お見合い2
「私のことは、どのくらい聞いていますか?」
そう尋ねた和装の美少女――米澤花純は、自身の誠意を示すために、お見合いをするに至った経緯を話し始める。
「私の両親は十年以上前に事故で他界しました。それからは、祖父母に引き取ってもらって、育ててもらっています」
「すみません。知らなくて……」
自分の過去について話す花純に、日幸は言葉を濁す。
折角のお見合いの場で、辛い過去のことを話させてしまったことに申し訳なさを覚える日幸に、花純は小さく首を横に振って答える。
「気にしないでください。知られて困ることではありませんし、遅かれ早かれ分かることですから。
――話を戻しますが、祖父母はよくテレビを見るんですが、今の番組はあまり好きではないそうで、時代劇をよく見るんです。サブスクで専門のチャンネルと契約してるくらいなんですよ」
「はあ……?」
話を戻したと言いながら、繋がっているとは思えないようなことを話し始めた花純に、日幸は首を傾げる。
「それで私も小さい頃から一緒になって見ていたんですが……時代劇をご覧になったことはありますか?」
「……いや、ないですね」
話の内容が結びつかず、理解が及ばないまま話を聞いていた日幸は、花純に尋ねられるまま素直に答える。
「そうですか。それで、そういった話の中で、夫や家、国のために尽くす女性の姿を見て、素敵だな、こんなふうになりたいなって思ったんです」
噛みしめるようにその想いを言葉にした花純は、柔らかな笑みを浮かべて微笑む。
その表情からは、花純が本心からそう思っていることが伝わってくる。
「言い回しは色々ありますけれど、『女の幸せは結婚と出産』という価値観ですね。私はそれがすごくいいなって思ったんです。憧れたと言い換えてもいいかもしれません」
そう言った花純の表情には深い憧憬と共感が宿っていた。
「両親を亡くしたからという気はありませんけど、やはり家族がいるということは、素敵なことだと思います。
だから、そうやって家族を作ることにすごく憧れがあるんです。昔の番組に影響を受けたとはいえ、ちゃんと今時のテレビも見てますし、いわゆる古い考え方みたいなものが肌に合っていたんでしょうね」
「ああ。それで結婚願望が……」
合点が言ったように呟く日幸に、花純ははにかんだような笑みを浮かべて言う。
「はい。もちろん、お姑さんにいびられたいとか、苦労をしたいというわけではないですよ。
ただ、誰かのために尽くす生き方に感銘を受けたといいますか、その……恥ずかしいのですが、専業主婦のような、家庭で働く女性になりたいんです」
胸の前で指を合わせながら、花純は恥じらいつつも、自分の心の内を明かす。
「それで、先日酔った祖父が、昔日幸さんのおじいさんと私達を結婚させようって話をしたんだぞって言っていて、私から『それなら会ってみるくらいいいんじゃないてすか』って今回のお話をお願いしたんです」
「それでお見合いを?」
饗のお見合いが開かれるに至った経緯を聞いて目を丸くした日幸に、花純は恥らいの混じった微笑を浮かべて、少しだけ楽しそうに微笑む。
「だって、今時親が決めた許嫁がいるなんて珍しいじゃないですか」
「…………」
(それでいいのか、この人?)
その口から明かされた独特な考え方と価値観に、日幸は驚きながらも、肩透かしを受けたような複雑な気持ちになっていた。
「お見合いなんて、出会い方のひとつでしかありませんよ。
パンを咥えて角でぶつかるのも、共通の友人を通じて知り合うのも同じです。
たとえお酒の席での冗談でも、家や親が勝手に決めたとしても、まずはお相手を見なければはじまりません」
もの好きというべきか、楽天的というべきか、前向きというべきか、好意的というべきか――花純の持つ独特の感性に、日幸は新鮮な驚きを覚えていた。
その行動の根底にあるのは、結婚や結婚生活への深い憧れ。それを実現するために、ここまでの行動を起こせるということに、日幸は正直尊敬の念すら抱いていた。
「ですから、祖父に頼んであなたの為人を聞いてもらったりしました。その上で、悪い人ではなさそうでしたから、お会いしてみようと思ったんです」
「それは、ありがとうございます?」
少なくとも、最低限、会わないという選択肢が出ない程度には信頼と評価をしてもらっているらしいことを察した日幸は、感謝の言葉を述べつつも首を傾げる。
「だから、本当に大した理由じゃないんですよ」
そんな日幸の反応に口元を手で隠して微笑みながら、花純は自分がお見合いをしてもらった理由が深刻なものではないことを自分自身で揶揄するように言う。
「変ですよね」
この令和の時代、恋愛も結婚も自由が尊重され、価値観が多様化した時代に、こんな古めかしいことをしている自分をどう思うのか尋ねる花純の質問に、日幸は小さく首を横に振る。
「そんなことないですよ。――少し驚きましたけど、それが米澤さんにとって重要なことなら、誰にも文句言われることはないんじゃないですか?」
「ありがとうございます。それで、話を続けますが、私としては、高校を出て、可能なら大学か短大に進んで就職して、二十五歳くらいまでにお相手を見つけて結婚したいなと思っていたんです。
だから結婚願望はありますけど、今すぐに結婚したいとは思っていなかったんです。
ただ、そこで国本さんのお話を聞いたので、こういう機会を設けていただきました。こんな機会は二度とないでしょうから」
日幸に感謝の言葉を述べた花純は、結婚願望がありながらも、告白を受けず、交際を断っていた理由を説明する。
「なるほど……」
「ところで、日幸さんは、どうして今回のお話を受けてくださったのですか?」
それを聞いた日幸が小さく呟くのを見て、花純は自分からも質問をする。
結婚を将来の目標にしている自分とは違い、日幸はそういうことをまだ考えている様子はない。
ならば、高校生でありながらお見合いをするという選択肢を取る必要はなかったはずだ。
にもかかわらず、日幸はこうしてここに来ている。その選択をした理由に花純は興味があった。
「それは……」
そんな花純の問いかけに、日幸は視線を気まずそうに視線を逸らす。
このお見合いを受けた理由を思い返し、何とか別の理由はないかと懸命に頭を回す。
「私は正直に答えましたよ?」
しかし、花純にそう言われてしまっては、日幸も観念するしかなかった。
「爺ちゃんに、凄い美人だって聞いて……その、興味が」
言葉を濁しながら、バツが悪そうに呟いた日幸は、気分を害したのではないかと花純の様子を恐る恐る窺う。
「お眼鏡にはかないましたか?」
しかし、そんな日幸に対して花純は、変わらぬ柔らかな笑みを浮かべる。
その問いかけに、日幸は、改めて着物に身を包んだ花純の姿を見る。
整った顔は芸能人やアイドルと比べても見劣りはせず、柔らかな表情は見ているだけで心が和むような心地よさがある。
落ち着いた色合いの着物も似合っており、背筋を伸ばした姿勢と、内面からにじみ出たような優しい彩りが加わることで、春に咲く花のような美しさが感じられた。
「正直、想像以上でした」
「恐縮です」
感じたままのことを少し照れながらも答えた日幸の言葉に、花純はその可憐な美貌にほんのりと朱を差して顔を綻ばせた。