帰り道
「ところで、話は変わるのですが、日幸さんは自分でお弁当を作っているんですか?」
自転車を押しながら、肩を並べて家路についた日幸と花純は、他愛もない会話を交わしていた。
「いや? 母さんが作ってくれてる」
「なるほど」
花純に尋ねられた日幸は、その質問の意図が分からず小首を傾げる。
「なんで?」
一人納得したように独白する花純に日幸が尋ねると、許嫁の大和撫子は小さく微笑む。
「今日見せてもらったお弁当を日幸さんが自分で作っていたら、私が手料理を振るまえなくなってしまうじゃないですか」
「……っ」
日幸が花のような笑顔と健気な言葉に、日幸は思わず顔を赤くしてしまう。
(それって、やっぱそういうこと?)
そんな日幸の反応を見た花純は、少し気恥ずかしそうな表情で話を続ける。
「その、時々でいいですから、私も日幸さんに一品くらいお料理を作って振る舞ってもいいですか?」
遠慮がちに聞こえるその言葉は、恥じらっているというのも多分にあるのだろうが、それ以上に今弁当を作っている日幸の母を気遣って言葉を選んでいるといった色合いが強いように思われた。
(花純さんの手作り料理! 嬉しいけど、いいのか?)
本音を言えば飛び上がりそうなほど嬉しいが、許嫁になったばかりでそれは悪いのではないかという考えが日幸の脳裏をよぎる。
「私は家でもお料理しているのですが、お爺さんもお婆さんも、最近年を取って食が細くなったって言って、さっぱりしたものしか食べてくれないんです。
たまに揚げ物とか作りたくなるんですけど、さすがに一人だと面倒ですし、男の人ならたくさん食べてくれると思うので作り甲斐があります」
そんな日幸の様子を見た花純は、その理由を説明する。
それは気を遣わせないための配慮のようでもあり、本音のようでもあり、取り繕うような言い訳のようでもあったが、日幸には本当のところは分からなかった。
「それに、私ネットに上がっている簡単絶品料理みたいなものを作ってみたいのですが、一人で食べても味気ないので、もしよろしければどうですか?」
そう言って花純が差し出してきたスマホには、ネットに上げられた様々な料理が映し出されている。
誰もが知る料理から、身近な材料で作るスイーツなどを見た日幸は、花純を見て遠慮がちに尋ねる。
「俺はありがたいけど、本当にいいの?」
「もちろんです。むしろ、作らせてもらえるとありがたいくらいです」
そう言って微笑む花純を見た日幸は、その心遣いに甘えることにする。
「じゃあ、お願いしようかな」
「はい」
日幸の言葉に、花純は安堵したような表情で微笑む。
まるで自分に料理を作れることを喜んでくれているような反応に、日幸は胸の奥が温かくなるような感覚を覚えていた。
「でも、さすがに作ってもらうだけじゃ悪いから、材料費少し出すよ。お小遣い多くないから、そんなには出せないけど」
「いえ、そんな……そういうつもりはありませんから」
せめて自分にできることをしようと考えた日幸が言うと、花純は当然遠慮する。
だが、日幸としても、ここで花純の厚意に甘えることはできない。
「さすがにそれは受け取ってよ。じゃないと、俺も申し訳がない」
「ご厚意は嬉しいんですけど、さすがに現金はちょっと……」
日幸の厚意はありがたいが、さすがに現金を受け取ることは憚られる。
「ああ、そうか……じゃあ、今度一緒に買い物でも行く? その時に会計すればいいだろ?」
そんな花純の言葉に思案を巡らせた日幸が、ふと思いついたことを口にする。
「……そうですね。その時はご厚意に甘えさせてもらいます」
「ああ」
何の気なしに述べた言葉だったが、花純は一瞬沈黙を挟んでから、柔らかな声音で応じる。
その反応を疑問に思うこともなく応じた日幸が屈託のない返事を返すと、花純は目を伏せて吐息を零す。
「そのかわり、腕によりをかけさせてもらいますね」
「楽しみにしてる」
そう言って話を続けた花純に、日幸も心からの言葉を返すのだった。
「そういえば、日幸さんの好きな食べ物は何ですか? 料理でも食材でもいいので」
「なんだろ……やっぱラーメンとかカレーかな? あとは肉とか」
「カレーはともかくラーメンはお弁当にするのは中々難しいですね」
「そりゃそうだ。普通にカップ麺買って食べたほうがいいよな」
「でも、お湯を用意するのは大変ですよ? 給湯室などはありませんから」
「確かに」
他愛もない会話をしながら帰路を進んでいると、花純がその足を止める。
「私はここで」
「本当に送らなくて大丈夫?」
「大丈夫ですよ。毎日一人で通っているんですから」
自分を心配してくれている日幸に、花純は安心させるように微笑みかける。
「そっか……じゃあまた明日」
「はい。家に着いたら連絡しますね」
「ああ」
日幸と言葉を交わした花純は、自転車に乗って家へと帰っていく。
「そういえば、今更だけど、今度買い物に行くってことは……」
その姿が遠ざかっていくのを見ながら、日幸はふと自分の言葉を思い返して重大な事実に気づく。
「もしかして、デートの約束、した……?」
日幸のその言葉に答えるものはなく、ただただ吹き付ける風が通り過ぎていくだけだった。
※※※
『お弁当作って胃袋掴みにいくなんて、結構しっかり落としにいくんだ。意外と本気なの?』
その日の夜、湯上りの花純は、スマホ越しに送られてきた弥生のメッセージに返事を返す。
『このくらいはしますよ。軽い気持ちで許嫁になったつもりはありませんし、何より日幸さんに失礼ですから。
少なくとも、私は私にできる限りの誠意で許嫁をするつもりです。だから、私を好きになってもらう努力はしないと』
花純は、軽い気持ちで許嫁という関係を受け入れたつもりはない。
むしろ、将来結婚することを見越した上で、日幸の人間性を確かめるためにしているのだから、自分もそれに対して失礼のない態度で接するのは当然のことだ。
日幸の良いところを見つけ、自分をアピールして好意を持ってもらう最低限の努力を怠るつもりはなかった。
『そっか。まあ、あんたの料理はおいしいから大丈夫よ。何度か味わってる私が言うんだから間違いない』
花純から送られてきたメッセージに目を通し、返信した弥生は小さく息を吐く。
「好きになってもらう努力、ねぇ……花純に落ちない男がいたら、それはもう癖かなにかに問題があるとしか思えないんだけど」
自分の部屋で小さく独白した弥生は、苦笑めいた口調で独白する。
「っていうか、別にそんなことするまでもないと思うんだけど、分かってるんだか、いないんだか」
スマホから目を離し、座っていた椅子に体重を預けて天井を仰いだ弥生は、日幸の様子を思い返して独り言ちる。
『頑張ります』
そんな弥生の心中など知る由もなく、花純から返ってきたメッセージがスマホに映し出された。




