イケメンが現れた
「行ってきます」
初登校した翌日も、変わらず家を出る。
(安奈はともかく、父さんも母さんも何も聞いてこないなぁ)
お見合いをする時も、許嫁になった時も、両親の反応は素っ気ないものだった。
祖母は花純のことを知っているためか、むしろ「あの子が家の孫のお嫁さんになってくれるなら、最高だわ」と言っていた。
詮索はされないが、放任されているというわけでもないのは、ありがたいような、そうでないような複雑な気持ちになる。
(――あれ? 俺もしかして花純さんを両親や家族に見られたいのか?
だとしたら、惚気てるのか……嫌味な感じにならないようにしないとな)
自転車に乗って風を切りながら、ふとそんな考えに至った日幸は、自分を戒めるように心の中で言いながら、学校へと向かっていくのだった。
※※※
「国本日幸くん、だよね?」
「はい?」
登校した日幸が自転車を停めると、見知らぬ男子生徒が歩み寄ってくる。
(イケメン)
日幸よりも少し背が高く、爽やかな印象を感じさせる整った顔立ち。
スポーツでもしているのか、程よく筋肉のついた身体は均整が取れている。
派手ではないが、人目を惹く存在感を纏うその人物に、日幸は心の中で感嘆の声を漏らしていた。
「俺は『山本天平』。よろしく」
「よろしく」
整った顔立ちに、人当たりの良い爽やかな笑みを浮かべて名乗った少年――天平に、日幸も少し戸惑いながらも会釈を返す。
「少し、話をしてもいいかな」
「はぁ」
そんな日幸をわずかに高い視点から見据える天平は、穏やかな口調で尋ねる。
「噂を聞いたんだ。君が米澤花純さんの許嫁だって」
「ああ、はい。そうですけど」
天平に聞かれた日幸は、特に何も考えずに答える。
「そうか……」
日幸の答えを聞いた天平は、何か深い思慮を感じさせる声音で呟く。
その表情は何かを考えているようでもあり、自分を観察しているかのようにも感じられ、日幸は少しばかり居心地の悪い空気を感じていた。
「?」
「よければ、その経緯というか、事情みたいなことを聞かせてもらえないかな?」
その様子を見ていたところ、おもむろに続けられた問いかけに日幸はわずかに怪訝な声で応じる。
「なんでですか?」
わずかに身構えてしまった日幸に、少しバツの悪そうな表情を浮かべて言う。
「……個人的な興味、かな。気分を悪くさせてしまったなら謝るよ。
確かに、今会ったばかりの人間に話すには少々立ち入った話題だし、警戒するのも当然だ」
「いや。まあ、いいですけど……」
少し踏み込んだことを聞いてしまったことを反省している様子の天平に、日幸はかいつまんで事情を説明する。
別に隠すようなことではないため、互いの祖父母が親友で生まれた時に酒の席で冗談で「結婚させるか」という話をして、最近それを聞いた自分達が会って許嫁という関係になったことを伝える。
「なるほど……米澤さんって少し変わって、あ、いや、独特な人なんだね」
「はは……」
それを聞いた天平は、神妙な面持ちで考え込むような態度をとると、思わず呟く。
自分にはない考え方や人生への向き合い方に感銘を受けたことは事実だが、天平の意見にも一理あるため、日幸も乾いた笑みを返すしかない。
「そうなると……」
思案気に視線を伏せ、なにか考え込んでいる様子の天平に、日幸は怪訝な視線を向ける。
「あ、いや。何でもないよ。ありがとう。時間を取らせて悪かった」
その視線に気づいた天平は、爽やかな笑みを浮かべると踵を返して歩き去っていく。
「なんだったんだ?」
「おはよう。国本君」
天平の後ろ姿を見送っていた日幸は、背後から声をかけられて振り返る。
「佐藤さん」
「弥生でいいって。佐藤って何人もいるから紛らわしいでしょ」
日幸に声をかけた弥生は、自分の提案にあまり前向きではない同級生の表情に一つ息を吐く。
「中々面倒なのに絡まれたわね」
「面倒? って、さっきの人のこと? 確か山本君だっけ」
話題を変えた弥生の言葉に、日幸は首を傾げる。
弥生の口ぶりからして、先程話していた天平についてのことであろうことは想像がつく。
それなりに人もいたため、どこかで見ていたのだろうと想像した日幸に、弥生は首肯を返す。
「そ。山本天平。彼はウチの学校で一、二を争うイケメンで、モテ男!
人格よし、運動よし、勉強よしの三拍子――いや、四拍子揃った男子よ」
「まあ、そうだろうな」
天平の顔立ちと、制服の上からでも分かる引き締まった体つきを思い返した日幸は、弥生の言葉に納得しながら呟く。
「その山本天平君なんだけど、花純にご執心って噂があるのよ」
「へ、へぇ……」
しかし、そこから続けられた弥生の言葉に、思わず上ずった声を零す。
平静を取り繕おうとしているが、明らかに動揺を隠しきれていない日幸に、弥生視線を向ける。
「噂が本当なら、彼にライバル認定されちゃったかもね。もしかしたら、花純を惚れさせて自分になびかせようなんて考えてるかもよ」
「……」
その話の後半部分は冗談だったのかもしれないが、弥生の言葉に不安を煽られ、日幸の表情にあからさまな不安の影が落ち、不安に瞳が揺れ動く。
(あの人が花純さんのことを? イヤイヤイヤ、そうだったとしても、お見合いの時、好きになった人はいないって言ってたし)
「結婚したいほど好意を持った人物はいなかった」というお見合いの際の言葉を思い返した日幸は、何とか精神の安定を図ろうとするも、悪い想像ばかりが脳内を巡る。
(けど、これからその気持ちが変わるかも)
日幸の脳内では、花純が天平に想いを寄せてしてしまう妄想が浮かんでは消え、不安で目の前が真っ暗になる。
思えば、自分達の許嫁の関係は、花純の気持ち一つで成り立っている。
正直に言えば、日幸自身花純のような美少女とこのような関係になっていることが奇跡的だと思っているのだ。
その花純が心変わりすれば、許嫁の関係は終わってしまう。
普通のカップルでも同じではある。
だが、たとえ一時のものであっても、ちゃんと告白して結ばれた関係と比べると、祖父が酒席で交わした約束で繋がっている自分と花純の関係はどうしても脆く感じられてしまう。
(ならどうする? これから告る? いや、ダメだ。それじゃあ、お見合いの時の約束が……なら、花純さんに好きになってもらう? 今から? 一体どうすれば――)
自虐的や自己否定感は強くないが、かといって自分に揺るぎない自信を持っているわけでもない日幸は、今の関係を維持する方法を懸命に模索する。
だが、妙案がすぐに浮かぶはずもなく、煩悶としながら教室へ向かう。
「春幸さん。おはようございます」
「あ、あぁ、おはよう」
そんな日幸に背後から登校したばかりの花純が声をかけるが、その表情はまさに心ここにあらずといった様子だった。
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっとね」
それを見た花純が案じるように尋ねるが、日幸は曖昧にはぐらかすだけだった。
「なにか心配事があるなら遠慮なく相談して下さいね。私にできることならお手伝いしますから」
「ありがとう。けど、もうしばらく自分でやってみるよ」
気遣ってくれる花純の言葉に、日幸は取り繕うような笑みで応じる。
「そうですか……何だか、日幸さんの様子がおかしいんですけど」
あまり問い詰めるのも良くないと思い、身を引いた花純は一緒にいた弥生に尋ねる。
「ん~? まあ、色々あるのよ」
「なにか知ってるなら教えてください」
意味ありげに言う弥生に、長年の付き合いでの経験から何かを知っていることを確信した花純は、その理由を問い質すのだった。




