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とある一人息子の苦悩

 ダリルから見た晶子は、『随分と怖いモノ知らずな女性だな』であった。

 線の細いか弱そうな見た目の彼女は、その外見によらず割とガツガツと英雄の鑪や父であるアルベートに絡んでいく。その物怖じしない姿勢に若干の恐怖を感じながらも、それ以外はごく普通の少女のようだと思っていた。

 当然、こんな何もない草原に一般人がいる訳も無いので、何か事情持ちなのだろうと考えるダリル。だが、トレジャーハントに向かった先でそれを知る事になるなど、想像もしていなかった。

 洞窟の最奥で現れた謎のモンスターの襲撃で、致命傷を負ったアルベート。一刻も早く駆け寄りたいのに、次々と沸いてくるモンスターが邪魔をする。

(くそっ、くそくそくそっ!! どうする、どうすればいい!?)

 まともに回らない頭で必死に考えるダリルだったが、そんな彼の道を切り開いたのは、アルベートに庇われた晶子だった。

「ダリル君、お父さんの所に行ってあげて。ここはあたしが引き継ぐから」

 ほんの一瞬、彼女のせいで父が死にかけていると恨みそうになる。だが、そもそもこの洞窟は暗く、光石カンテラがあってもほとんど手元しか照らせない。

 いくらベテランの冒険者だったとしても、そんな状態での襲撃に対応するにはこのモンスターの気配はあまりにも無さすぎた。

(そうだ、晶子さんだけが悪い訳じゃない。今回は色んな要因が重なって、偶々こうなっただけ……だから、晶子さんを一方的に恨んだりするのは間違ってる)

 それでも、戦う事が出来るならなぜもっと早く武器を取ってくれなかったのか、と考えて彼女が何も得物を持っていなかった事に気が付く。

 ならばどうしてあんな草原のど真ん中にいたのかと疑問が過るも、今はそんな場合では無いとすぐ父の元へと走り出した。

「父さん!!」

「ゴホッ……はは、わりぃな、ダリル。しくじっちまった」

 地面に崩れ落ちたアルベートの体を抱え起こし、少しでも血を止めようと胸の穴を手で押さえる。

 それでも止めどなく流れだしていく父の命に、ダリルはどうする事も出来ず唇を噛みしめるしか出来なかった。

 晶子達の連携によってモンスターは跡形も無く消滅したものの、この場にいる者達ではアルベートを治療する事も出来ず。冷たくなっていく手でダリルを撫でた彼は、「生きろ」とだけ言葉を残して息を引き取った。

 こんな形で別れを迎えるなんて考えもしなかったと、失われた最愛の家族の(むくろ)を抱きしめる。

 どれ程そうしていたか、突然、今まで立ち尽くしていた晶子がダリルと向かい合うようにして膝をつく。彼女は何をいう訳でも無く口を噤んだまま、徐にアルベートの傷口へと手を添えた。

 そこからの光景は、御伽噺のように幻想的だった。彼女の掌から溢れた光がアルベートの傷口を塞ぎ、身体の損傷すらも再生していく。

 更には金色の光がアルベートの全身を包み込み、ダリルの腕の中に黄金の繭が出来上がった。

(すごく、きれい……じゃなくて、これはどういう事!? 一体何が!?)

「な、何が起きて……晶子さん、一体何をして」

 そう尋ねても、晶子はよほど集中しているようで答えは返ってこない。何が何だか分からない状況に不安を募らせていくダリルだったが、次の瞬間、強い光が溢れ視界が真っ白に焼かれて驚愕する。

(まっぶしい!! え、ちょ、何が起きたんだ!?)

 反射的に抱えていた父を落として両腕で目を庇ったダリルは、光が収まったと同時にしまったと慌てて繭を確認した。

「……は?」

 しかし、落とした筈の繭は跡形も無くなっており、その代わりとでもいうように、ダリルの目の前には赤銅で出来た人形が座り込んでいた。

「ん~……良く寝たぜぇ……ん? おぉ、ダリル! そんな間抜けな顔してどうしたんだよ?」

 その人形から父の声が聞こえて来て、困惑は増すばかり。訳が分からないのと、父の死のショックでまともに頭が回らないダリルに代わり、鑪が色々と問いかけてくれた。

 少なくともハッキリしたのは、目の前の人形——ミニゴーレムがアルベート本人で間違いない事、晶子が悪名高い女神に選ばれた再編者(リジェネーター)という存在である事、この世界に危機が迫っているという事。

(ミニゴーレム、女神、再編者……ちょっと、この展開は予想できないというか……そんな事ある?? いやでも、そうなってるから今こうしてトンデモ現象を目にしてる訳で……)

 あまりにも壮大な話に、ダリルは頭が痛くなる。そんな息子に気付かないアルベートに先導されて安全な拠点へ向かう道の途中、ダリルは鑪に横抱きにされた晶子に視線を向けた。

 再編の力というものを使い過ぎたせいで眠っているだけらしいが、あまりにも寝息が静かなせいで、死んでいるのではと錯覚してしまいそうになる。

(……晶子さんは、どうしてそこまでして、父さんを蘇らせようとしてくれたのかな)

 冷たい言い方をしてしまえば、晶子とダリル達はたった半日程前に出会ったばかりの赤の他人だ。そんな会って間もない存在に、自分の立場を危うくしてまで力を使えるのか。ダリルには、全く見当がつかなかった。

 拠点に辿り着いてからもずっと考え続けていたものの、結局答えは出ない。

 そうして、晶子が眠り続けて三日。このまま、本当に目覚めないのではないかと気が気でないダリルの耳に、言い合う男女の声が聞こえて来た。

 その声の主が誰であるかを理解した瞬間、ダリルは全速力で走り出す。勢いのまま扉を開ければ、何故かベッド横の床に座り込んでいる晶子が目に入った。

「あれ、ダリル君? どしたの、そんなに慌てて」

 ずっと心配していた人の気も知らず暢気な事を聞いてくる晶子に、ダリルは安心すると共に、涙が零れそうになる。

 彼女に三日も寝ていた事を教えれば、酷く驚いた様子をみせつつも、ダリルの慌てように納得してくれたようだった。

「もうほんと……目を覚まさないんじゃないかって思ったんですよ……」

 握りしめた晶子の左手は温かく、その体温に安堵の息を漏らす。

(……自分で思ってる以上に、父さんの事がトラウマになってるみたいだ)

 悪夢を見て怖がる小さな子供みたいだとダリルが思っていると、急に頭を撫でられて驚いた。突然の事に固まってしまったダリルだったが、その手が存外心地良くてされるがままになる。

 そんな和やかな空気が、鑪の一言によって一変する。神話において、人々を支配し苦しめたとされる女神、その力を扱える晶子は一体何者なのか。

 アルベートから話は聞いていたが、本人の口から説明をして欲しいと言った鑪に、ダリルも同調する。

「おや……父さんが生き返ったのは、素直に嬉しいと思ってる。でも、どうして復活出来たのかとか、何で姿が変わっちゃったのかとか、色々と分からない事も多いし……」

 何もしらないまま、父の死の原因となった晶子を恨むのは簡単だ。しかし、それではいけないと、本能がそう告げている。

「俺、ちゃんと知りたいんだ」

 そう言って、晶子の目を真っ直ぐに見た。しばらく黙り込んでいた晶子だったが、一度深呼吸をしたあと、鑪に向かって迷いなく答えた。

「あたしは、女神から世界を救うために選ばれた『再編者(リジェネーター)』だ!」

 ダリルにとって、晶子のその言葉はこれから起きる『波乱の幕開け』を明確にするものだった。


もう一遍続きます。

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