転校初日
朝の日差しが差し込む中、真新しい制服に袖を通した日幸は、軽く身だしなみを整える。
「行ってくる」
「はい。気をつけて」
洗濯物を干している母に見送られ、日幸は家を出る。
時期や作物にもよるが、農家の朝は早い。
祖父と父はすでに仕事に出かけており、祖母と母は家のことをしてから合流して仕事を手伝う。
それがこちらに引っ越してきてからの国本家の朝の光景だった。
ほぼ同時に妹の安奈も家を出ているが、特に言葉を交わすでもなく二人は各々自転車に乗って登校する。
「県立藤之島高等学校」。
それが、こちらに越して来た日幸が通う高校だ。
昨今の世情に漏れず、少子高齢化によっていくつかの高校が統合されたこの高校は、この辺りでは唯一の高校になっていた。
高校だけではなく、別の区画にある中学校も同様であり、安奈はそちらに登校している。
そんな藤之島の一室――二年一組が、日幸の通うクラスになる。
「早速だけど、今日からこのクラスに転校生が来ます」
三十人ほどの生徒がいるクラスに響く快活な声は、二年一組の担任である「桃山涼音」の声だった。
学校の教諭の中では群を抜く整った容姿を持ち、密かに憧れている生徒も多い担任に呼ばれ、クラスに入った日幸は、緊張しながら自己紹介をする。
「国本日幸です。家庭の事情で引っ越してきました。よろしくお願いします」
(花純さんはいないか)
室内を見回し、クラスメイトの顔を見た日幸は、その中に花純の姿が無いことを確認する。
その心中は、花純がいてくれなくて残念だという気持ちと、花純がいて許嫁だと知られた後の学校生活を思えば、別のクラスでよかったのかもしれないという気持ちが半々程度だった。
「国本君の席はあそこね」
「はい」
桃山先生の言葉に頷いた日幸は、言われた通りクラスの一番後ろに新しく用意されたであろう空席へと移動する。
新しい席とはいっても、机は古めかしい――歴史を感じさせる趣きのあるものであり、天板にはこれまでの使用者がつけたと思われる小さな傷が残っていた。
「じゃあホームルームを始めるよ」
※※※
「国本君、だったよね?」
「あ、はい」
ホームルームが終わり、桃山先生が部屋を出ていった後、声をかけてきたのは、隣の席に座っていた少年だった。
「俺は『飛鳥井智宏』。よろしく」
「国本日幸です」
人当たりのよい笑みを浮かべる少年――「飛鳥井智宏」に、日幸もあらためて自己紹介する。
「そんな固くならず、楽に話してよ。俺もそうするからさ」
「ああ、うん」
智宏の言葉に、日幸も頷く。
ふと周囲に視線を配れば、誰もが転校生である自分に少なからず興味を示しているように感じられた。
「なんでこんな時期に転校してきたんだ?」
「父親の会社が倒産したんだよ。父の実家がこっちだから、家族で越してきたんだ」
「あー。じゃあ、やっぱり国本幸助さんちの孫だ」
「爺ちゃんのこと知ってんの?」
特に隠すことでもないため、事情を詳らかにすると、智宏は合点がいった様子で言う。
それを聞いた日幸が目を丸くすると、智宏は苦笑混じりに答える。
「うち、この辺りじゃまあまあデカい農園やってんだよ。爺ちゃんや父ちゃんがそんな話してた」
「なるほど」
「田舎はそういう話、結構広まるんだよ。たまに、なんでそんなこと知ってんだってくらい他人の家の内情とかに詳しい人いるからビビるぞ?」
「そうなんだ」
同性ということで男子が声をかけてくれることは多かったが、女子も時折話しかけてくれる。
まだ転校してきたばかりではっきり分かる訳では無いが、クラスの雰囲気や人柄は良さそうに思われた。
「――ふぅん。あれが例の許嫁くんか」
その様子を少し離れた席から見ていた女子生徒は、小さく口端をつり上げると、手にしていたスマホを操作する。
『カレ、ウチのクラスにきてるよ』
『知ってますよ』
「――くくっ」
その画面を見た少女は、愉快そうに笑みを噛み殺す。
その後も授業を受け、次の授業が終わると、その少女はゆっくりと立ち上がり、日幸の席へと歩み寄っていく。
「男子、転校生独占しない」
「お、珍しいのがきたな」
その姿を見て興味深げに呟いた智宏に一瞥を向けた女生徒は、おもむろにスマホを差し出す。
「はじめまして。私は『佐藤弥生』。一応このクラスの学級委員やってるの。
連絡先教えてもらっていい?」
「あ、はい」
言われるまま連絡先を教えると、弥生は小さく笑って身を翻す。
「ありがと」
「委員長は真面目だな。あとで俺が聞こうと思ってたのに」
その後ろ姿を見て呟いた智宏に、日幸は感嘆めいた声で呟く。
「なんていうか、クールな人だな」
「あれで意外とノリもいいし、愛嬌もあるからモテるんだぜ? 見た目もいいしな」
声を潜めて囁く智宏の言葉からは、弥生に対する人望のようなものが感じられた。
まだ一言交わしただけではあるが、納得できるような気がした日幸に、智宏は不敵な笑みを浮かべて話を続けるる。
「でもでも〜、この学校には芸能人顔負けのとびきりの美人がいるんだぜ。
幸助さんちの孫なら、もしかしたら知ってるかもしれないけど……」
(もしかして花純さんのことか?)
もったいぶった言い回しで言う智宏の言葉に、花純の姿が脳裏をよぎった瞬間、まるでタイミングを見計らっていたかのように日幸のスマホが着信音を鳴らす。
「!」
「あ、悪い」
その音を聞いた日幸がスマホを見ると、そこには先ほど連絡先を交換したばかりの弥生からのメッセージが届いていた。
『花純と同じクラスじゃなくて残念だったね。許婚なのに』
「っ!?」
全体へのメッセージではなく、個人として連絡してきた弥生の文面に目を丸くした日幸が視線を向けると、席に戻っていた当人は思わせぶりな笑みを浮かべる。
それに合わせて再び日幸のスマホが音を鳴らし、弥生からのメッセージを映す。
『花純は私の友達なの。別に言いふらしたりしないから安心して』
(あぁ、そういうことか)
なぜ、自分と花純の関係を知っているのかを理解した日幸は、小さく息を吐いて、短くメッセージを返す。
『別に隠してるわけじゃないですけど』
それに対して返されたのは、意味深な笑みを浮かべるスタンプの画だけ。
(なんなんだ……?)
その意図が分からず怪訝な表情を浮かべていると、智宏が小首を傾げる
「どうした?」
「いや、なんでもない」
智宏の言葉にスマホの画面を消した日幸は、新しい学校でできた気のいい同級生達との他愛もない会話へ戻るのだった。




