お見合い1
「米澤花純と申します」
三つ指を着き、深く礼をした少女から目を離す事ができず、日幸はその姿に見入っていた。
(爺ちゃんのこと信じてなかったわけじゃないけど、正直ちょっと盛ってると思ってたのに……)
事前に芸能人にも引けを取らない別嬪だと聞かされてはいたが、正直多少誇張が入っていると思っていた。
だが、今目の前にいるのは、話の通りの、日幸の想像を超える美少女だった。
(嘘だろ。メッチャ可愛いんだけど)
いい意味で期待を裏切られた日幸が呆けていると、隣に座っていた祖父が軽く肘で小突いてくる。
その刺激で我に返った日幸は、遅れてきた思考で何をするべきかを理解する。
「あ、国本日幸です」
自己紹介をした日幸の固い声に、米澤老人が愉快げに吹き出す。
「ハハハ! 花純がそんなことするから、ビックリしてるじゃないか。その恰好といい、そんな堅苦しいもんじゃないって言っただろ」
「すみません」
席に腰を下ろした米澤老人の言葉に、はにかむように微笑んだ和装の美女が、日幸の正面に座る。
「悪いな。日幸くんだったか? 花純はどうにも真面目というか、こういう堅苦しいのが好きみたいでな」
「はぁ」
テーブルを挟んで向かい合ったところで米澤老人が口を開くと、日幸は桜色の和服に身を包んだ花純を一瞥する。
「二人は同い年だし、聞けば高校も同じらしい。ま、こういう席だが、かしこまらずに気楽に話をしてくれ」
米澤老人が簡潔に言葉を並べると、二人の祖父は顔を見合わせて、不敵な笑みを浮かべる。
「さて、こうして顔合わせもしたことだし、俺達は隣で一杯やるか」
「いいね。ここにいたら余計な事を言いそうだ」
「というわけで、若いもん同士仲良くやりな」
「あ、ちょっ……」
(爺ちゃん、車で来てるじゃん。え? 帰りどうすんの……?)
正式なお見合いではないとはいえ、早々に二人だけを残して立ち去ってしまった祖父達に、日幸の声は届かなかった。
(き、気まずい……けど、ここは男の俺が話をしないと)
他の客の声だけが聞こえる沈黙の中、日幸は花純へと視線を向け、内心で己を奮い立たせる。
「えっと……米澤さん」
「はい」
緊張して半ば上ずった声を発した日幸とは対照的に、花純は落ち着いた様子で微笑む。
その対応には、花純の誠実な人柄が現れているかのようだった。
「ご、ご趣味は?」
「これといったものはないですが、お料理は家でもしていますし、好きです。
あとは――しいて言えば、こういうお着物やちょっと古風なものが好きです。一応自分で着付けができる程度には勉強しました」
懸命に絞り出した話題に、花純は優しい笑みを浮かべて答えてくれる。
その身に纏う桜色の着物を見て、少し恥ずかしそうに綻ぶ表情は、とても愛らしく感じられた。
「その着物いいですね。俺は浴衣くらいしかみたことないてすけど、なんていうか綺麗ですよね」
改めてその着物を見て、日幸が素直に感じたことを口にすると、花純は目を細めて微笑む。
「ありがとうございます。普段は目立つのであまり着れないですけど、今日はせっかくの機会なので」
そう言って少し気恥ずかしそうに言う花純が、日幸にはとても眩しく見えた。
はにかむように微笑むその姿は、まるで慎ましく咲く花を思わせ、着ている着物も相まってか、夢の中にいるような、浮遊感を覚える。
「国本さんは、好きなものや興味があるものはあるんですか?」
「俺は、特にないですね」
「動画見たりとか、ゲームしたりとかはしますか?」
「それは、まあ……」
「どんなものを見るんですか?」
(話してみても、やっぱりすごくいい人だ。話しやすいし、俺の下手な話にも嫌な顔一つせずに合わせてくれるし……)
緊張し、ぎこちない自分に気を遣って話を広げてくれる花純と他愛もない会話をする中で、日幸の緊張も少し和らいでくる。
穏やかな物腰は話していてとても心地よく、日幸も徐々にお見合いという堅苦しい空気から解放され、素の自分に近い気持ちで話せるようになってきていた。
そしてそれは花純も同じであるように思える。
そうして徐々に打ち解けてきたとはいえ、まだ初対面であることに変わりはなく、互いに、多少外面を取り繕っているのは同じだろう。
しかし、話せば話すほど、容姿だけではなく、その人柄まで含めて、花純という少女の魅力が際立って感じられる。
だが、そんな思いが強くなってくるにつれ、日幸の中で疑問が大きくなっていた。
(なんでこんな人が――)
なんで、こんな美人で性格もいい人が、自分とお見合いなんてしてくれているのだろうか。
「どうかしましたか?」
「え?」
そんな疑問が顔にでてしまっていたのか、花純が怪訝な様子で尋ねてくる。
「なんで、そう思うんですか?」
「なにか考え込んでいる様子でしたから。よければ、遠慮なく聞いて下さい。今日はそのためのお見合いですよ」
(ヤバい、バレてる。どうする? ここは素直に聞くべきか? けど、そんなこと聞いたら失礼じゃないか? なんか適当に誤魔化して――駄目だ。思いつかない)
「…………」
「…………」
微笑みながらも、真摯な眼差しを向けてくる花純に狼狽した日幸は、素直に応えるべきか、なにか適当に誤魔化すべきかを悩み、しかし、上手い言い訳が思いつかなかったために、半ば投げやりに考えるのを放棄する。
(もうヤケだ!)
「なんで、米澤さんみたいな人が、こんなお見合いをしてくれたのかなって思って」
それを聞いた花純がみせた反応は、日幸の疑問を想定していたことを窺わせる「やっぱり」と言わんばかりのものだった。
「そうですよね。大した理由ではありませんし、あまり面白い話ではないと思いますが、それでもいいですか?」
もっともな問いかけに共感と理解を示した花純は、一言前置きをしてから、日幸の疑問に答える。
「私、結婚願望が強いんです。それでご縁があるのならと、思いまして」
今日会ったばかりの異性にそんなことを話すことを憚るように、花純は自身の願望を明かす。
だが、それは、日幸には納得しづらいものだった。
「米澤さんくらい可愛かったら、恋人なんてすぐできるんじゃないですか? っていうか、モテるでしょう?」
花純は明らかに美人だ。モテることは想像に難くないし、すでに恋人がいても不思議ではない。
少しプライバシーに踏み込みすぎているかもしれないという考えはあったが、日幸はこの際聞けるところまで聞いてみようと話を続ける。
「そういう話を頂いたことはありますけど、私は結婚を前提としたお付き合いしかするつもりがなかったので。
告白してくれた方たちには失礼な言い方かもしれませんけれど、是非その告白を受けたいと思うほど好意を持った方もいませんでしたから」
花のような微笑を浮かべていた顔を、少しだけ困ったような苦笑めいた表情を変えた花純に、日幸は不謹慎ながらも、そんな表情も可愛いと思ってしまっていた。
とはいえ、見惚れて話を聞いていないなどということはない。
(告られた時は、好きじゃないから断るけど、初対面の相手とはお見合いするのか?)
花純の考え方は共感できる部分と、その意図を計りかねる部分がはっきりと分かれている。
「お試しで付き合ってみない?」という告白は受けないのだろうが、今まで全員がそうだったのだろうかという疑問も湧く。
恋人ができた経験がないため分からないが、何人かは真剣に交際を申し込んだのではないだろうか。
何より、そのくらい付き合うということを真剣に考えている花純が、初対面の自分となぜお見合いをしてくれたのかという疑問は消えない。
(俺小さい男だな。自分で聞いといて嫌になる)
花純が目の前で誠実に応じてくれているというのに、その言葉を疑い、裏を探ろうとしている自分に日幸は自己嫌悪を抱く。
「そうなんですか……」
(今、あんまりしつこく聞くのは良くないよな)
多少気になるところはあるが、初対面であまり質問攻めにするのもよくないだろうと考えた日幸は、そこで話を終えようとする。
だが、そんな日幸に、花純は姿勢を正して真剣な面持ちで語りかける。
「国本さん。私のことは、どのくらい聞いていますか?」
「え?」
その問いかけの意味が分からないという顔を浮かべた日幸に、花純は理解を舌とばかりに小さく頷いて話を切り出す。
「こういうことをあまり今日話すのは良いことではないと思うのですが、私の誠意を示すためにも、はっきりとお話しておいた方がよいと思いますので――」
お見合いの席にふさわしい人当たりの良い微笑をその顔から消しさった花純は、そう言って自分の心の内を語り始めた。