一緒にランチ
「飯だ〜! 飯どうする?」
午前中の授業が終わると、智宏が昼食を誘ってくれる。
「一応持ってきてる」
「じゃあ、一緒に食おうぜ」
「ああ」
智宏に誘われた日幸がカバンの中から弁当箱を取り出すと、わずかなざわめきが耳に届く
「こんにちは」
その声に怪訝なものを覚えた日幸が視線を向けると、そこから姿を見せたのは目も覚めるような美少女だった。
長い黒髪に整った顔立ち、それはわすれもしない、先日お見合いをして許嫁になったばかりの少女――「米澤花純」だった。
「あ」
男性陣からの視線を一身に集めながらも、そんなことを意にも介した様子を見せない花純は、日幸に微笑みかける。
「私もご一緒してよろしいですか?」
「も、もちろん」
耳にかかる髪を掻き上げるさりげない仕草に胸をときめかせたことを気取られないようにしつつ、日幸は花純からの申し出を受け入れる。
「ありがとうございます」
その言葉に目を細めた花純は、適当な椅子を拝借して日幸の机の横に置く。
「あれ、米澤さんじゃん」
「なんでこっちに?」
「今までこんなことなかったのに」
「あら、じゃあ私も混ぜてもらおうかな」
クラスが違うというのに、なぜかやってきた花純に小さくざわめく中、弥生が名乗りでてくる。
「いいですか?」
「もちろん」
弥生の申し出を聞いた花純に尋ねるられた智宏が快く受け入れる。
当然日幸にも異論はないため、首肯で応じる。
「どうも」
智宏の言葉に軽く応じた弥生は、意図して花純の隣に腰を下ろす。
普通に空気が読める智宏は、自分と花純の間に割って入った弥生の意図を汲んで場所を変える。
「すみません、突然お邪魔してしまって」
「いや、そんなことないっす」
花純に言われ、智宏はわずかに顔をにやけさせる。
そんな智宏から視線を向けた花純は、自分を見る日幸の顔を見て、わずかに首を傾ける。
「どうしました?」
「いや、当たり前だけど制服なんだなって」
花純の問いかけを受けた日幸は、高校の制服を見て呟く。
「そうですよ」
お見合いの時に着ていた着物が相当強く印象に残っているらしい日幸の言葉に、花純は微笑んで応じる。
「前に会った時と雰囲気が違うから驚いた」
高校指定のブレザーを来た花純は、清楚でありながら、先日の着物姿とは異なる印象を感じさせる。
着ているものが違うだけで全く印象を変える花純の――あるいは女性の魅力に、日幸は思わず感嘆の声を漏らしていた。
「え? なに、お前ら知り合いなの?」
親しげなやり取りをする二人の様子にただならぬ関係性を感じ取った智宏が尋ねると、日幸と花純は顔を見合わせる。
「はい。日幸さんは、私の許嫁です」
そう言って花純は、麗らかな春の木漏れ日を思わせる微笑を浮かべる。
「へぇ、許嫁……え? は? はああああああっ!?」
花純の言葉を聞いた智宏は、惚けた様な口調から驚きの声を上げる。
そしてそれは智宏に限ったことではなく、聞き耳を立てていた教室内のほぼ全員が全く同様の反応をしてざわめく。
「うるさいな」
(まあ、気持ちは分かるけど)
唯一の例外である弥生は、智宏の声にわずかに顔をしかめながらも、内心ではその心中に共感していた。
実際、先日花純からそのことを聞かされた自分も似たような反応をしていただろう。
そんな反応を見ながら、日幸と花純は視線を交錯させ、どちらからともなく苦笑めいた笑みを零す。
(まあ、こういう反応になるよな)
同じ高校に通うことが分かっていたため、二人はどうやって接するのかを事前にメッセージで決めていた。
学校ではできるだけ接点を持たずに関係を隠すことも、許嫁になったことだけは隠して知人として接する事もできた。
日幸にとっては新天地であるため大きな問題はなかってが、ここで暮らしてきた花純にとっては今後にも関わる重要な選択だ。
あらぬ誤解を招くかもしれないし、いらぬ噂を立てられるかもしれない。
奇異の目で見られ、これまでよりも学生生活を送りづらくなってしまうかもしれない。
だが、花純はそれを全て承知の上で許嫁になったことを隠さずに過ごすことを提案してくれた。
『隠すような後ろめたいことをしているわけではないから問題ないですよ』
と返ってきたメッセージには、驚きと感嘆と、嬉しさを覚えたことをはっきりと覚えている。
「え? なに? どういうこと!? お前ら、そういう関係なの!?」
穏やかな笑みを浮かべている花純の横顔を一瞥した日幸に、愕然とした様子で智宏が尋ねる。
そのあからさまな反応に苦笑を浮かべた日幸は、簡潔に答える。
「爺ちゃん同士が昔酒に酔った勢いで冗談半分で言ってただけだよ」
「ええ。そのご縁で先日お会いしまして。じゃあ、とりあえず許嫁をしてみようかという話になっただけですよ」
「え? なんでそうなるの?」
日幸の言葉を補足した花純に、智宏の顔に?が浮かぶ。
祖父同士が酒の勢いでそんな話をしたことくらいならまだしも、それを当事者同士が了承して実行したとなれば、そんな顔になるのも当然だろう。
実際、そのやりとりを聞いていたクラスメイト達も智宏と似たような反応を見せていた。
「なんていうか、成り行き?」
「そうですね」
実際智宏達の反応も理解できるため、首を捻った日幸が漠然と答えると、花純も同意を示す。
「……世の中には不思議なことがあるんだな」
似たような反応をみせる日幸と花純に、奇妙なものを見る目を向けた智宏は、感慨深げに呟く。
「そんなことよりご飯にしましょ」
その様子を見ていた弥生は、そう言って自分の弁当箱を開ける。
「そうだな」
その言葉に頷いた智宏が弁当を開けると、日幸と花純もそれに続く。
「相変わらず凝ってるわね」
花純の弁当を横から覗き込んだ弥生は、彩りまで考えられたその中身に感嘆の声を零す。
「昨日の夕飯の余りと冷凍ものばかりですよ。お野菜は家で作ってるものですし」
弥生の褒め言葉に謙遜しながら応じた花純は、弁当箱を差し出す。
「あーあるある。うちもそんな感じだわ。規格外の野菜とかずっと入ってる」
「でも自分でお弁当作ってるんでしょ? たいしたものよ。ちょっと一つ拝借――おいし」
農家あるあるなのか、花純の言葉に同調する智宏の言葉を聞きながら、当然のように友人の弁当へ端を伸ばす。
それを拒否せず、取りやすいように弁当箱を差し出してくれた花純に感謝しつつ、拝借したおかずを食べた弥生はその味に舌鼓を打つ。
(お見合いでも料理はしてるって言ってたな)
「慣れですよ。それにほとんどは夜に作っていますし、朝は詰めるだけですから」
関心した日幸が花純に尊敬の念を抱いていると、当の本人は、事も無げに応じる。
「いや、そうだとしても無理ね。私、朝はギリギリまで寝てたいタイプだから」
「俺も」
花純の言葉に弥生が答えると、智宏も深く共感して頷く。
智宏と弥生、そして花純から視線を向けられた日幸は、自分の意見を求められていることを察して答える。
「そうだな。毎日当たり前にやるのは、すごいことだと思う」
「そうですか? ……ありがとうございます」
日幸の言葉に少し照れたように応えた花純は、満更でもないように見えた。
その後も、日幸と花純、智宏と弥生の四人は他愛もない会話をしつつ、転校初日の昼食の時間を楽しんだのだった。