. といった感じになるのだろう。ペンを回しながら授業を聞く。みんな眠くならないんだろうか。


 ぼーっと考え事をしながらその日は授業を聞いた。被写体のこと、コンクールのこと、最近読んでいる漫画のこと、そして、

「景、今日隣町で少し早いけど花火あるんだって、観に行こうよ」と声をかける愛梨沙のこと、は考えてはいない。

「それ、いいね」

「本当? 花火、見たかったんだよね」と彼女は嬉しそうだ。


 俺も嬉しい。

 花火を撮って、提出することにした。綺麗に撮れれば写真としてもいいものになるだろう。 

 救いの手を伸ばしてくれてありがとう愛梨沙、と心の中で彼女に感謝を告げ、二人で下校した。



 今が六月で、梅雨明けがまだだということを忘れていた。

 電車を降り、神社へと向かう通りを歩いている最中、突然雨が降り出した。

 その雨は最初こそ小降りだったものの、すぐに大粒の雨になり、土砂降りになってしまった。

 神社へと慌てて向かうが、この雨では花火はできない。やがて雨は弱まるも、なかなか降り止まない。

「残念、中止だね。またこよっか」と彼女が言い、思い出した。この神社、前にも訪れたことがある。

 花火は撮影できなかったけど、写真は決まった。

 一枚スマホで写真を撮ることにした。





 私の学校の掲示板は、文化部がコンクールなどに応募した物を、我が校はこんなものを提出しました、と見せしめの様に展示している時がたまにある。

 美術部や、書道部、新聞部の作った新聞など様々で、ほとんどは取るに足らないのだが、中にはほんとに同じ学校の生徒が作ったの? と疑うような目を見張る作品もあり、それを眺めることは生徒たちの楽しみの一つだ。

 私のお目当ては写真部。景の撮ったしょうもない写真を見て、下手だなと笑うのが楽しみだった。

 しかし彼も学習するらしく、最近は写真の色調をいじった物を提出する様になっており、無駄な足掻きをみせている。


 最近は夏のコンクールの締切が近いらしく、何やら忙しいみたいで、バタバタしていた。

 息抜きとして花火に誘ってみたはいいものの、突然の雨で中止になってしまったのが少し残念だ。


 今日もその掲示板を覗いてみる。あった。写真部の展示だ。どれどれ、と横から見ていく。

 智樹の写真は紫陽花だ。

 かなり近い距離から撮られており、奥の風景がすこしぼやけていて紫陽花の存在感が際立っていた。空の青と紫陽花の青の対比がよくわかり、いい写真に思える。


 そして、景の写真が目に入った。あれ、これ、私のやつじゃん。

 そこには、私がいつもカバンに着けている古びた御守りの写真が写っていた。

 なにこれ、こんなんでいいの? と思ったが、彼の写真だ。私の御守りに魅力を感じたのだろう。私は少しだけいい気分で教室へと向かった。

 


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