買い物
「……よし」
土曜日。身だしなみを整えた日幸は、部屋を出たところで妹である安奈と鉢合わせをする。
「お兄ちゃん、どっか行くの?」
「ああ、買い物だよ」
兄の姿を見た安奈は、その表情を見て思わず尋ねる。
目に見えて浮かれている兄の様子と、大抵の買い物をネットの注文で済ませる兄が出かけてまで買い物をするという事実から、およそのことを察していた。
「ふぅん、例の許嫁の人と?」
「まあ、そんなところだ」
一目見ればバレバレだが、相手を言い当てられたことに驚いたような反応をした兄の惚気た表情を見て、安奈は事も無げに言う。
「うまくいってるんだ」
安奈は断じてブラコンなどではない。
兄が誰と付き合おうが、結婚しようが、危ない人や変な人ではない限り全然かまわないと思っている。
お見合いの話とその結果を聞いた時は驚いたものだが、精々「もの好きな人もいるな」くらいの感想しかない。
「それなりだよ」
(メッチャ嬉しそうじゃん。相手の人、お兄ちゃんのどこがいいんだろ?)
とはいえ、露骨に惚気ている兄の締まりのない顔には、少々辟易していた。
「あっそ。まあ、精々嫌われないように頑張って」
「じゃあ、行ってくる」
皮肉を込めた言葉も全く意に介さず、うきうきとした様子で出かけていく日幸の背を呆れたような眼差しで見送った安奈は、自分の部屋へと戻っていくのだった。
※※※
「約束の十五分前か。ちょうどいいくらいの時間だな」
自転車を停め、待ち合わせの場所へと到着した日幸は、時計を見て呟く。
そこは地元に古くからあるローカルのスーパーであり、花純も良く利用しているという場所。
少々色気はないが、そもそも田舎――少なくともこの町には、いわゆるショッピングモールのような店がないため、目的地が待ち合わせ場所になるというのもさもありなんと言ったところだろう。
「って、もう来てる!?」
デートというには大仰かもしれないが、男として女性を待たせてはいけないと、早めに待ち合わせ場所にやってきたのだが、すでにそこには待ち合わせの相手がいた。
人混みというほどではないが、それなりの人数の中でも目に付く存在感。
楚々として慎ましやかながら、まるで緑の草むらの中で一輪だけ咲く小さな花のように、日幸の目はその姿を鮮明に捉えていた。
「ごめん、遅くなっ――」
「日幸さん」
慌てて駆け寄った日幸は、遠目に見えていた花純の姿に言葉を失う。
肌をほとんど露出しない上着とロングスカート。
白や淡いピンク、薄ブラウンの色合いが、落ち着いた清楚さを感じさせる。
束ねられた黒髪に花のような髪飾りが映え、日幸はその美しさに目を奪われていた。
(か、可愛い……それに、綺麗だ)
「……」
「あの、どうしました?」
花純に見惚れて言葉を失っていた日幸は、その声で我に返ると、慌てて弁解する。
「あ、いや……服、洋服もすごく似合ってたから」
お見合いの際の和服、学校の制服とも違う洋服姿の花純に目を奪われた日幸は、照れながらも正直な感想を述べる。
清楚で落ち着いた雰囲気は変わらないが、着ている服ごとに花純の異なる魅力が引き出されており、日幸の目を愉しませ、その心は軽やかに浮かれていた。
「ありがとうございます。では行きましょうか」
そんな日幸の言葉に微笑んで応じた花純は、そう言って自転車に乗せてきたカゴ――エコバッグのような持ち帰り用の入れ物を手にする。
「カートは俺が」
「お願いします」
花純が買い物カゴを大きなカートに乗せるのを見た日幸は、荷物持ちを名乗り出る。
一瞬躊躇した様子を見せた花純だったが、日幸の厚意に甘えカートを任せることにする。
そうして並んで店内に入った日幸と花純を軽快なBGMが出迎える。
独特なその雰囲気を感じながら店内を見回した日幸は、それぞれに買い物をしている地元の中の人々を目に止める。
時間帯のせいなのか、あるいは今の田舎などこんなものなのか、人影はまばらで買い物はしやすいだろうが、どこか物悲しさも感じられた。
「まずはおかずを買いましょうか。好きなメーカーやこだわりはありますか?」
「いや? そういうのはないよ」
「では、食べたいものがあったら言ってください」
「了解」
そんな中、花純と連れ立って歩く日幸は、慣れた様子で買い物をするその姿に目を細める。
実際、徒歩と自転車でしか移動手段を持たない花純は、この店を普段から利用しており、週に二度、三度と訪れるために、勝手知ったる場所でもあった。
(買い物デートっていうより、新婚の夫婦みたいだ。もし、花純さんと付き合って結婚出来たら、こんなふうに一緒に買い物できるんだろうな)
ハンバーグや唐揚げといった定番のおかずをカゴに入れる花純の横顔を見ていた日幸の脳裏に、ふとそんな感想がよぎる。
それは、許嫁の婚約者である自分達が、このまま何事もなければいずれ訪れる未来であり、そんな想像と妄想に、日幸は胸が高鳴るのを感じていた。
「どうしました?」
「なんでもない」
半分呆けて佇んでいた日幸は、まるで自分の考えを見透かしているかのような花純の言葉で我に返り、慌てて平静を取り繕う。
「そうですか?」
「あ。これ」
そんな中、日幸の目が冷凍食品の棚に置かれたとある商品に止まる。
それは、ガーリックとニンニクがたっぷりと入っていることを謳う冷凍ギョウザの袋だった。
「それは、さすがにお弁当にいれるのはどうかと思いますけど……」
弁当の具材としてはあまりお勧めできない商品に興味を示した日幸に、花純が難しい表情をして言う。
無論それは単純な味の問題ではなく、入っている具材の影響――匂いを危惧してのことだが、日幸はその言葉に慌てて花純の考えを訂正をする。
「あ、いや、別に弁当に入れてほしいわけじゃないから」
「ちゃんと分かっていますよ。ただ、それはそれとして、日幸さんは、こういうのお好きなんですか?」
「まあ、それなりに」
日幸の話を聞いた花純は、小さく笑みを零す。
「では、日幸さんが家でご飯を食べるか、私が日幸さんの家にお料理を作りに行くような日が来たら、その時に用意しますね」
その言葉で、日幸の脳裏に以前ネットに紹介されている料理を作って振る舞ってくれると言ってくれたことを思い返す。
そのことを思い返し、先の言葉と合わせて受け取った日幸は、花純の言葉が実現する時への期待を禁じ得ない。
「ありがとう。それは楽しみだな」
「はい。私も楽しみにしています」
照れながらも、率直にその心の内を言葉にした日幸を映す花純の双眸は、優しげな色を帯びていた。
※※※
「日幸さん。お会計出してくれてありがとうございます」
「いや。作ってもらうんだし、半分くらいはね。むしろ、俺がこういうことして気を遣ってないか?」
以前話していたように、会計を少し負担した日幸は、花純の感謝の言葉に応じる。
「それはお互い様でしょう? その分、日幸さんに喜んでもらえるように腕によりをかければいいだけのことです」
「そっか」
買った荷物を載せた自転車を押しながら帰路に着く日幸と花純は、互いを思いやる言葉を交わしながら甘い一時を過ごしていた。
デートというにはあまりらしくはないが、この時間は二人にとって許嫁になったばかりの微妙な関係である今しか味わうことのできない特別なものと感じられた。
「でも、あまり期待しないでくださいね。私の料理の腕なんて、大したことありませんから」
「……それって、どう答えるのが正解なわけ?」
「凄く答えづらい質問ですよね」
謙遜する花純の言葉に、日幸は少し思案して問い返す。
だが、そんな日幸の言葉に、花純は小さく笑みを零して応じる。
祖父同士が決めた許嫁で、婚約者候補。恋人未満で、現在互いを知るための時間を過ごす少年少女。
令和の現代では珍しい関係となった二人が歩く帰り道は、未来へと続いているように感じられた。




